縁脈
大阪合宿編、真琴・梓・千鶴組の続きです。
商店街の最後に訪れたのは、喫茶店「風待ち」。
そこには地域を支えてきた人々が集い、
人と人との縁が静かに交差していました。
今回のテーマは「縁の流れ」。
目には見えないけれど、
確かに人から人へ受け継がれていくものを描いています。
昭和レトロといった雰囲気の扉を開くと、ベルの音が鳴り響いた。
そのベルの音に気が付いたマスターとカウンターにいたお客さんが振り向いた。
「お、千鶴さんとは珍しい。」
マスターが口を開く。
千鶴さんは軽く手を振って挨拶を返した。
「今日は千客万来みたいやねぇ。」
「せやねん、まさまさコンビは久々やろ?」
「ホンマになぁ。正義も正信も元気やったん?」
千鶴さんがカウンターに座ってたお客さんに声をかけている。
二人とも身なりからしても、凄い大物感が漂っているのに、子供を扱うような感じだった。
「千鶴さんも元気そうで良かったわ。自分も引退した言うても、色々相談もしたかったんよ。」
「何やまた、政治屋のバケモンでも引いたん?」
「当たらずとも遠からずやよ。」
奥にいた、長身ですらっとしたご老人が、げんなりしながら千鶴さんの言を肯定した。
話の流れからして、政治とか政府とかの関係者の方だと思うけど、すでに引退されているみたいだった。
そんな大物が、千鶴さんに相談しに来るということを聞いて、千鶴さんの偉大さを感じた。
宗玄さんもすごいなと思っていたけど、その奥さんをしている千鶴さんも流石だ。
「まぁ、今日は難しいけど、明日にでもウチに来たら聞いたるよ。」
「ええんですか?遠慮しませんよ。」
「構えへんよ、相談したいいうくらいやから、難しい話なんやろ。」
そう言いながらカラカラと笑う千鶴さんを、先ほどのご老人が苦笑いしながら見ていた。
その奥にいるかたは、少し小太りではあるが、こちらも上品な服装をしており、有力者に見える。
そんなことを考えていると、向こうから話しかけられた。
「連れてこられてお嬢ちゃんは、どちらさん?」
「この娘は御影真琴ちゃん言うて、うちの孫のお気に入りやねん。」
千鶴さんがサラッと爆弾発言をする。
いや、そこはまだ言ってないのにと、思いながら、あたふたする自分がいた。
千鶴さんの影では、梓ちゃんがニヤニヤしていたので、後でお仕置きだなと思った。
「で、ここまで連れてきたいう事は、自分らに紹介しようちゅうことかいな?」
「せや、この子が私の跡継ぎになるんは決まっとるでな。」
これもまた爆弾発言だと思った。
さっきも同じことを言っていたので、陽向君との話よりは落ち着いて聞けた。
が、衝撃の発言が連続している事には間違いない。
そうしているうちに、カウンターのお二方がこちらに近付いてきた。
一席だけ、U字型の席があり、そこに皆で座るように促される。
皆が席に着いたところで、お二方から名刺を渡された。
「自分は葛城正義いうて、ここの常連なんよ。また会うたらよろしくな。」
「はい、よろしくお願いします。」
軽く挨拶していると、千鶴さんが割り込んできた。
「この子は元代議士でな、ちゃんと繋ぎ持っとき。」
「は、はい、分かりました!」
思わず背筋を正してしまう。
まさか、そっち関係の大物と話をすることになるなんて考えていなかった。
葛城さんに続いて、もう一方も名刺を渡してくる。
「私はこの辺の商店街の振興会会長をやらせてもろてます。岡崎正信です。今後、よろしゅうな。」
「はい、こちらこそ。」
今度は商店街の振興会長さん。
先ほどまでも老舗と思われるようなお店ばかりだったけど、その親分と出会うことになってしまった。
もう、千鶴さんが何者かわからない。
わからないし、何者だと言われても驚かない気がした。
「天原梓です!」
二人に梓ちゃんが元気よく挨拶した。
実年齢より少し子供っぽく見える彼女は、こういったご老人には非常に人気が高い。
皆の孫という感じで、可愛がられる要素がすべて詰まっているようなものだから、それでいいと思っている。
今回も、ご多分に漏れず、二方の柔和な笑顔を引き出したのは梓ちゃんの方だった。
「いつもながら、千鶴さんは、こういった人脈にも恵まれるよなぁ。」
「ホンマ、自分なんか、ちょっと憎たらしい対応しかされへんで、うらやましくて…。」
岡崎さんが感心するように、葛城さんが少しやきもちを妬くように、千鶴さんを評価した。
こういうところは梓ちゃんがうらやましいなと思うところだ。
といっても、私自身も梓ちゃんに母性をくすぐられたりするので、仕方ないなという感じではある。
「しかし、わざわざここにまで来た言うことは厄介ごとかい?」
「せやねえ、旦那も本気になってよるし、恒一と澄さんからも連絡を受けたんよ。」
「オールスターになっとるな…」
岡崎さんの質問に千鶴さんが答えると、少し真剣な顔をした葛城山が言った。
少し表現が面白い気もしたが、真面目な顔をしていたので受け狙いということは無いようだった。
何か思うところがあるような表情をしている。
「まさか思うけど、神代のも動いてたりするんちゃうやろな?」
「そっちも孫が動いとるわ。あそこのはいつもバケモンばっかりやなぁ。」
葛城山が“神代”といった。
境君の苗字になる。
それを指して、千鶴さんに化け物とまで言わせる境君は何なんだろうと少し疑問になった。
「神代のが動いてるっちゅうことは、根を張る覚悟したっちゅうことか?」
「ちゃうちゃう、あの爺さんがそんなタマちゃうのは知ってるやろ。」
そう言って三人で笑いあう。
境君のお爺さんは色々と変わった人なのか、皆で笑いのネタにされるほど濃い人物のようだった。
境君のところはご両親とも多忙なうえ、祖父母の方もお会いしたことがない。
もしかすると陽向君ならあったことがあるかもしれないと思ったので、帰ってから聞いてみようと思った。
「お嬢ちゃん、これから自分の常識を疑うかも知れんけど、しっかり自分の軸を持っときや。」
葛城山が正面から目を合わせて言ってくる。
その強い言葉は、私の中の覚悟を一段上げる結果となったことに間違いなかった。
「せやね、何かに迷ったら、またここにおいで。」
そう言いながら、マスターがテーブルまで飲み物を持ってきてくれた。
「私の自己紹介がまだだったね。」
そう言うと、店の紹介も入った名刺を出してくる。
まるで執事のような雰囲気の方で、名刺の渡し方ひとつも美しい所作だった。
「柏原常和って言います。ここのマスターやってるから、こっちおる間にまたおいでな。」
「はい、ありがとうございます。」
今は客もいないからか、マスターも手近な椅子を持ってきて会話に加わる。
この中では、マスターが一番常識人だと思っていたが、全員それなりに変わった雰囲気がある人たちだった。
マスターに頂いたコーヒーを持って一息つく。
一旦は難しい話は終わりと言わんがばかりに、普段の出来事を色々話してくれた。
今回、来ていない境君のお名前を聞いてしまったりと、色々思うところはある。
だけど、千鶴さんが色々な人とつないでくれたおかげで、自身もついたし、少しすっきりした。
陽向君も頑張っているのに、自分は何をしているのかと考えているところで、この提案をもらえた。
そして、色々な人とつながることで、自分らしさというものを再確認出来た気がする。
その点については、梓ちゃんにも感謝だなと思った。
喫茶店でひとしきり話し、商店街を後にすることにした。
ここで紡いだ縁は、この先将来ずっと、私の助けになる事は間違いないだろうと確信できていた。
—— 人の縁、それが私の武器であるということを、ようやく理解し始めていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は喫茶店「風待ち」でのひと時を描きました。
これまで出会ってきた人々の縁が、
一本の線ではなく、
脈のように広がっていることを真琴が実感する回でもあります。
人との出会いは偶然に見えて、
実際には誰かが紡いできた縁の先にあることも少なくありません。
今回登場した葛城さんや岡崎さん、
そして風待ちのマスターである柏原さんも、
そんな縁の中で生きてきた人たちです。
真琴自身はまだ戸惑いながらも、
少しずつ自分の役割を理解し始めています。
人の縁を繋ぐこと。
それは戦う力とは違う、
彼女だけの強さなのかもしれません。
次回からは再び別の視点へ。
それぞれが持つ「役割」が、
少しずつ形になっていきます。




