連環
大阪合宿編、真琴・梓・千鶴組の続きです。
今回は商店街をさらに奥へと進み、
和菓子屋や履物屋を訪れることになります。
古くから続く店には、
商品だけではなく、
人と人との繋がりも受け継がれています。
そんな「縁の輪」の中へ、
真琴は少しずつ足を踏み入れていきます。
商店街を進んでクランクのようになっているところを通り過ぎた所で梓ちゃんの足取りが軽くなった。
走り出すとまでは言わないけど、何かに釣られるように早足になる。
「発見しました!」
そう言って、今度は小走りになる。
向かう先には和菓子屋さんがあった。
「ちょうど向かう先やったから、ええんやけど、梓ちゃんは元気やねぇ。」
千鶴さんが完全に孫を見るおばあちゃんの表情になっていた。
梓ちゃんの向かった和菓子屋の軒先に、老婦人が立っている。
柄杓で店の前の道に打ち水をしているようだった。
「文江さん、今日のお勧めは何やろか?」
「あら、千鶴さん、今日は何かご入用?」
やはりこの女性も知り合いだったようで、千鶴さんの声に反応する。
文江さんと呼ばれたこの女性が和菓子屋の主のようだった。
「この元気な子は、お孫さん?」
「いえいえ、孫のお友達ですわ。」
陳列されている和菓子に目を輝かせている梓ちゃんを見て、文江さんが目を細める。
小さい感じの娘がお菓子に目を輝かせるというのは、母性をくすぐるのだろう。
一方の梓ちゃんは、陳列棚の前から動きそうにもなかったので、後ろから声をかけた。
「何か食べたいものがあるの?」
「全部…全部食べたいです…。」
まるで小さな子供のようで、少し暖かい気持ちになった。
と言っても、陳列されている品物の種類を見てみると、その気になれば可能なんじゃないかと思ってしまった。
定番の詰め合わせなどの他に、今日のおススメといったものが数種類並んでいた。
一般的などら焼きや、羊羹などもあるが、創作料理と思われるものが目を引いた。
和菓子らしい彩色だけど、明るい感じで食欲をそそる。
「こちらの創作料理は女将さんが考えたんですか?」
「そうなんよ。色々やってると楽しくなってねぇ…。」
どうやら、女将さんは和菓子を作るのが好きで、それが今日のおススメという形になっているみたいだった。
そろそろ梓ちゃんから涎が零れ落ちそうだったので、何点か店内で食べさせてもらうことにした。
お店そのものはそんなに広くはなく、恐らく、奥の方は自宅になっているんだと思う。
その分、お店の前に座るところが作られていて、昔のお茶屋さんといった雰囲気を醸し出している。
そこに腰を掛けて食べられるように、何点かの和菓子を選んでみた。
「はいはい、梓ちゃん、食べましょう。」
「はいー!」
それはもう子犬のようにしっぽを振りそうな勢いで、隣に座ってきた。
千鶴さんは女将さんと話をされていて、私は梓ちゃんと二人で和菓子をつつくことになった。
一つ食べてみて驚いたのだが、近所のチェーン店のような和菓子屋さんと比べると、圧倒的だった。
甘さも上品で、口当たりも名状しがたい。
これを二人だけで味わうのはもったいないと思ってしまうほどだった。
自宅にお土産で買って帰りたいところだけど、日持ちが心配なので、帰る前日くらいにもう一度来ようと思った。
その私の隣で、梓ちゃんがその和菓子を頬張っていた。
それはもう、幸せというものを、これ以上なく表現している表情だった。
「あらまぁ、こんなに美味しそうに食べてくれたら、冥利に尽きるわ~。」
千鶴さんとの話の中、こちらを窺っていた女将さんが口にした。
余程気に入ってもらえたのか、裏にあった他の和菓子も持ってきてくれた。
「これ、サービスやから、また意見聞かせてな。」
「あら、文江さん、えらい気に入ったみたいやねぇ。」
女将さんは、サービスという名目で新商品を梓ちゃんに食べさせたかったみたいだった。
千鶴さんもそれが分かってか、女将さんをからかっていた。
ただ、その女将さんはどこ吹く風で、美味しそうに食べる梓ちゃんを見ていた。
「これだけ美味しそうに食べてもらえるんやったら、ポスターにでもしたいわ~。」
そんな冗談を交わしながら笑いあっていた。
「そうそう、文江さん、この娘なんやけど、私の跡継ぎさせよう思てるねん。」
「あら、お孫さんやなくて?」
「まぁ、そのあたりは、色々思うところあるんよ。」
少しニヒルな笑顔を出した千鶴さんを見て、女将さんはなるほどねという顔をした。
私の事を見ているんだろうけど、当の本人を置き去りにして通じ合ってもらっても困る。
何となく言いたいことは分かるし、その思惑に乗っかることになりそうなのも分かってる。
ただ、ちゃんと輪に入れて話してほしいなとは思った。
「まぁ、真琴ちゃんは、うちのもんやから、覚悟してもらわんといかんけどなぁ。」
「え、あ、はい!」
と、急に話の輪に組み込まれて驚いてしまった。
何というか、さっくりと嫁入りさせますよ宣言という感じ。
悪い気はしなかったので良いんだけど、人によっては凄く怒りそうだなとも思った。
「千鶴さん、それやったら藤吉さんとこ行っとき。今日は大将いてはったから。」
「そうなん?珍しいねぇ。」
「今日は期限良さそうにキセル回してたわ。」
今どきキセルというのも珍しいが、話に聞く感じ、生粋の職人さんなのかなというイメージになった。
「真琴ちゃんやっけ?うちの店も贔屓にしたってな。」
にこにこしながら名刺を渡された。
“和菓子屋「松風堂」女将 三宅文江”となっている。
名刺を受け取り、鞄に入っていた名刺入れに収納しておいた。
そこから、今日の分のお土産と、帰りに梓ちゃんが食べる分のお菓子を買い、先ほど聞いた藤吉さんというところに向かった。
どうやら履物屋というお店で、お店のテントに“藤吉屋”と書かれていた。
藤吉さんというのは、お店の名前なのかなともって見ていると、話の通りキセルを持ったお爺さんが店の前に出てきた。
「おう、千鶴さんも元気そうやな!」
「どうも、藤吉の大将も元気そうで。」
「まあ、年波には勝てんけどな。」
そんな話をしながら、豪快に笑っていた。
陽向君のお父さんも、静流君のお父さんも豪快な人だったが、こちらも負けていない。
土地柄を考えると、この店主の方が豪快な感じが出ている気さえしていた。
色黒の肌に、ねじり鉢巻き、法被のような羽織ものと、大工の棟梁といった感じの風体だ。
「ほんで、この娘らは?」
「こっちの大きい方の娘が、私の跡継ぎさせる予定の娘なん。」
「ほんまかいな!」
オーバーなリアクションで驚いた表現をされていた。
本当に驚いたようだが、アメリカのドラマとかで見そうな驚き方をしていた。
その店主さんが私の方に向き直って、下から上まで見回してくる。
何かを見定められているようだが、雰囲気的に少し怖かった。
「嬢ちゃん、年頃にしたらシャンと立てとるな!」
「え、ありがとうございます。意識したことは無いんですけど…。」
「いや、そのスタイルでそこまでしっかり立てとるんは大したもんや。」
単に普通に立っているだけなのだが、凄く褒められてしまった。
流石に、ここまで正面から褒められると少し気恥しいものがあった。
「さっき、紀乃さんとこも行ってきたんよ。」
「ほな、その包は和服か何かか?」
「浴衣買うて来てん。」
その話を聞くと店主さんは顎に手を当てて少し考えこむ。
ポンと手をたたいたと思うと、店の中に入っていった。
突然のことに唖然としていると、二足の履物を持って戻ってきた。
「千代屋の浴衣やったら、こいつが合うと思うわ。」
そう言われて出されたのは、黒い草履と、白い草履だった。
両方とも畳のような目がある草履で、鼻緒を見ても女性ものだった。
「嬢ちゃんはこっちの黒いの、そっちのちっちゃい嬢ちゃんは白いの履いてみ。」
そう言われて勧められるままに、渡された草履を履いてみた。
驚くほどにフィットして、立ってみると、足にかかる負担が凄く少ない。
それこそ、最新のスポーツシューズにも引けを取らないような品質だった。
梓ちゃんの方も草履を履いてみると、普段履いている少しそこの厚い靴よりも動きやすそうだった。
普段から飛び跳ねる梓ちゃんには非常によく似合っている。
「この草履凄いです!走れちゃう!」
そう言うと近くを軽くダッシュして見せてきた。
確かに、草履なのにここまでというのは珍しい気がした。
「ありがとうございます、結構お高いんですか…?」
「いや、かまへん、今日は千鶴さんも来てくれたさかい、サービスしたるわ!」
こちらもプレゼントしていただけるようだったので、ちゃんとお礼を言って、遠慮しないことにした。
店主さんも梓ちゃんがかわいかったようで、完全に孫を見るお爺ちゃんになっていた。
「そういや、千鶴さん。」
「何やろ?」
「風待ちの方に、偉いさん連中来てるみたいやわ。」
「ほな、是非にもそっちに行かなあかんなぁ。」
その話を聞いてから、少し店主さんと千鶴さんが会話していた。
詳しいことは聞こえなかったけど、その風待ちというところに来ている人の話らしかった。
店主さんは名刺を持っていないらしく、お店の紹介カードという名刺っぽいものを渡された。
下駄や草履の調整もしてくれるということで、一言、お礼を言ってその場を離れた。
商店街も終わりに近づいたところで“風待ち”という看板が見えてきた。
何の店かと思っていたけど、地元の喫茶店の事だったみたいだ。
千鶴さんについていく形で、私と梓ちゃんも、その喫茶店に入っていった。
—— 次第に大きくなっていく人脈に、底知れないものを感じていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は和菓子屋『松風堂』、
そして履物屋『藤吉屋』を訪れるお話でした。
長く商売を続けている人たちには、
それぞれのこだわりや誇りがあります。
和菓子を作り続ける人。
履物を作り続ける人。
その姿は一見すると違っていても、
「誰かのために良いものを残したい」という想いは共通しているのかもしれません。
また、真琴が訪れる先々で、
自然と人の輪が広がっていく様子も描いてみました。
それは千鶴さんが長い時間をかけて築いてきたものでもあり、
同時に真琴へと繋がっていくものでもあります。
次回はいよいよ喫茶『風待ち』へ。
商店街の顔役たちとの出会いが待っています。




