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逢話

いつもお読みいただきありがとうございます。


第72話『逢話』をお届けします。


前回、龍神との邂逅を果たした境。

今回からは、その龍神が見せた世界を歩くことになります。


そこに居るのは人ではなく、神でもなく、その中間にあるような存在たち。

彼らとの出会いは、境に何をもたらすのでしょうか。


どうぞお楽しみください。

複数の影が行き来する方向に進んで行く。

そこには間違いなく何かが居ることは分かっている。

ただ、それが何かまでは未だわからないままだった。


「全て、ヌシの言葉は通じるようにしておいてやったぞ。」


何処からともなく、頭の中に声が響く。

龍神が自分の事を観察するためだろうか、全て言葉が通じるらしい。


「ありがとう、助かる。」


龍神は満足したようで、あたりの空気が柔らかくなったように感じた。

進んで行くと、小川のようなものが見え、そこに大きな鯉が泳いでいた。

川の主というのはこういうのを言うんだろうなと思っていたら、突然話しかけられた。


「あなた、龍神様のお客様?」

「ああ、そうありたいと思っているよ。」


少し驚いたが、先ほどの龍神の話から考えると、それぞれが関係している何かなのだろう。


「そうかい、いらっしゃい。」


流石に表情までは見えないが、声からして歓迎されているようだった。


「ところで、あの龍神さんはみんなの親分なのかい?」

「ええ、良い方ですよ。」


単純な会話しかできてはいないが、龍神が関係各所から良く想われていることは分かる。

先ほどの会話でも感じてはいたのだが、人間よりもはるかに理解がある。

意固地な人間を相手にするよりも、龍神を相手にしていた方がきっと建設的だろう。


「そうか、それは良かった。」

「ええ、この先にも色々な方がいるので、お話してください。」

「わかった。ありがとうな。」


そう言って、その小川を後にした。

そこから少し進むと、軽い丘のような登り道になっていった。

そして、その道の中央付近に小さい影があり、その影の正体である川獺のような生き物がいる。


「あ、黒いお兄さん、いらっしゃい。」

「ああ、お邪魔するよ。」


黒いお兄さんとは言い得て妙だなと思った。

確かに上から下まで真っ黒な服で来てしまったので、黒いお兄さんそのものだろう。

その川獺らしき生き物は随分人懐っこい。

伝奇などでも人懐っこい生物として描かれることが多いイメージだが、そのイメージそのものだった。


「今日は龍神様と遊びに来たの?」

「遊びって言うのが正しいかわからないけど、龍神さんに会いに来たんだよ。」


何となく、子供を相手にしているような感じになる。

この無邪気な生き物も、龍神を尊敬しているというのが伝わってくる。

無邪気なだけに、純粋な尊敬の念が見える。

やはり、ここの龍神は“良いもの”何だろうなと思った。


「そうかー、今度は僕とも遊んでね!」


そう言うと、道を横切るような形で草むらの方に走って行った。

それを見届けて、坂道を登っていく。

坂道とは言っても、軽い丘ぐらいの角度なので、あまり登るという感触はなかった。

その感触の有無が、この靄に包まれた場所によるものなのか、疑問ではあるが。


丘を越えると、左右に田園風景が広がっていた。

その一つに鳥の形をした影が見える。

どこかの田舎で見たような風景、恐らくは鷺であろうと思った。


「ほう、貴様が龍神殿の来客か。」

「どうやらそうなるらしい。貴方は?」

「人からは蒼鷺と呼ばれておる。貴様は?」

「神代境、今は探偵業をしながら大学に通っているよ。」


今まで出会ったものと比べると、幾分か尊大な態度をとる生き物だった。

ただ、こちらを軽視しているような感じではない。純粋にそういった話し方をするものと感じた。


「ほほう、苦学生というやつか?」

「いや、探偵業は趣味半分だ。ドラマとかに影響されたというのが正直なところだな。」

「とはいえ、勤労学生というのは褒められて良いと思うぞ。」


正直に話をしたのが好印象だったのか、何となく褒められてしまったようだ。

実際に探偵業は趣味と言える範囲でやっている。

色々と事情があって続けてはいるが、やらなければ生活に困るということは無い。

言われてみて気が付いたが、確かに勤労学生と言われればその通りではあった。


「蒼鷺さんは、何故ここに?」

「周りに翡翠もいるだろう?奴らもワシも同じで、この空気に魅せられたのよ。」

「なるほど、この古き良きというところか。」


確かに、セピア色の似合うようなこの風景は、代えがたいものが色々とあると思う。

高度成長期の香りがするような、その時の山の麓にある田舎の雰囲気。

自分も、何かのドラマの一コマに入り込んだような錯覚を覚えた。


「ワシだけではない、この空気を守りたいモノは多数居る。その結果がこの空間ということだ。」

「ああ、分かる気がするよ。」


しばらくこの風景を見つめながら、蒼鷺と佇んでいた。

そうして空気を堪能して、また、前に進み始めた。

進む前に、蒼鷺と、ここを汚さないという約束を交わした。


その田園風景が終わるころに、古民家が現れた。

このダムの底に沈んでいる何かかも知れないし、もっと古い記憶かも知れない。

その古民家の前に、恐らく親子だろうと思われる影が見えた。


「ようやく、ここまでたどり着きましたな。」


親子と思っていたが、どうも祖父と孫の組み合わせだった。

普通の人間ではないし、その残滓でもないことは、感覚的に分かった。

一般的な妖怪などとも違う、この地域に住んでいた人々の営みの残り香という感じだろうか。


「お兄さんは、何をしに来たの?」


子供の方から問いかけられた。


「多分、その理由を探しているんだと思うんだ。」


見た目が子供だからか、少し優しく、諭すような雰囲気で話しかけてしまった。

意識的にやったわけではなく、何だか警戒心を和らげるような空気を持った子供だった。


自分のその言葉は、子供だけでなく、老人の方にも響いたようだった。

老人の表情が砕けて、明らかに喜ばしい感情をのぞかせる。


「そうですな、ワシも長く生きておりますと、分からないことを識る機会を得ることがあります。」

「そうなんですね、先人もそうであれば、自分もこれでいいと思える気がします。」


老人の言葉は優しい口調でありながら、重い意味を伝えてくる。

ただ、その重みは自分の肚に沈んでいき、腑に落ちる。

そう、知らないこと自体を肯定しても良いのだという、そう言う優しさを感じた。


「知らないことを識るという、そこが龍神様の心をとらえたんですな。」

「そこまで大したものではありませんよ。」


凄く持ち上げられた気がして、恥ずかしくなってしまった。


「よろしければ、中で少し話をできませんかな?」

「はい、是非とも。」


老人に促され、子供に手を引かれて古民家の中に入っていく。

囲炉裏の灰の中に火がくすぶっており、丁度話がしやすい暖かさになっていた。

そうして、この空間に老人と子供、自分が一つの風景となって溶け込んでいくのが分かった。


—— この世界は、自分の在り方を考えるために、必要なものだと感じていた。

第72話『逢話』でした。


今回は戦いも事件もなく、ひたすら対話の回となりました。

鯉、川獺、蒼鷺、そして古民家の老人と子供。

それぞれが異なる価値観や想いを持ちながら、この場所に存在しています。


境は彼らを理解しようとしますが、全てを理解できるわけではありません。

それでも話を聞き、受け止めようとする。

その姿勢こそが、境らしさなのだと思います。


また、今回は「知らないことを識る」というテーマも描いてみました。

知らないことは恥ではない。

分からないことを認めることもまた、大切なことなのかもしれません。


次回は、古民家での対話が続きます。


龍神が境に見せたかったものとは何なのか。

少しずつ核心へ近付いていきます。


引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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