包容
いつもお読みいただきありがとうございます。
第74話『包容』をお届けします。
前回、境が龍神と邂逅したその裏側。
今回は澪の視点から、その時に起きていた出来事を描いています。
理解しようとする者と、受け止めようとする者。
同じ出来事でも、見える景色は少し違うのかもしれません。
お楽しみいただければ幸いです。
境さんと宗玄さん、三人で先日のダム湖に訪れることになった。
先日、境さんが交信していたという存在について、私は未だ話せていない。
だから、少し心配になってしまう。
でも、それに気づかれると重荷になってしまいそうだから、気持ちは隠しておいた。
「おはようございます。」
何事もなかったように、極めて普段通りに挨拶から入る。
境さんも、宗玄さんも今日の準備で忙しそうで、千鶴さんも真琴さんと梓が同行するので忙しそうにしていた。
その結果、今の私の心配を察されることがなかったのは幸いだった。
諸々の準備が終わり、境さんの運転でダム湖に向かう。
その途中、ミルクティーを買ってきてくれた。
「ありがとうございます。この時期でも温かいものが売っていたんですね。」
「ああ、澪はホットの方が良いだろ?」
境さんが私の好みを憶えてくれていて、気遣ってくれていることが嬉しかった。
一息つくと、もう一度車に乗り込み、件のダム湖へ向かい始めた。
道中、道路にもやがかかってきて、みんな口数が減っていった。
運転に神経を使うのもあると思うけど、何か不穏な空気が漂っているのが原因だと思う。
現地に到着する前に、宗玄さんに今日の予定と目的を聞いてみる。
宗玄さんの話では、境さんが水神様に目を付けられているという事だった。
特に悪い意味ではないという事なので、興味を持たれているという意味なんだろうなと理解した。
そこからしばらくすると、目的のダム湖に到着した。
朝靄がかかっているせいか、標高が高いせいか、少し肌寒く感じた。
辺りを白く曇らせていた靄が更に濃くなり、ダム湖の全景を確認できないほどになっていた。
そこに気をとられているうちに、境さんを見失う。
「境さん、どこですか?」
慌てて境さんの姿を探す。
相手が普通の人であれば、多少荒事になっても心配する必要はないのだけど、現況を考えると心配になる。
深呼吸して、自分を落ち着かせる。
落ち着いて考えると、心配よりも、私自身が境さんを見失って不安になっていたんだと気づいた。
軽く自己嫌悪に陥りそうになるけど、以前に境さんにも叱られたことを思い出して、気を取り直す。
私が境さんを信じなくてどうするのだ。
そう思いなおすと、胸につかえていた不安感も軽くなっていった。
「澪ちゃんは、境君が大事なんやな。」
少し後ろにいた宗玄さんが急に声をかけて来たので、心臓が口から飛び出しそうになった。
そして、あまりに直球な言葉に少し恥ずかしくなった。
「はい、自信をもって。」
そう言えると、伝えようと思ったのだけど、口から出た言葉はそこで止まってしまった。
だけど、宗玄さんは優しい微笑みを湛えたまま、こちらを見つめていた。
「せやな、その自信があるからこそ、龍神さんもここに来たんやな。」
そこまで言われて気が付いた。
靄の向こうに、龍の影が見えていた。
西洋のドラゴンではなく、日本神話に出てきそうな龍の姿。
昔話のような緑色の姿ではなく、はっきりとした色は見えないけど、蒼く輝いて見えた。
「ヒトがヒトを信じる姿というのは、今も昔もいいものだな。」
龍が語り掛けてきた。
威厳のある、だけど優しい声だった。
「はい、私は境さんの全てを信頼しています。」
その龍の言葉の重み、慈しみを感じたからか、口をついたのは素直な気持ちだった。
今まで色々あった。確かに悲しいこともあったし、苦しいこともあった。
だけど、私は私のために、境さんを大事に想っている。
その全てを信頼すると決めている。
その気持ちを、私を見てくれている、この龍にも伝えておきたいと思った。
「なるほど、嬢が居るから、あ奴は揺るがずに居れるのかも知れんな。」
「そう評価してもらえるなら嬉しいです。」
自然と笑みがこぼれた。
それと同じように、龍も微笑んでいるように感じた。
「嬢は、あ奴が何であるか分かっておるか?」
龍に問いかけられる。
言葉を、額面通りに理解するものではないと直感的に感じた。
境さんは境さんだが、そういうことを聞いているのではなく、龍としても分からない存在の事を尋ねたのだろう。
それは、間接的に私が境さんを理解していると思われたということなので、分かる範囲で答えようと思った。
「境さんは境さんですよ。彼が何であるかは関係ありません。」
「自身で自身を確立しているという事か?」
「いえ、ただそこに在る、それを私たちが境さんと認識しているだけだと思います。」
まるで禅問答のようになってしまうが、偽らざる自分の答えだった。
分かりやすく取り繕うことはできたかも知れないけど、境さんを他の誰かが評価するべきじゃないと思った。
それは、境さんだけではなく、どんな相手であっても同じだと思う。
「なるほど、嬢は本当の意味で優しいのだな。」
「…そうなんでしょうか。」
正面からそう言われてしまうと恥ずかしくなってしまう。
きっと、今の私は赤面しているのだろう。
だけど、私よりもはるかに長く生きてきたと思われるヒトに、そう言ってもらえることは嬉しかった。
「嬢があ奴を受け止めるか…、であれば、ワシの心配するところはなかろう。」
そう言って、気配が薄くなっていく。
しばらくすると、龍の気配は全くしなくなり、影も見えなくなった。
その靄のかかったダム湖を、ぼんやりと見つめていると後ろから宗玄さんが歩み寄ってきた。
「澪ちゃんも、水神さんに気に入られたみたいやな。」
「…光栄です…。」
神秘的な空気と、先ほどの龍の放った空気を感じて、少しぼんやりしたままでいた。
宗玄さんの言う通り、気に入ってもらえたのなら光栄だし、心が温かいもので満たされる感じがある。
この気持ちを、今はみんなに伝えたくて仕方がなかった。
「さて、境君もそろそろ戻ってくる頃やろ。」
宗玄さんの言葉通り、靄の向こうから立ち尽くしている境さんの姿が現れた。
此方に戻ってきたというか、そこに現れたという感じだった。
姿をきちんと認識できたと思ったら、膝から崩れそうになったので宗玄さんが受け止めてくれる。
こういう時に、運動神経が今一つな自分が恨めしく思える。
だけど、今は、宗玄さんのお陰で境さんに怪我がなかった事の方が大きかった。
「チャンスやで、膝枕くらいしといたったらええねん。」
そう言いながら笑う宗玄さんの言葉に従い、近くにあったベンチに境さんを膝枕で寝かせる形にした。
確かにチャンスだったなと、膝枕をしてから改めて思い、少し可笑しくなって笑ってしまった。
人によっては“どちらが”というかも知れないけど、私にとっては“役得”だなと思いながら、眠る境さんを見ていた。
—— 受け止めること、その大事さを龍に教えてもらった気がしていた。
第74話『包容』でした。
今回は澪視点のお話でした。
境が龍神の世界を歩いていた頃、澪もまた龍神と向き合っていました。
ただし、その向き合い方は境とは大きく異なります。
境は理解しようとする人です。
一方で澪は、まず受け止めようとする人です。
どちらが正しいという話ではなく、その違いが二人らしさなのかなと思っています。
また、龍神が澪に興味を持った理由も少し描いてみました。
長い時間を生きてきた存在だからこそ、人と人が信頼し合う姿に価値を見出したのかもしれません。
そして宗玄さん。
今回も相変わらずでした。
空気を読んでいるのか、読んでいないのか。
でも、結果的に一番良いところに着地させるあたりは流石です。




