神問
いつもお読みいただきありがとうございます。
大阪修行編もいよいよ終盤へと近付いてきました。
これまで陽向、静流、真琴、礼音たちが、それぞれ異なる形で学びを得てきましたが、今回はついに主人公である境のターンとなります。
人を知り、土地を知り、感情を知る。
その先で境が向き合うのは、自分自身と、そして人ならざる存在です。
果たしてそれは試練なのか、それとも導きなのか。
第71話『神問』をお楽しみください。
自分たちは宗玄さんが同行してくれるということで、先日と同じダムを訪れることになった。
乗る車も同じなのだが、宗玄さんと澪と自分の三人で訪れるという点だけが違っている。
色々と思うところがあって、こういう組み合わせにしているはずだ。
澪だけが、自分たちと一緒に行くということも、何か意味があるのだろうと思った。
「さて、境君、体調の方はどないや?」
「特に悪くはないです。気分爽快という感じではないですが。」
正直なところを答えた。
体調そのものは悪くないが、プレッシャーもあるので、絶好調という感じでもない。
可もなく不可もなく、というのが一番確かな表現だろう。
「まぁ、体調が悪いんやなかったら大丈夫やろ。今日はそこそこ厳しいと思うで、腹くくっときや。」
「…はい、分かりました。」
宗玄さんから、こういったプレッシャーをかけられるような発言を受けたのは初めてだった。
それだけ、気を付けて行かなければいけないということだろう。
近くのコンビニで自分と宗玄さんのコーヒーと、澪用にミルクティーを買って、先日のダムに向かう。
朝早くから向かったからか、ダムに向かう道路にあまり車は無かった。
そこに朝独特の靄のようなものが漂っており、更に不穏さを増す。
自然と口数も減っていった。
しばらく走ると、ダムの方に向かう分岐に出る。
分岐をダムの方に入ると、気分的なものもあるだろうが、急に空気が冷え込んだ気がした。
「今日はどんなことをするんでしょうか?」
澪が宗玄さんに尋ねた。
宗玄さんは、少し考えこむような動作をしてから口を開いた。
「多分やけど、境君は水神さんから目を付けられてるみたいなんよ。」
「目を付けられると言いますと、何か不興を買うようなことをしてしまったんでしょうか?」
「いや、そうやないな。水神さんも境君を計りかねてるっちゅう感じや。」
宗玄さんの言葉に、澪が更に問う。
計りかねるという表現に、何か不穏なものを感じてしまった。
何がどうということは無いが、何となく背筋が寒くなるような感じだ。
“神”と名の付くものが、自分の事を意識していると考えると、何やらむず痒いものもあった。
「それは、いいことなんでしょうか…?」
澪が疑問を口にする。
それはみんなが思うであろう、確かな疑問となるところだった。
計りかねるということは、こちらの事を認識はしているが、善悪までは判断されていないと思われる。
となると、敵として認定されてしまうと結構大変なことになると思った。
「少なくとも敵視はされとらんみたいや。敵やと思われたら、今頃無事やないと思うでな。」
言われてみれば尤もな話だった。
超常なる存在に敵視されてしまえば、今日こうやってここまで来ることはできなかっただろう。
そう考えると、少しは好意的にこちらの事を見てくれているのではないかとさえ思えた。
そこからまたしばらく走り、ダムの全景が見えるポイントにたどり着いた。
今日は先ほどの道路と同じように、ダム全体が靄に包まれている。
それは水神…前回の龍神が自分との接触を他に見られないようにしているのではないだろうか。
そう考えているうちに、靄は濃くなりあたりの様子が見えなくなっていた。
「澪、宗玄さん、いますか?」
声をかけてみるが、返答はない。
姿も見えていないことを考えると、龍神のテリトリーに招き入れられたのだと認識した。
その認識をすると、靄の先の方に何やら大きなものが存在していることが分かった。
電気などで見る龍の姿そのものに見えた。
影のような感じでしか見えないし、現実の姿として目の当たりにしたことは無い。
ただ、自分の中のイメージをそのまま具象化したような姿だった。
「貴方は…龍神様でいいのか…?」
「…いかにも…」
重く低い声が響いた。
実際には音になっていたかどうかはわからない。
頭の中に直接語り掛けられたような感じだった。
「…ヌシは、何故この場に来ておる?」
「…自分が何者か、それを確かめるためだと思っている。」
自分の中で今回の勉強会を通して、自分が何者かわからなくなってきていた。
だからこそ、宗玄さんに今日の事を言われて、ちゃんと向き合うべきだと考えていた。
「ヌシが何者か、自分では分からぬのか…。」
龍神はその言葉に納得したような雰囲気だった。
自分が何者か分からない、そんな哲学的な話ではあるが、何かしっくり来たようだ。
そう、他のメンバーと比べて、自分は宗玄さんからもよく分からないと言われていた。
それも、自分の事をもっとちゃんと知っておくべきと考えるきっかけになっていた。
「なるほど、ヌシは此方に来ることができているが、その理由は分からぬのだな。」
「此方というのがどこかはわからないが、今こうやって貴方と話ができる理由は分からない。」
「そうか…」
正直に色々と理由が分からないことを告げると、少しだけうなだれた気がした。
落胆というか、諦めにも似た感情を感じる。
「ただ、これは必然だと思うし、これを認識できているから、こうやって話ができていると思っている。」
「なるほど、それはそうだな…必然か。良き認識だと思うぞ。」
龍神の瞳に輝きが増した気がした。
靄の向こう側なのでそれが正しいのかどうかはわからない。
ただ、龍神の期待と意思を感じることはできた。
「その必然がどういうものか、少し体感できるようにしてやろう。」
その言葉が終わるや否や、龍神の姿は靄の中に掻き消え、靄の向こうに他の影が見え始めた。
そこにある影はいずれも人の形をしておらず、大小さまざまな影が立ち歩いていた。
何となくだが、龍神から受け入れられ、機会をもらった気がした。
「そうだな、貴方の期待には応えたいな。」
龍神がこの場所を分かるようにしてくれたのだと思う。
そのさまざまな影と、何かの形で話をしていくべきだと思い、靄の中を進み始めた。
—— 神と思われる存在に、色々な感情を向けられる。畏れと共に、喜びを感じ始めていた。
第71話『神問』でした。
ようやく境編が本格的に始まりました。
これまでの修行編は、それぞれのキャラクターが異なる視点から世界を学ぶ物語でした。
陽向は信仰と祈りを。
静流は歴史と知恵を。
真琴は縁と継承を。
礼音と澄玲は感情との向き合い方を。
そして境は、自分自身を知るための問いへと踏み込むことになります。
今回印象的だったのは、龍神が境に対して敵意を持っていないことです。
むしろ、龍神自身も境という存在を測りかねている。
人が神を理解できないように、神もまた境を理解できない。
そんな不思議な関係性が見えてきました。
また、境自身も神に対して畏れを抱きながら、それでも逃げることなく向き合おうとしています。
その姿勢こそが、彼らしいのかもしれません。
次回からは、靄の中に見えた異形たちとの邂逅が始まります。
境は何を見て、何を感じ、何を理解するのか。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。




