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水神

いつもお読みいただきありがとうございます!


今回は、前回までの“認識”や“観測”の流れから一歩進み、“土地に宿るもの”へと踏み込む回となっています。


舞台はダム。

人の営みの上に成り立ち、人々の想いを沈めながらも、今を支えている場所。

そんな土地だからこそ、この作品らしい“何か”が生まれてもおかしくないのかなと思いながら書いていました。


また、今回は宗玄さんの趣味全開回でもあります。

車好きとしては、こういう山道とコンパクトスポーツの組み合わせはやっぱり楽しいですね……。


それぞれの車と、それぞれの乗る人物の空気感なんかも楽しんでもらえたら嬉しいです。


それでは、第58話『水神』をお楽しみください!

宗玄さんの家に小型車が数台あるということで、小型車三台でダムに向かうことになった。

地元の人の間では有名だそうだが、所謂いわくつきのスポットらしい。

詳細な話をすると、きっと、澪が近づけなくなると思ったので、陽向に小声で教えてもらった。


海側から山側まで通じている道路を通って、郊外にある幹線道路まで移動した。

幹線道路とはいえ郊外なので、点在しているコンビニなどは広い駐車場を備えている。

ちょうどよかったので、コンビニに寄って飲み物などを買っておくことにした。


山間部の幹線道路だからいいのだが、宗玄さんの趣味全開で選ばれた車なだけに、結構いい音がする。

街中のコンビニでたむろしていたら、近所の住民に通報されそうな気さえした。


「境君やったら、こいつも乗りこなせるなぁ。」


宗玄さんが、非常に満足げに声をかけてきた。

借りている車で、それも平成初期のイタリアンラリーカーだ。

今となってはプレミア価格で恐ろしいことになっているので、運転にも非常に気を遣う。

とはいえ、憧れの車でもあったので、運転させてもらって嬉しいという感情もあった。


「普通に怖いですよ、今となってはスーパーカーみたいなものですから…。」

「まぁ、ええやないか。車も喜んでる気がするで。」


そう言って背中をバンバン叩かれる。

最近の若者だと、何らかの理由をつけて運転を断るだろうと思う。

自分の場合は父からの英才教育的なもので、こういった車は憧れの対象となっていた。


その横に、これまたラリーカーで、国内最大手メーカの逸品が停まっている。

こちらは、陽向が運転を任されていた。

陽向が自分用に購入した車と同じメーカーというのもあるのではないかと思う。


「自分で買うた車よりも凄くて、色々とへこみそうになるわぁ…。」

「まぁ、そう言いなや。こいつで長距離はエライと思うで。」


確かにおっしゃる通り。このサイズでスパルタンな車で数百キロの移動は大変だと思う。

少なくとも、左足は筋肉痛になるだろう。


三台目、こちらは静流に運転してもらっているが、唯一のおしゃれ車だった。

とはいえ、ゴーカートみたいな乗り味と言われる車なので、運転にはコツが必要だと思う。

そう言ったものでもスマートに乗りこなすあたり、静流らしいなと思った。


「こういうコンパクトタイプは初めて乗るけど、なんか締まった感じでいいね。」

「そう言うて、見た目までスマートに乗りこなすんは、静流君やからやろ。」


静流がこの車と映る構図が、まるでカタログの表紙にされそうな綺麗さだった。

宗玄さんも同じような感覚だったのだろう。静流を見て満足そうに頷いていた。


しばらくすると、澪と梓ちゃんが戻ってきた。

大人数でコンビニに押しかけても迷惑だと思ったので、澪と梓ちゃんが代表して買い出しに行ってくれた。

それぞれに頼まれていたものを配り終えると、二人は車に乗り込んだ。

ここまでは助手席に澪が乗っていたのだが、後ろに乗っていた朔弥が助手席も体験したいと言い始めたので、ここで交代することになった。

運転については、希少車を運転できる自信がないということで辞退されてしまった…。


幹線道路からわき道を走り、隧道を通ってダムの方に向かう。

ダム自体の広さも大したもので、展望エリアまで、少し時間がかかってしまった。

展望エリアに到着するころには夕方になっており、夕日が差し込むダム湖を見下ろすことができた。


「ダムちゅうんは、どうしても何かの犠牲の上に成り立つことになる。せやからこそ、先人に敬意を示さんとあかんと思うんや。」

「やっぱり、集落の跡地があるということを考えると、複雑な気持ちになりますね。」


静流が、湖面のはるか下にある集落跡地に思いを馳せているようだった。

基本的には現実的で、効率などを気にするタイプなのだが、こういった、利他精神で犠牲になる集団と言ったものには弱い側面がある。

大をとるために必要な犠牲については、静流の中での何かジレンマのようなものがあるようだった。


「なぁ、爺ちゃん、この集落って元々水神さんを祀ってたんか?」

「ええとこに気が付いたな。疑問に持つのが当然やねん。」

「どういうことや?」

「集落が水没して、ダムになってから、ここに水神さんが新しく棲みついたっちゅうんが、恐らくは正しいと思うねや。」


陽向の疑問に宗玄さんが答えた。

この集落で祀っていた神様について、詳細なことは分からないが、少なくとも、ダム湖の底に沈む前に水神さんを祀る村だったということは無いらしい。

人々の想いと共に、ダム湖の犠牲になって治水の礎となったこの集落。

その思いからか、水神さんが、このダム湖に棲みつくことになったということだった。


「後から神様が棲みつくなんて、あるんですか?」

「ワシらの間では、神さんってのは新しく生まれることもあるって考えとる。それに近いもんちゃうかな。」


礼音は、率直にそのようなことがあるのかという疑問を投げかけた。

それに、宗玄さんは“新しく生まれることもある”と答えてくれた。

ただ、自分たちとしても、そういった話を聞いたことは無かったので、どういうことか分かりにくかった。


「ダム湖と集落の想いから、新しい水神が生まれたと?」

「せやな、神さんは、人々の想いの果てから生まれることもあると思っとる。」


続けて質問してきた朔弥の疑問に対して、これまた宗玄さんが答える。

疑問をそのまま肯定するだけだったが、ハッキリとした確信を持っているような声だった。


「宗玄さん、ここの水神様というのは、何がご神体になるんですか?」


真琴さんが、話を流れを変えるように質問した。

確かに、お社のようなものを近くに見かけなかったので、何かご神体を祀っている様子は分からなかった。

何となく、展望台のすぐ近くにお社があるものと思っていたのだが、イメージと少し異なっていた。


「ワシもご神体とかについては分からんのよ。境君、ちょっと何かおらんか意識を研いでもらってええか?」

「え、あ、はい、やってみます。」


不意に声をかけられて驚いてしまったが、先日から瞑想の中で見る色々なものを言っているのかと思われた。

言われるままに意識を研ぎ澄ませてみる。

少しずつあたりの自然に溶け込んでいく。その中で背中に温かさを感じた。

背中に感じた温かさから、澪が心配して手を添えてくれているのだと分かった。

意識が溶け込んで、白い闇の中に入り込んだ時に、近くに澪の姿を確認することができた。


「澪、ここまで同調できたんだな。」

「はい、そうみたいですね。すいません、お邪魔をしてしまうような形になって。」

「いや、こうやって同じものを見ることができるというのは発見だ。」


驚いたのはあるが、決して邪魔だとは思っていない。

それよりも、同調することによって、同じものを同じように見聞きできる環境が発生するというのは収穫だった。


そこからさらに意識を研ぎ澄ます。

この闇の中にある、何とも言えない靄の中に、件のダム湖に棲みついたという神様のようなものが見えた。

うっすらと影が見えると言った状況なのだが、恐らくは龍神の類のものだということは分かった。

そして、この龍神は、あくまで崇高な理念の上に立つもので、この地を守るという確かな意思を感じた。


「そうか、こうして集落を守っていたんだな。」


そう声をかけると、この闇は霧散し、元の展望エリアに戻っていた。

ただ、少し変わったのは、先ほどの龍神と似たような雰囲気を、瞑想をしていないときでも感じるようになっていた。

元々、そう言ったものに守護されていたんかもしれないが、その存在をはっきり感じることができたのは嬉しかった。


「境君、何か変わったって感じることあったか?」

「はい、龍神さんか何かが、自分の近くにいるような雰囲気がするようになりました。」

「やっぱり、色々なもんと会わんといかんなぁ。」


どうやら、宗玄さんはこの状況を見越して、ダムに連れてきたようだった。

野乃花ちゃんと静流は、ダムのできた経緯や、ダムそのものの役割などについて記載された掲示板のようなものを見ながら頷いていた。

その一方で、高校生チームはこういったダムを始めてみるようで、少し浮足立っていた。

初々しいというのはこういった感じの話をしているのだろうなと、温かい気持ちになった。


「さぁ、みんな、明日の勉強会については考えがあるから、今日はこれくらいで切り上げよか~。」


宗玄さんの号令と共に、それぞれ車に乗り込んで、来た道を戻っていった。

その道中も、先ほどの龍神さんを身近に感じるのは変わっていなかった。


—— 今回の勉強会の意味が、少しずつその本質に近付いているのを感じていた。

第58話『水神』でした!


今回は、水辺に宿る“想い”と、それによって生まれた存在について描いてみました。


神様というものを、昔から存在している絶対的なものとして描くのではなく、人々の願いや想念、土地の記憶の積み重ねから生まれるものとして表現してみたかった回でもあります。


特にダムという存在は、人々の暮らしを支える一方で、多くのものを沈める存在でもあります。

だからこそ、そこに残った想いや祈りが、新しい“守り”を生み出してもおかしくないのかなと考えていました。


また今回は、境と澪の“同調”も少し進んでいます。

単純に一緒に怪異を見るというより、精神的な感覚を共有しているような雰囲気に近付いてきた感じですね。


そして、宗玄さんの“勉強会”の意味も、少しずつ見えてきました。

単純な修行ではなく、“色々なものと出会わせる”ことそのものが目的になってきています。


あと、趣味全開の車パートを書いていて普通に楽しかったです(笑)

山道に小さいスポーツカーって、やっぱり浪漫ですよね。


次回も、引き続き大阪合宿編を進めていく予定です。

少しずつですが、物語の輪郭も見えてきた気がしています。


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