名残
大阪合宿編、静流&野乃花組の続きです。
今回は旧市街を離れ、海沿いの公園方面へ向かいます。
人の営みが積み重なった街並みから、
今度は自然や景色の中に残る「過去」を感じる旅になりました。
静流と野乃花が見つけたものは、
特別な怪異ではなく、
もっと身近な場所に残されていたものかもしれません。
蒸し暑い中、路面電車を待っていると、頬に冷たい感触があった。
「近くに自販機があったから買ってきたよ~。」
野乃花ちゃんが缶コーヒーを当ててきた感触だった。
ここまで暑いと、そのまま当てたままにしてほしいなという欲も出てくる。
とはいえ、女性にそんなことをさせるのも気が引けるので、缶コーヒーを受け取って礼を言った。
「ありがとう。野乃花ちゃんは何にしたの?」
「みっくちゅじゅーちゅ!」
「…噛んだの…?」
そう言うと、印籠を見せつけるような動作で、缶を前に差し出してきた。
たしかに“みっくちゅじゅーちゅ”と書いている。
こういうものを見ると、大阪の事を魔都という人がいるのも頷ける気がした。
「意外と美味しいんだよ~。」
「なら、今度一回買ってみようかな。」
こういった変わった飲み物は興味がある方なので、一度試してみようと思った。
野乃花ちゃんの味覚を信用しきれない部分はあるが、恐らく大丈夫だろう。
そうこうしていると、電車が到着した。
恐らくは意図的にレトロなデザインとなっているのだろう、深緑色の車両が到着した。
どちらかというと最新のものが好きな方ではあるが、こういったロマンあふれる乗り物も好きなので、少しワクワクしていた。
夏休みということもあり、乗客は若者の割合が多かった。
路面電車ということで、そこまで乗客はいないと思っていたのだが、生活と密着しているのか思ったより乗客は多かった。
よく考えてみると、今でも運行されているので、活気はあって当たり前だなと思いなおした。
「道路の真ん中を走る電車って、何だか新鮮だね!」
子供のようにキラキラした目で、あたりの様子を見ている。
確かに、地元では路面電車は殆ど見かけることはないので、目新しいものばかりだろう。
個人的にはトロリーバスというやつも興味があるのだが、これはもう現存していない…。
「あ、何だか普通の線路みたいになってきたね~。」
「このあたりからはローカル線の電車みたいになるんだね。」
あるところから先に進むにつれ、普通のローカル線のような線路になっていった。
それでも、比較的街に近いところを走るので、普段見かける電車と比べると新鮮だ。
噂によると貸し切り電車なるものもあるらしいので、一度みんなと相談しても良いなと思った。
想像を巡らせているうちに、終点が近づいてきた。
「外に見える森みたいなのが公園なのかな?」
「結構大きい公園らしいから、森みたいに見えるのかもね。」
車窓から森のようなものも見え、その間に駐車場の入り口も見えていたので、ここが目的地に違いないだろう。
思ったより広い公園のようなので、全体を歩こうと思うと結構な距離になるなと考えていた。
野乃花ちゃんも自身も歩くのは好きなので、特に問題にはならないと思うが。
「到着~。」
「公園の入り口からすぐのところに駅があるんだね。」
駅を降りるとすぐに公園の入り口が見えていた。
流石というか、この時期はBBQも人気のようだ。
「みんなで来ても良かった気がするね~。」
「本来の目的を忘れて、観光になっちゃいそうだね。」
そう、ふと忘れそうになるが、今回は自分たちの勉強会で来ている。
この土地も色々と変遷のある土地らしく、一度踏み込んで体感してということで紹介されている。
だが、外から見ると、単なるみんなの公園でしかなかった。
公園内に入って、施設の内容を確認してみる。
テニスコートにプールまで設置されており、レジャーなら何でも揃うんじゃないかとさえ思ってしまった。
「プールも行きたかったな~。」
「水着も何も持ってきてないでしょうに。」
「買ったらいいと思うの~。」
野乃花ちゃんが悪戯っぽくはにかむ。
所謂、天然さんというタイプの娘なのだが、自分のスタイルへの客観的評価は認識しているようだった。
慣れていない男子であれば、思わず赤面したことだろう。
いつも通りだと思ってしまう自分の方が、何だか残念な男子のような気がしてしまった。
「バラ庭園があるらしいよ~。」
「折角だから見に行ってみようか。」
正面から進んで少し南側になるのだろうか、バラ庭園があるとなっていた。
距離的にも近かったので、そこから回ってみることにした。
バラ庭園に到着した後だが、水路があることに気が付いた。
何というか、明るい雰囲気の公園内と異なり、何だか胸がざわつく感じがした。
「水の流れが少ないと、どうしても澱んじゃうよねぇ…。」
野乃花ちゃんも同じように、何となく気持ちの悪いものを感じているようだった。
「特に何かがある気はしないんだけど、どうもモヤっとするなぁ。」
「だねぇ…。とりあえずバラ園見よ!」
この流れを変えるように、バラ園の方に走っていった。
水路から離れると、気持ち悪さは無くなっていった。
野乃花ちゃんはというと、たくさんの花が敷き詰められているのを見てはしゃいでいた。
大学内にも花壇はあるが、ここまできれいに整備されていない。
というか、こんなに広い範囲に作るのは難しいだろう。
「ちょっと、行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「なぁに?」
「ちょっと遠いんだけど、蒸気機関車を飾ってるところがあるらしいんだよね。」
「いいね!」
そう言うと、野乃花ちゃんの方が先に向かっていった。
細かい場所は説明していなかったのだが、大体の方向は認識していたようだ。
そうして、蒸気機関車と古い電車が飾られているところまでたどり着いた。
間に何面も野球場があるくらい遠かったので、少し疲れるかと思っていたが、楽しみの方が勝っていた。
「何て言うか、山とか土の匂いがする気がするよ~。」
「石炭とかそういったものを使ってたからかな?」
「うーん、何て言うか力強い感じ。」
曖昧な表現だったが、何かを感じたのだろう。
その表現も、蒸気機関車のイメージにしっくり来たので、何というわけでもなく満足感があった。
「このあたり、昔は海に隣接してたって聞いたけど、さっきの水路はその名残かな?」
「うーん、でも何だか気持ち悪い感じがしたから、もういやかな~。」
「そうだね、後は公園内の道路があるから、そっちを歩いて帰ろうか。」
そう言って、帰路に就いた。
公園の入り口までも結構な距離があるので、まだまだ楽しむつもりで歩いているのだが、帰路には間違いない。
そんな中、各所の木々や、その間から差し込む日の光を感じていると、ふと違和感を感じた。
「何かいる…?」
「うーん、何かわからないけど、木の間に何かいる気がするねぇ…」
何処ということを固定できないが、確かに木々の間に何かがいる感じがした。
宗玄さんに習ったように、意識をそちらに集中して固定しようとしてみる。
「静流くん、悪い感じはしないから大丈夫だと思うよ~。」
そう言われて、ふと気が抜けてしまった。
その次の瞬間には、その何かを感じなくなっていた。
敵意や悪意はなかったということだろう。
一先ず、事実だけ覚えておくことにして、そのまま公園を後にした。
公園を後にし、近くの私鉄の駅から最寄り駅まで戻り、そこからまたバスを乗り継いで帰ることになった。
お土産とも思ったのだが、本格的なお土産はみんなと買いに行こうという話になり、そのまま宗玄さんの屋敷に帰ることにする。
屋敷につく頃には日が傾き、夜が顔をのぞかせていた。
—— 町の変遷とともに、そこに潜む、古くからの気配を感じていたことに気付いたのは、随分後の話だった。
【後書き】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は路面電車に乗り、海沿いの公園を散策するお話でした。
実在の公園は広大なレジャースポットですが、
昔は海に面した景勝地でもありました。
時代と共に景色は変わります。
それでも、
人が残したものや、
そこにあった時間の痕跡は、
意外な形で今も残っているのかもしれません。
野乃花が感じた違和感も、
静流が見つけた気配も、
そうした「名残」の一つだったのでしょう。
静流組の締めに向かい、
次回からは大阪合宿編はさらに次の組へと移っていきます。




