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寵児

今回は陽向&朔弥サイドのお話です。


修験道の山寺で、それぞれが自分自身と向き合う回になりました。

今まで積み重ねてきたものが、少しずつ“形”になってきた気がします。


よろしくお願いします!


隆玄さんに案内された本堂には、流石の威厳が漂う仏像があった。

本堂の広さ自体は広いものではなかったが、そこに全てが収束している感じがした。


「さて、まずは朔弥君やったかな、ここに座ってみぃ。」


隆玄さんに案内された本堂の中央付近に、麻のようなもので編みこまれた坐蒲が置かれていた。

そこに朔弥が正座で座る。

普段から正座で座るようなことがないのかぎこちない感じだったが、真面目に取り込んでいる雰囲気は伝わってきた。


「恐らくやけども、自分の縁者に役行者…役小角がおるんちゃうかな。」

「そのあたりは知らないんです、両親にも聞いたことがなくて。」

「まぁ、普通はそんな話、教えるもんちゃうわな。せやけど、十中八九間違いないやろて。」


そう言うと、仏像群の前に置かれた前机に置かれていた香炉に火をともす。

次第に立ち上ってきた煙が、なぜか仏像群の前あたりで漂っていた。

何だか、煙自体が意思を持っているようにも感じられた。


「…何ですか…この感覚…」


朔弥の表情が曇る。

複数の感情が入り乱れたような雰囲気になり、その額から汗が伝う。

戸惑っているような、苦しんでいるような、はたまた悲しんでいるようにも見えた。


「その縁者の遺伝やろな、その膂力は尋常ならざるもんやけども、感情面が安定せんのもそのせいやのぅ。」


確かに、朔弥の運動能力については、一般人とは一線を画したものがある。

それも、身内に何かあったときに、まるで何かに取り憑かれたように暴れてしまう。

直近だと梓ちゃんが悪漢に絡まれたときだろうか。

彼を制止できるだけの力がある、境が居なければ大事になっていただろう。

そういう意味では、境の細腕のどこに、その力があるのかも不思議なところではあるが。


いずれにせよ、朔弥のその膂力は、使いこなせていないと言わざるを得なかった。


「自分自身と対話してみぃ、すぐに楽になるさかい。」


朔弥の息は荒いままではあったが、その表情に苦しさ以外のものが増えてきた。

少しずつだが安定し始めたということだと思う。


「泰源坊、後の様子は見てやれるかの?」

「はい、これくらいであれば大丈夫やと思います。」


そう言って、隆玄さんは後を泰源さんに任せ、俺の方に向かい合った。

慈愛の表情だが、その中に強い意志が見える。


「さて、今度は宗玄坊の孫ちゃんやの。」


その柔らかい表情のまま、正面から見据えられる。

緊張や恐怖はないが、何か吸い込まれるようなものがあった。

表面だけではなく、深層にあるモノまで全て見透かされるような感覚だ。


「宗玄坊も天才やったけども、陽向君は寵児っちゅうやつやなぁ…。」


目を細めながら、懐かしそうな、優しい雰囲気が更に増していく。

何か思うところがあるのだろう、それがどういう事かは分からない。

ただ、隆玄さんにとっても、誤算となるほど嬉しい思いだということは伝わってきた。


「そこまで愛されるっちゅうんは、長生きするもんやなぁ…。」


そう言うと、隆玄さんは本堂を出て、付いてくるように手招きした。

本堂を離れ、しばらく歩くと小ぶりな滝があった。

修験道などで修行に使用されたであろう滝だった。

滝の中に立ち台のような岩と、その近くに休憩できそうな東屋のようなものがあった。


「ここで滝行ができるようになってるで、ちょっと一緒にやってみよか。」


そう言うと、隆玄さんが作務衣を脱いで東屋の中にあった小さな棚に置いた。

想像している年齢に反して、体は引き締まっていた。

庫裏に住んでいることを考えると当然と言えばそうなのだが、それにしても驚くには十分だった。


「着替えとか、持ってきてないんですけども、どないしたらいいでしょう?」

「そこの籠に白装束置いてるで、それを使てもうたらええよ。」


言われる通り、籠の中に数着の白装束が入っていたので、その中で大きめのサイズのものをお借りする。

なまじ身長が高い分、普通サイズの服だと小さくなってしまうのは、普段からの悩みどころだった。


先に隆玄さんが滝に入る。

綺麗に合掌のポーズをとり、全くぶれることは無かった。

しばらく見惚れていると、アイコンタクトで隣に来るように伝えられる。

それに従って、隣の滝に入ってみた。


滝行は全く初めてではなかった。

父に連れられて何度か行ったことがある。

その時と同じような感覚で入ると、予想よりもはるかに、水は冷たく、澄んでいた。

隆玄さんのポーズを真似てみるが、あそこまできれいに整わなかった。

だが、そうしようとしていることで、自分の後ろ、山の中から暖かいものを感じ始めた。


「これは…何ですか…?」

「それが分かるっちゅうのが、既に寵児やっちゅうのを証明してるんやなぁ…」


隣に隆玄さんがいて、その声は確かに聞こえている。

ただ、それは何か遠くから聞こえるような感覚になっていた。

その代わりに、山の中から感じる温かいものが、自分を包み込むような感覚が強くなってきていた。


『…陽向よ…何事をも諦めるでないぞ…』

『…そうですよ…あなたの理想は、周りも包むものですから…』


不思議な声が聞こえた。

男性と女性に聞こえる。

見えるわけじゃない、触れられるわけでもない。

ただ、聞こえた声は、俺の心の真ん中にある、温かい信念を強くしてくれた。

そう、自分の考えややり方で、仲間を守れるんだと、そう感じさせてくれた。


そのまましばらく滝に打たれ続け、自分も山の一部になれるのではないかと錯覚し始めたころに、隆玄さんが滝から離れた。

そして、滝の中に在る俺の方を見据えている。

先ほどまでと同じ温かい眼差しで。


「陽向君、もう十分に伝わったんちゃうかな?」


そう言われて、閉じていた瞳を開いた。

少し日が傾き始め、滝に打たれたままだと肌寒く感じるくらいになっていた。


「はい、“落としどころ”っちゅうてええか分りませんけど。」


そう言って笑って見せると、同じように隆玄さんも笑ってくれた。

その笑顔が祖父と同じ優しさを感じる笑顔で、色々と癒されるものだった。


「せやな、せやけど、それが“落としどころ”ちゅうてええと思うでよ。」

「そんなもんですかね?」

「そんなもんや。」


そんなやり取りをして、顔を見合わせて笑いあった。


白装束から来た時の服に着替える。

籠の中には丁寧にタオルまで準備されていたので、ありがたく使わせてもらった。

おかげで、来た時の服がぬれたりすることもなく、来た時のまま本堂に戻ることができた。


本堂の方には、落ち着きを取り戻した朔弥がいた。

随分疲れてはいたが、本堂を後にする前の、重苦しそうな雰囲気は残っていなかった。

ある程度、感情のコントロールができるようになったということだろう。


「朔弥、大丈夫なんか?」

「はい、大分厳しかったですけど、泰源さんからもアドバイス頂いて。」


隣にいた泰源さんも少し満足げだ。

俺も朔弥も、今日の目的は果たせたということで、庫裏の方に戻ることになった。

庫裏の方には隆玄さんの奥さんも戻ってきており、茶菓子まで準備していただいていた。


「初めまして、妻の千景(ちかげ)です。」


茶菓子を並べ、お茶を淹れながら自己紹介された。

同じような年代だとは思うのだが、こちらも年齢不詳としか言えない人だった。

ただ、その穏やかさの中に、全てを包み込むような雰囲気があった。


「これから帰られるん?」

「はい、泊まる準備とかしてこなかったんで…、またお邪魔してもいいですか?」

「それはもう是非、楽しみやわぁ。」


きっとお世辞とかではなく、そのまま受け入れてもらえるだろうなと思った。

そういった優しさが、ここのお二人にはあった。

機会があれば姐さんたちも合わせたい人物だと、この時改めて思った。


一息つかせてもらってから、山を下り、帰路についた。

間違いなく、今日の目標は達成できたと思う。

それも、予想よりも収穫は大きいものだったと言い切れるだろう。

俺だけではなく、朔弥にしても同じだと思う。

泰源さんの様子を見てみても、それは明らかだった。


そうして、自分たちのルーツや、その理解を深めて、自分たちの在るべき場所に帰っていった。


—— 理解したそれが、この先に必要なものだということを、今はまだ知らなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、陽向と朔弥の“ルーツ”や“在り方”を掘り下げる回になりました。


陽向は「調和」や「共存」を、

朔弥は「激情」と「制御」を、

それぞれ修験道という形を通して見つめ直しています。


また、隆玄と千景という二人も、

宗玄たちとはまた違った形で“長くこちら側を見てきた人たち”として描いてみました。


本作では、

誰か一人だけが特別なのではなく、

それぞれが違う形で世界と繋がっている物語にしたいと思っています。


次回以降は、別行動している他メンバー側のお話も進んでいく予定です。


引き続き、よろしくお願いします!

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