残響
皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。
大阪修行編も後半戦に入り、今回は礼音と澄玲のターンです。
犬鳴と聞くと、どうしても心霊スポットのイメージが先行しがちですが、今回描きたかったのは「恐怖」ではなく「残された感情」の方でした。
人が集まり、通り、忘れられていく場所。
そこに何が残るのか。
そんなことを考えながら書いた一話になります。
それでは、第69話『残響』をお楽しみください。
朝になって、宗玄さんに言われた通りに自転車屋さんまで向かった。
自転車屋さん自体はシャッターを下ろしていたが、そのシャッターの前に岡部さんが立っていた。
そこそこの年齢だと思うのだけど、普段から自転車で遠出しているのか、身体年齢は随分若そうに見える。
「お、礼音君やね。今日はよろしくな。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
そう言って握手を交わす。
何となくだけど、昔にスポーツをやっていて、今でもスポーツマンシップというのがある感じがした。
「白樺澄玲です。今日はよろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそ。」
そう言って澄玲ちゃんとも軽く握手を交わす。
若い女性と握手というのは少し気恥しいのか、少し照れ臭そうに見えた。
「ところで、二人とも自転車は乗れるやんね?」
「はい、僕は父の影響でマウンテンバイクも乗っています。」
「私はシティサイクルくらいですけども、普通に乗る分でしたら。」
うちの父はアウトドア大好き人間で、普段のフラストレーションがあるのか、山間部のキャンプ場に行くことが多い。
それに同行すると、山中での移動にマウンテンバイクを使用するため、そこそこ荒れた土地でも大丈夫になった。
澄玲ちゃんもシティサイクルくらいであればと言っているけれども、実際に乗っているところを見たことは無い。
話に聞く限りは、道も厳しそうなので、少し心配ではあった。
「とりあえず、現地の方に向かってみよか。」
岡部さんが店の裏から車を出してきた。
中型のSUVのキャリアに三台のマウンテンバイクが乗せられていた。
少し気を遣ってくれたのだろう、二台は男らしいポスターカラー、一台はパステルカラーになっている。
見た目通り、凄く気の回る人なんだなと思った。
車に乗り込んで、しばらく進むと山のふもとを走っている、大きめの国道に出た。
それを恐らくは南下しているのだろう。左前方に太陽が見えていた。
この辺りは、関東圏と違って道路が東西南北に走っているみたいで、少し羨ましく思った。
少なくともまっすぐ走っていて、どこに向いているかわからないようなことにはならなさそうだから。
そこからしばらく走ると、何やら大きめの病院が見え、そこを通り過ぎて山の中に入っていった。
「結構細い道を走るんですね。」
「せやな。やけど、地元の人らはミニバンで凄い勢いで走っていくんやで。」
そう言う岡部さんも走り慣れてはいるようで、すいすいと走っていく。
どうも中腹に観光地があるようで、すれ違う車も多かったのだが、軽々とそれを躱していった。
「実際に礼音君や澄玲ちゃんの親御さん世代が走りこんでたところもあるんやけど、今日はそっちは行かんのよ。」
「と、言いますと?」
「今日行く隧道の方は、そっちの林道の方とは違うねん。」
そう言うと、その隧道の話をしてくれた。
隧道、要はトンネルのようなものなんだけど、新旧があるらしく、新の方は普通に移動するときに通過するところらしい。
逆に旧の方は、凄く昔からあったところだそうで、色んないわくが絡み合っているという事だった。
元々は修験道などの傾向のある道と、そこにある隧道という部分だったんだけど、いつの間にか都市伝説ができたと。
ここは予想だけど、昔の若い人って娯楽が少なかったからか、車で肝試しというのが多かったって聞いている。
その影響で、山の中の薄暗い小さなトンネルというところに、色々な話を尾ひれにつける形で都市伝説ができたんだと思う。
その都市伝説も色々あるけれど、基本的には何かを見たとか聞こえたというような話だったので、当たらずとも遠からずだろう。
今回はその旧の隧道に行くことになっているそうだ。
先日の結ちゃんの話を聞いても、こういった何かがあるところの方がヒントになるだろうと思ったから、しっくり来た。
そのあたりは澄玲ちゃんも同感だったのか、こちらにアイコンタクトで同じイメージをしているというのを伝えてきた。
「さて、そろそろやな。」
新しいトンネルの横にわき道があり、そちらの方に車を停めてマウンテンバイクを下した。
普段は立ち入り禁止なのだろうか、ロープが張られた跡があり、車を停められるスペースもあった。
実際には駐車場ではなくて、管理をされる人が車を停めるためのスペースだと思う。
ちゃんと整備されているというよりは、車を停めることのできるスペースを残しているという感じだった。
「山道ではあるから、少し負荷は高いと思うねん。慣れてないと大変やと思うから、しんどくなったら言うてな。」
「はい、分かりました。」
澄玲ちゃんと二人、岡部さんの言葉に頷いた。
マウンテンバイクに乗り換えて道を進む。
本来は歩いていくべきなのかとも思ったけど、そこまで時間的な余裕がないということだろう。
ほどなくして、旧隧道と言われるポイントにたどり着いた。
「ここが目的地やな。」
「ええ、何だかひんやりはしますね。」
特に何かを確認できるわけではないけど、色々な話を聞いているだけに少し肝が冷える。
陽向さんのように、心霊現象と遭遇したり、それをはっきりと見るようなことは無い。
だけど、何となくの雰囲気で、そこだけ何か違うというレベルであれば分かることは分かるようになっていた。
もしかすると、朔弥と一緒に行動しているうちに、境さんや陽向さんと行動することが増えた関係で伝搬したのだろうか。
そうだとしたら、それはそれで面白いかなと思ってしまった。
何となくで違和感を感じて、少し怖くなった自分とは異なり、澄玲ちゃんは隧道の方をまっすぐ見つめていた。
「礼音君、ここ、いますよ…」
「え、怖いのやめてよ…。」
何かの冗談じゃないかと、そうであってほしいという思いも込めて澄玲ちゃんに返事する。
だけど、澄玲ちゃんはこちらを見ることなく、隧道を見つめ続けていた。
「避けてないで、ちゃんと見てみると分かると思います。」
少しきつめに言われたのもあって、先日からの修行と同じように、澄玲ちゃんの視線の先を捉えてみた。
確かに、隧道の中心辺り、何もないはずのあたりに違和感を感じる。
教えられた通り、大きな手をイメージし、その両手で空間を包み込むようなイメージをした。
すると、その違和感が何かを伝えてきたような気がした。
「そうですか…、ここはそう言う側面もあるんですね…」
少し悲しそうに澄玲ちゃんが呟いた。
独り言というには、まるで相手がいるような感じだった。
自分が包み込んだその空間に、何かが居て、それと会話しているように見える。
「澄玲ちゃん、何が居るんだい…?」
「礼音君、ここは悲しみがあふれているわ…。」
そういった澄玲ちゃんの左頬には、濡れた跡が見えていた。
—— 山中のいわくつきの場所、そこには悲しみがあふれている、その言葉に胸が締め付けられた。
第69話『残響』でした。
今回は某隧道を舞台にしましたが、いわゆるホラー回というよりは、澄玲というキャラクターの側面を掘り下げるための導入回になっています。
礼音は理論や構造から物事を理解しようとします。
一方で澄玲は、人や自然、そこに残された感情そのものを感じ取ります。
同じ異変を前にしても、二人の見え方は全く異なります。
そして今回、初めて澄玲が明確に何かと対話しているような描写が入りました。
それが何だったのか。
なぜ涙を流したのか。
次回以降で少しずつ明らかになっていく予定です。
また、岡部さんもようやく本格登場となりました。
こういう「大人だけど少年心を忘れていない人」は個人的に好きなので、今後も活躍してもらう予定です。
礼音と澄玲が見つけた『残響』の正体とは何なのか。
引き続き楽しんでいただければ幸いです。




