音色
今回は少し寄り道の日常回です。
大阪遠征を終え、それぞれがいつもの日常へ戻ってきました。
……とはいえ、このメンバーが集まれば、普通の日常で終わるはずもありません。
久しぶりに触れる楽器。
懐かしい音。
そして、新たな縁。
そんな一日を描いたお話になっています。
それでは、第80話『音色』をお楽しみください。
翌日、陽向と静流、自分はソファなどに転がってる状態のまま寝こけていた。
相変わらず静流はソファのひじ掛けに頬杖を突く形で、陽向は床に寝こける感じになっていた。
うちの事務所は基本的に絨毯を敷いているので、そこまで体が痛くはならないと思う。
二人とも眠っている間に目が覚めたので、コーヒーメーカーを立ち上げる。
未だ疲れが取れていないのもあり、一先ずはコーヒーで頭を覚ますことにした。
女性陣は上の部屋に折り畳みベッドや布団があるので、そちらで休んでもらっている。
シャワールームなどもそちらにあるので、基本的に“ばったり見ちゃった”みたいなことが無いようになっている。
ただ、その配置のせいで、先に起きていても事務所の方に降りてくるまでは気づかないことが多い。
そのせいか、男性陣が死屍累々といった惨状を真琴さんに見られて、代表して陽向が怒られるということが多い。
自分と静流はソファで綺麗に座ったまま眠るので、床に寝ているところを怒られている気もするが。
コーヒーを淹れて、しばらくすると澪と真琴さんが事務所に降りてきた。
「おはようございます。」
「おはよう、この子はいつも床に寝てるわねぇ…。」
そう言いながら、陽向の足をつかむと四の字固めをかける。
一瞬で陽向が起きてタップする。
「姐さん!ギブ!ギブ!!」
陽向の悲鳴で静流も目が覚めたようで、その様子を見て微笑んでいた。
平和を感じるお年寄りのような視線だ。
「境さん、ちょっと行きたいところがあるんですけど、いいですか?」
「どうした?」
澪の方から積極的に行きたいところをリクエストするのは珍しい気がした。
行きたいところも大体が自分の事を考えてくれてというケースが多い。
なので、彼女自身の希望というのは久しぶりに聞いた気がした。
「ショッピングモールで、楽器を見に行きたいんです。」
「消耗品か?」
「いえ、店長から“良いモノ”が入ったって連絡がありまして…。」
「弦楽器の方か?」
「はい!」
なるほど、澪はピアノの方が得意なのだが、ヴァイオリンとフルートも使える。
特にヴァイオリンの方はコレクション的に集めているようで、自宅の楽器部屋の壁に複数架かっていた。
そう言えば、自分たちの楽器もメンテしないといけないので、丁度良かった。
「なら、野乃花ちゃんが起きたら向かおうか。」
そう言って、澪に野乃花ちゃんの様子を見に行ってもらった。
それを見て、静流も洗面所に顔を洗いに行く。
「あのぅ、境さん、助けてもらえません…?」
四の字固めを解いてもらえない陽向が涙目で助けを求めていたが、触らぬ何とやらにというやつで、合掌しておいた。
「境君、正解です!」
真琴さんから思わぬコメントを頂いた。
そこから真琴さんの腕に力が入り、陽向が絶望と悶絶の表情を浮かべた。
それを見て満足されたのか、真琴さんの技はほどかれた。
そんなショートコントの後、陽向も服装を整えたり、準備を終えた野乃花ちゃんが降りてきたりとあった。
全員の準備ができた所で、昨日も酷使された車に全員乗り込んで、某超巨大ショッピングモールまで向かうことになった。
ショッピングモールに到着してから、真っ先に楽器屋に向かった。
というのも、珍しいことに澪が待ちきれないような様子で、先に楽器屋の方に向かって行ったからだ。
普段は隣か少し後ろを歩く癖があるのだが、手を引かれながら歩いて行くのは久しぶりだった。
以前にも同じように手を引かれたことがあるなと思ったら、同じように楽器屋に向かう時だったことを思い出した。
「こんにちは。先日、連絡頂きまして…。」
「ああ、店長を呼んできますので、少し待ってください。」
そう言うと、カウンターにいた店員さんは奥のドアを開いて店長を呼びに行った。
自分は澪に付き合って一緒にいるが、静流や陽向、真琴さんに野乃花ちゃんと、それぞれが好きなところを見て回っていた。
静流は真琴さんとギターのコーナーに、陽向は電子ドラムの試奏、野乃花ちゃんはあちらこちらをうろうろとしていた。
みんな楽器屋の中にはいたので、特にはぐれる心配はないかと思って、それぞれに任せておいた。
しばらくすると店長がスタッフルームと思われるところから出てきた。
「お、澪ちゃん来たね。」
そう言って、一本のヴァイオリンを出してくる。
「Atelier Harmoniaってところの一本で、Albaって作品になる。」
「夜明け…ですか?」
「そうだね。Luca Belliniって人の作品で、若い女性が弾くことを想定して作られた一本らしいよ。」
「凄くニッチな作品なんですね。」
「若い男性向けとか、年配の方に向けた作品もあるんだけど、これが一番良さそうだったからね。」
そう言って、ヴァイオリンと弓を澪に渡してくる。
澪は静かに弓を構える。
最初の一音。
それだけで店内の空気が変わった。
いつも弾いているオリジナル。
誰かに聴かせるためではなく、自分自身を確かめるような曲。
試奏が終わると、店内の一部から控えめに拍手が送られる。
「いいですね。お支払いはどうしましょう?」
「いつもの通り、振込でいいよ。」
「はい、分かりました。」
そう言って、ケースを取りに行ったのだろう、店長はスタッフルームに戻る。
少しして出てきた店長は、ヴァイオリンのケース以外にも大きな荷物を持ってきていた。
「君もちょっと試奏に付き合ってあげなさい。」
そう言ってニヤリとして渡してきたのは、アップライトベースだった。
電子ではなかったので、結構な重さがある。
「境君、バレバレだよ。」
「やっぱりそうですか…、広告費貰えます?」
「澪ちゃんの請求に値引きしておくよ。」
そう言って、店長は笑っていた。
完全に一本取られてしまった形だ。
それに従って、自分も試奏に付き合うことにした。
澪のオリジナルの内容は知っていたので、それにベースラインを合わせていく。
後ろで電子ドラムの試奏をしていた陽向も参加してくる。
試奏が終わるころには、店の前に見物客が立っていた。
それを見ながら、店長が軽くガッツポーズをしている。
「境君、向こうにいるのは静流君じゃないか?」
「そっちも見えてますよね…。」
「じゃあ、君たちにも見せたいものがあるから、ちょっと待ってもらえるかい?」
「ええ、ここまで来たら最後まで付き合いますよ。」
いつもお世話になっている店長なので、その策に乗っておくことにした。
「境君にはこれ、静流君はこっちのを試してみてくれるかな。」
「Ethosですか…。」
「あまりメジャーなの好きじゃないでしょ?」
「よくわかってらっしゃる…。」
試奏用に持って来たストラップも長いもので、元々のスタイルをよくわかってるなと思った。
「え、僕も巻き添え?」
「そうだよ、これも値引きしておくから、よかったら買ってもらえると嬉しいけどね。」
「あ、それなら乗っかります!」
「よろしくねー。」
「カスタム24とか、持ってこられると思ってなかったですからねー。」
そう言って、陽向まで巻き込んで試奏会が始まる。
基本的には澪のオリジナルに合わせていく。
ただ、途中で澪がこちらに合わせに来たので、静流や陽向に合図して、昔に演奏していた曲を挟んでみた。
思った通り、店長のチョイスは良くて、試奏させてもらったモデルが欲しくなってしまう結果になった。
先ほどから店の前に居た見物客が増えていき、店長としては大成功といったところだろう。
「二人とも、こいつらはどうする?」
「自分は買おうと思います。静流は?」
「僕も欲しいですね。いつも通りの振込でいいですか?」
「ああ、後で請求書回しておくよ。」
店長は非常に満足そうに話していた。
見物客の一部が試奏に触発されたのか、色々な楽器を見に入ってきていたので、それが大きいのだろう。
自分たちも売上に貢献できそうでほっとしていた。
「陽向君も、珍しいスネアが入りそうだから、入ったら連絡するよ。」
「ホンマに?頼んますよ!」
陽向もなんだかんだ言って、家にちゃんと保管しているようだ。
店長がスタッフに持ち帰り用のケースに楽器をしまうように指示をして少し話をしていた。
「みんなは、また活動しないのかい?」
「いや、しないわけじゃないんですけど、今は忙しくて…。」
「そうなんですわ。また、折を見て何かやろうとは思ってますけど、表向きは休止中にしてます。」
「こうやって、また来ることになったのも一つ何で、何か考えておきますね。」
店長は色々と知っているのでそう言ってくれるが、今は色々ありすぎてそれどころではないのは事実だった。
なので、静流が最後に何か考えるという形で締めてくれて助かった。
確かに、大学祭もあるし、朔弥や礼音の高校の学園祭もあるので、少しぐらいは良いかなとも思った。
「境さん、真琴さんから私たちの方も学祭で何かしましょうって話になってるんですよ。」
そう言って悪戯っぽく澪が話を振ってきた。
その向こうにいた真琴さんがにやりとしている。
今回の試奏を含めて、真琴さんの掌の上で踊らされたんだなと、今になって気が付いた。
野乃花ちゃんだけはこの話を聞いていた感じはない。
まぁ、野乃花ちゃんだけはノリと勢いで何でも来いという感じなので、確認する必要はないのだろう。
奥からスタッフがハードケースに入れた楽器を持ってきてくれ、楽器屋を後にすることになった。
「境さん、今回のは私からの期待料にしておきますね。」
そう言ってもう一度悪戯っぽく笑う。
そうか、真琴さんも、澪の策略に乗っかる形だったんだ。
今回の本当の黒幕は、澪だということにようやく気が付いた。
「なぁ、腹減らん?」
「そうだね、近くで夕食摂っていこうか。」
時間も丁度良かったので、陽向の要望に沿っておくことにした。
「肉!」
何を食べたいか聞く前に、陽向からリクエストが来る。
モール内にちょうど焼肉屋さんがあるのを確認して、そこに寄ることにした。
そこそこのお値段になりそうな気がするが、そのあたりは何とかするとして…。
何とか6人掛けのテーブルが空いていたので、そちらに皆座ることにする。
男性陣と女性陣が向かい合う形で座ることになった。
その中でも一番食べるであろう陽向が真ん中に来るのは満場一致で決まっていた。
それをちゃんと指導する真琴さんが向かいに座るのも予定通りだ。
「さぁ、食うでー。」
注文は陽向に任せてしまう。
意外と気が利くので、全員が食べれるものをちゃんと選んでくれるのだ。
調理とか取り分けは真琴さんや澪の得意分野らしく、自分と静流はいつも受け取って食べるだけになってしまう。
BBQの時は静流が活躍するので、自分だけが何もしない気がしていた。
「何だか、自分は食べるだけの人みたいに思えてきた…」
「え、コーヒーは境君の専門だよね?」
まさかの野乃花ちゃんからフォローされた。
そう言われてみれば、コーヒーの豆を挽いたりとか、そういったところは自分がやるようにしている。
ちょっとしたこだわりがあるので、率先してやることが多いのは確かにそうだった。
まさかのフォローで、少しだけ気持ちが楽になったので、取り分けてもらったものどんどん食べて行けた。
「ふぃ~。」
「ごちそうさまでした。」
腹鼓を打つ陽向と、ちゃんと手を合わせる静流が対照的だった。
手元の食器を少しだけ整理して、お店を後にすることになった。
このまま帰るのもな、と思っていると、静流から提案があった。
「この近くにダーツバーがあるから、ちょっと寄っていいかな?」
「折角だし、境君以外はお酒もいいんじゃない?」
「ああ、自分は今日は飲まないつもりだったから、みんな飲んでくれて良いよ。」
先日の疲れが取れきれていないので、今日は飲んでしまうと明日が思いやられる。
なので、今日は休肝日ということにしておいた。
他の人が飲むのを見るのも好きだったので、ダーツバーで少し飲みながら過ごすことにした。
「ゲームごとに負けた人が一口ずつ飲むようにしない?」
野乃花ちゃんが既に酔っているのではないかという提案をしてきた。
ちなみに、この中では野乃花ちゃんが一番の酒豪だ。
一升瓶片手でも不思議ではないくらい、いくらでも飲めてしまう。
「良いですね。」
まさかの澪が乗っかってくる。
先ほどの黒幕具合を考えても、何か企んでいそうな気もした。
が、楽しそうなので良いかなと思った。
近くのダーツバーに入り、それぞれにドリンクを注文する。
静流だけはマイダーツを持っていたのでそれを使い、他のメンバーは貸し出されるものを使っていた。
1ゲーム目、2ゲーム目と続けて澪が敗北する。
決してお酒に強いというわけではないので、明らか顔に“私、酔ってます”と書かれている。
「澪ちゃん、弱すぎん…?」
「いつもはここまでではないんですよ~」
言葉がすべてひらがなになるくらいに酔っていた。
まぁ、最悪はうちで介抱するのでいいかなと思いながらゲームを続ける。
ゲームの勝ち負けにかかわらず飲んでいる野乃花ちゃんと、負け続けて飲み続ける澪という構図が続いていた。
「さて、十分楽しんだし、時間的にももういいんじゃない?」
静流が、そろそろ帰ろうかという提案をしてくる。
その提案通りに、事務所に帰ることにした。
もちろん、澪はへべれけだったので、肩を貸す形で車に乗せると、乗った次の瞬間には眠っていた。
二列目のシートが豪華仕様でよかったなと、この時初めて思った。
事務所に帰っても起きる気配がなかったので、上の部屋まで運んで布団に寝かし付ける。
一人でおいておくのもどうかと思ったので、事務所に戻って声をかけることにした。
「真琴さんか、野乃花ちゃん、澪が完全に寝ちゃったから、少し見てもらえないか?」
「え、ゲーム始めちゃったから、境君が見てあげてよー。」
野乃花ちゃんに澪のことを任せるような言い方をされる。
普段はこんなことを言わないのだが、確かに四人で、某鉄道のすごろく的なゲームを始めていた。
よくよく考えてみると、ここまでが一つの作戦だったのかと、最後の最後まで踊らされたなと思った。
野乃花ちゃんの言葉通り、本を読みながら澪の様子を見ることにする。
本を開いたまま、澪の穏やかな寝息を聞いているうちに、自分も眠ってしまっていた。
—— 久々に奏でた音楽。その調べは、自分たちの知らない誰かの元へも届いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は久しぶりに、事件らしい事件のない完全な日常回でした。
とはいえ、ただ休憩するだけではなく、それぞれの「過去」と「これから」を少しだけ描いています。
実は、境たちは昔バンド活動をしていたという裏設定があり、今回はその一端をようやく表に出すことができました。
店長も、彼らのことを昔から知る数少ない大人の一人です。
そして澪の新しいヴァイオリン。
Atelier Harmoniaの『Alba』という一本には、「人と人を繋ぐ」という想いを込めています。
音楽もまた、人と人を繋ぐ一つの縁なのだと思っています。
後半は少しだけ青春らしい空気も混ぜてみました。
ゲームをしたり、お酒を飲んだり、仲間と笑い合ったり。
こういう時間があるからこそ、この作品の日常は特別なものになるのかもしれません。
さて、次回からは大学生活や学園祭、そして結が残した言葉の意味へと、少しずつ物語が動き始めます。
引き続き、彼らの旅を見守っていただければ嬉しいです。




