縁契
いつもお読みいただきありがとうございます。
第73話『縁契』となります。
龍神の導きによって辿り着いた、不思議な里のような空間。
そこで境は、龍神の家族とも言える存在たちと語り合い、そして再び龍神と向き合うことになります。
人と神。
異なる在り方を持つ者同士が結んだ、小さな縁。
その先にあるものを感じていただければ幸いです。
昔話に出てくる民家を具現化したようなところで囲炉裏を囲んでいた。
今は真夏のはずなのに、囲炉裏の温かさが丁度良い。
ここは、今まで自分たちが居た所とは何か違うところなのだろう。
何だか不思議な感じがしたが、嫌な気分になるようなことは無かった。
「今まではワシのところまでお客人が来ることは無かったもので、これでよいか甚だ心配ではあるのですが。」
「十分、くつろがせて頂いてますよ。」
老人は人と接することが少なかったのか、自分と接する方法も分からないといった感じだった。
だが、自分としては単純に話し相手をしてもらえるだけで十分だったので、こうして屋内に入れてもらえたのは幸運だったと思う。
まして、このような古民家が実際に使用されているところを目の当たりにできるのは、本当に幸運だ。
「お兄さんは龍神様とお友達なの?」
「うーん、お友達なのかも知れないね。」
何とも難しいところではあるが、好意というか、興味を持ってはもらっているようだったので、お友達ということにしておいた。
自分の回答に、老人も満足げに頷いていたので、回答としては及第点だったと思う。
老人と子供の関係性は分からないが、子供の方が警戒せずに話しかけてくれるので、会話が弾んでいた。
どうやら気が遠くなるくらいの時間、ここで訪れる人を待っていたらしい。
そのせいで、人との接し方、客のもてなし方などが分からなくなってしまっていたらしい。
「ご老人は、龍神さんとどういう関係なんですか?」
話も温まってきたので、そろそろ聞いても大丈夫かと思い、直球で質問してみた。
嫌な顔の一つでもされるかと思っていたが、意外なほどあっさりと回答された。
「ワシとこの子は、龍神様の家族のようなものです。あの方も長き孤独に晒されてきておりますので。」
「孤独ですか…、確かに、それであれば家族を求めるのも分かる気がします。」
「ええ、ですので、貴方様がここにたどり着いたというのは、僥倖でした。」
自分としても、自分の事を興味深く観察してくれる、自分よりも秀でた者の存在は有難かった。
特にここ最近、自分が何者であるか、分からなくなってきていたからだ。
いつもつるんでいる陽向が急成長している感があるので、得も言われぬ焦燥感のようなものがある。
その答えの一つが、今回の龍神との出会いであると考えている。
「龍神さんも、自分の事に興味を持ってくれたみたいですね。」
「ええ、あの方がここまで嬉しそうにするのは、初めて見た気がしますね…。」
しばらく遠い目をした後、また、こちらを見据えて老人は言った。
「自分のことなど、自分が一番分からないものです。それをご存じである貴方様は非常に稀有なんでしょうな。」
老人は、そう言って声高らかに笑ってのけた。
その言葉の意味するところが、今までの経験から来ているモノだろうということは感じ取れた。
自分の状況を理解してもらえているようで、何だかホッとした。
「さて、そろそろ龍神様もこちらに到着されるようですな。」
そう言うと席を立ち、入口の扉を開いた。
その扉の向こうには、薄水色の長衣を纏った男性が立っていた。
「この姿では初めて会うな、神代のよ。」
「その声、話し方は…龍神さんか?」
「いかにも。少し話しやすいようにな。」
クールな文官といった雰囲気の男性は、彼の龍神そのものだという事だ。
それも、自分と話すために、そのような姿でこちらまで来たという話である。
「いかなワシでも、ヌシが何者かは分からぬ。だからこそ見てみたくなったのよ。」
「それは光栄だな。と言っても、何が分からないのかが分からないがな。」
そう言って二人で笑いあう。
お互いに、自分が何者か理解できておれず、互いを観察できると思っているようだ。
分からないことそのものは問題だと思っていない。
ただ、分からないから思考停止するのは違うと思っている。
その思考を進める方法の一つが、お互いを観察することだと考えた。
「しかし、そう言えども、すぐに何かの答えが出るものではないな。」
そう言うと、袖口のところから何かを取り出した。
「これを持っていてもらえるか?」
「構わないが、いったい何なんだ?」
「ワシの一部だ。それを持っていてもらえると、ヌシと同じように景色が見えるようになる。」
その要望に少し納得してしまった。
この龍神は、あくまで土地神のようなものなのだろう。
何もないタイミングで、この場を離れることができない。
そのせいだろう、永い孤独と付き合ってきたのだ。
「分かった。何かあればまた相談させてもらっても?」
「当然だ。こちらから問いかけるかも知れぬので、普段から持っておいてもらえると助かるぞ。」
「ああ、普段からずっと持ち歩くつもりだったから、そこについては問題ない。」
「そうか、感謝するぞ。」
その言葉からは、龍神からの複雑な喜びが見えたような気がした。
自分としても、この縁を大切にしたかったので、これは助かる。
「さて、そろそろ時間だな…。今後ともよろしく頼むぞ。」
「ああ、任せておいてくれ。」
龍神との誓いを交わし、お互いを見合ったところで、景色が真っ白になっていく。
元々の靄のこちら側に、自分は戻ろうとしていることが分かった。
真っ白な景色が落ち着いたところには、心配そうにこちらを覗く澪の顔があった。
どうやら意識を失って、澪に膝枕をされていたようだった。
「心配をかけたみたいだな。」
「ええ、宗玄さんが居てくれたので助かりました…。」
今にも涙が零れそうな顔をしている。
少し申し訳ない気分になったのだが、対処方法が分からなかった。
「境君、色々あったみたいやな。」
宗玄さんが助け舟を出してくれた。
その声を聞いて、澪もしっかりしなければとなったのだろう。
はっとしたような表情で、顔を上げていた。
「ええ、こちらはどうでしたか?」
「そこの澪ちゃんの方に何かあったみたいやで。」
宗玄さんが話を促す。
澪が思い出したかのように話し始めた。
「私にも龍神様から声がかかりました。」
自分が靄の向こうの世界を歩いている最中、澪の方に龍神からのアクセスがあったらしい。
澪と自分の関係性、澪の立場とその役割、そして澪自身の事。
会話の内容は自分と少し違っているようだが、龍神がやりたいことは一貫しているように思えた。
そう、自分と澪がどういった存在であるか、それを観察したいと思っているようだった。
「さて、二人ともつかれたやろうから、帰りはワシが運転したるわ。」
宗玄さんが運転席に入りハンドルを握る。
身長が違うのでシート位置を調整するというお約束はあるが、運転席に座る宗玄さんの姿はしっくり来ていた。
ただ、その帰り道、宗玄さんがこの車を持っている理由を思い知ることになる。
澪も自分も、屋敷につく頃には疲労困憊で、脇腹が筋肉痛を訴えていた。
—— 神様の孤独、その癒しの一端となれるということに、小さく喜びを感じていた。
第73話『縁契』でした。
今回で龍神との最初の邂逅は一段落となります。
ただし、何かの答えが出たわけではありません。
むしろ、お互いに「分からない」ということを確認しただけなのかもしれません。
それでも、分からないまま終わるのではなく、これからも見守り、語り合う。
そのための縁が結ばれた回だったと思います。
また、今回登場した老人と子供についても、龍神のもう一つの側面として描いています。
神様というと超越的な存在として描かれがちですが、長い時間を生きればこその孤独もあるのかもしれません。
そんな龍神の姿を、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
そして最後は宗玄さん。
読者の皆様もお気付きかと思いますが、あの人は大体最後に全部持っていきます。




