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古香

いつもお読みいただきありがとうございます!


今回は、宗玄たちとの“日常”を中心にした回になりました。

朝市、和服屋、古本屋と、関西の空気感を感じられるような流れを意識しています。


その一方で、境の周囲で起こっている“何か”も、少しずつ輪郭を持ち始めました。

大きく動く回ではありませんが、今後に向けて色々な伏線や空気感を積み上げている回でもあります。


ゆったりとした雰囲気を楽しみながら読んで頂けると嬉しいです!


それでは、第55話『古香』をお楽しみください!

大浴場は露天にはなっていないが、大きな窓があり、空が一望できるようになっている。

そこからの月明りが良い雰囲気だったので、照明を暗めにして湯船につかっていた。

空には薄い雲がかかっていたのだが、その雲が流れ、月明りが強くなったことで靄がかかっていることが分かったのだ。


靄があたりに漂っている中、その向こうから感じる視線には敵意を感じることがなかった。

むしろ、こちらが気になって観察しているような気配さえ感じられた。


「さて、何が言いたいのかはわからないが、こちらに興味はあるようだな。」


そう言って、宗玄さんに教えらえている瞑想の事を思い出した。

瞑想をしている中で、祀られている神様らしきものを見たりし、見えざるものを感じることができている。

陽向が八坂家の仕事を受けた時にも同様に見えざるものを感じることはあったが、それとは少し違う。

こちらも、無意識に向こうの事を感じるようになっていた。


先日感じた神様のようなものなのだが、何か全く違うものを感じていた。

荘厳な雰囲気もあり、威厳に満ちているものもあり、優しさに包まれるような部分もある。

それが何者かは分からないが、複数の何かに見守られているようにさえ感じていた。


「湯舟というのは、何かを感じるのに適しているのかもしれないな。」


独り言を呟いていた。

自分の中に浮かんだだけの言葉だが、自分の心の本質でもあったと思う。

静かな海のような落ち着き、空に広がる雷のような威厳、新しい命が生まれるような熱さ。

そう言ったものを感じていた。

もし、高名な霊能力者がいたら、今の湯船の中は沢山の何かが一緒に浸かっていると感じただろう。

ものすごく居心地が良かったので、リラックスした状態でそれらと一体になるような感覚に包まれたまま、天を仰いでいた。


時間にしたら三十分も経っていなかったと思うが、悠久の時を過ごしたような錯覚を覚え、浴場を後にした。


そこから、もう一度、寝なおそうと思って部屋に戻る途中で宗玄さんに出会った。

ふと水を飲むのに起きてきたそうだ。


「境君の形が少し変わってきたみたいやなぁ。」


少し眠そうな感じではあったが、寝ぼけているわけではなく、頭はハッキリしている様子だった。

その中で、自分を見て、何かが変わったということを感じたらしい。


「そうなんですかね…?」

「せやなぁ、何ちゅうか、今までは全く見えんかったんが、今はすりガラス越しに見える感じやな。」

「…表現が難しいですね……。自分の行先が見えてきた感じですか?」

「せやな、そういう方が合うてるかも知れんな。」


宗玄さんがどこか満足げな笑顔を浮かべて答えてくれた。

ようやく、自分が進む道も見えてきたという気がして少しうれしく思えた。


「明日はワシの用事に付き合うてもらおうと思とるから、今日はもっかい寝といてや。」


そう言うと、台所の方に向かっていった。

その姿を見送っていると、自分もまた眠気を思い出してしまい、部屋の方に戻ることにした。

部屋に戻り、布団に入るとすぐに記憶が途切れた。



そのまま翌朝まで目を覚ますことは無かった。

朝の光が障子越しに入ってきて、少しずつ、意識がはっきりしてきた。

今日もやはり、静流だけが先に起きて新聞をチェックしていた。

昨日は電子媒体だったが、今日は紙媒体の新聞を広げていた。

宗玄さんは紙媒体の新聞の方がしっくりくるらしく、複数の新聞をとっていた。

それの一つを借りてきていたようだ。


「おはよう、今日も境が早かったみたいだね。」

「ああ、陽向がみんなより先に起きるイメージはないな。」


そんなことを言って、二人で静かに笑っていた。

陽向は朝の寝起きが悪いというか、寝坊の常習犯となることが多い。

特に関西に来た時は、リラックスできるのか寝坊に拍車がかかる。


そうしていると、廊下を女性が歩いて行くのが見えたので、自分たちも居間に向かうことにした。


居間につくと、澪と梓ちゃん、真琴さんが千鶴さんとお茶を楽しんでいた。

三種類くらいのお茶をそれぞれ別の急須で淹れて、味の違いを楽しんでいるようだ。


「あ、境さん、おはようございます。」

「お兄さん、おはよう。今日はお出かけみたいですよ!」


話を聞いてみると、宗玄さんのお買い物に付き合うことになっているらしい。

食材の買い出しを含め、おすすめの店が色々あるので、一緒に連れて行ってくれるということだ。

昨日の商店街も衝撃的だったので、どんなところに連れて行ってもらえるのか楽しみになった。


「さあ、朝市行くで!」


宗玄さんがセカンドバッグを手に居間に入ってきた。

他のメンバーを起こすこともせず、居間にいたメンバー五人と宗玄さんだけで朝市に向かうことになった。

少し海の方に向かって南下すると、朝市をやっている漁港があるのでそこに向かう。

助手席に静流、二列目に宗玄さんと真琴さん、三列目に澪と梓ちゃんが座っていた。

やはり、真琴さんが一番大人の余裕があるらしく、宗玄さんと色々と話し込んでいた。

真琴さんがみんなを受け止める役回りが多いからか、そういった相談を続けていた。

三列目の二人は、ぐっすりという感じになっていたのに気づいていたが、言わずにおいたのは優しさだ。


数十分ほどで朝市にたどり着いた。

予想通り、ほとんどのお店と顔見知りのようだ。


「おお、宗玄さん、今日は何欲しいねん?」

「あいよ、人数おるさかい、十人分くらい欲しいねんけど、ええのんあるか?」

「うちだけやったらあれやけど、今日は色々獲れたらしいから、色々あると思うで。」

「ほな、とりあえず、そっちの太刀魚、四尾ほどもらえるか?」

「あいよ、向こうでクログチ獲れてるらしいで、一回聞いたって!」


大きな太刀魚を四尾、大きな袋に入れてもらうと次のみせに進んで行った。

その先の女性も知り合いのようで、そこでクログチという魚を購入していた。

何やら少し珍しい魚のようで、来客があるから食べさせたいと伝えていた。

恐らく、自分たち、よそから来た若者に、珍しいものを食べさせたいという、この年代の人特有の感覚に思えた。


「観たことの無い魚もいっぱいいましたね。」

「せやろ、やっぱり土地によって獲れる魚違うさかいな。市場は面白いで。」


澪が色々と驚きながら観察している姿を見て、宗玄さんが満足そうに言っていた。

やはり、知らないものを見せるという行動自体が楽しいのだろう。

大きな袋に三杯分ほどの買い物をして、車に戻ってきた。

魚が傷まないように、知り合いの店で発泡スチロールの箱をもらって、氷詰めしてもらっていた辺りは流石だ。


「ほな、ちょっと服見に行こか。」


そう言って、そこから戻りがけにある衣料品店に向かった。

ちょっと奥まったところにあるので、知らなければ分からないような店なのだが、宗玄さんのお気に入りだそうだ。

宗玄さんも普段から和装なのだが、このお店は洋服だけでなく、和服も得意だそうで、お店の中にもいくつかサンプルが並んでいた。


「他の子らは別の機会に来るとして、先に今日付き合うてくれた自分らにお土産や。」


そういって、それぞれに似合うような和服を選んでくれた。

お店の人も和装がお勧めらしく、すごい勢いで色々な服を試着させられた。


「宗玄さん、この子らモデルさんみたいやな!」


自分たちに色々着せて飾るのが楽しいらしく、自分よりもお店の人の方が楽しんでやっている。

楽しんでもらえるならいいかと思い、そのまま身を任せていた。


「おにいさん、何着ても似合いますよねー。」

「そうね、境君とか静流君は、陽向君と違って絵になるタイプよね。陽向君は日常を感じるタイプだけど。」


その比較があまりにも的を得ていたので、思わず吹き出してしまった。

宗玄さんも同じイメージをしてしまったのか、自分たちと同じように吹き出して笑っていた。

たしかに、陽向にはいい感じの日常の空気があるので、日常を感じるという言葉は言い得て妙というやつだった。


一時間も居ただろうか、色々な服を試させてもらってから、それぞれに一着ずつ買っていただいてしまった。

宗玄さん自身の趣味もあるとは言っていたが、ありがたいと思いながら、少し申し訳ない気持ちにもなっていた。


気が付いたらお昼も近くなっていたので、近くの大衆食堂でお昼を摂ってから、自宅付近の商店街の方に向かうことになった。


「商店街の方は、境君と静流君と三人で行こか。」

「何かねらい目のものがある感じですか?」


宗玄さんの提案に、静流が質問した。

女性陣も一緒でもいいとは思うのだが、何か考えがあった三人だけにするのだろうと思っての質問だろう。

宗玄さんは含みのある笑いを浮かべるだけで、それに対して答えてはくれなかったが。


一旦、宗玄さんのお屋敷に戻って、市場などで購入したものを置いてから、歩いて商店街の方に向かった。

昨日は気が付かなかったが、商店街の端の方、神社とは逆の商店街の入り口付近に古本屋があった。

向かいには普通の書店もあるので、同じ人が経営しているのではないかと思われた。


「何か掘り出し物ですか?」

「せや、朝に電話あってな、それを見に行こうと思とるねん。」

「やっぱり、僕と境は古本とか文献が好きそうとか、分かるものですか?」

「せやでー。二人は特に歴史的なものとか好きそうやったから、一緒に連れてきたんよ。」


古本屋に到着すると、奥のカウンターに座っているご老人が、咥えていたキセルを置いてこちらに向かってきた。

古本を扱うのに、キセルって大丈夫なんだろうかとも思ったが、雰囲気的に昔からそうなのだろう。


「宗玄の、言ってたのはこいつや。」


っそう言って、奥の棚から数冊の本を取り出した。

特に劣化している様子もなく、最近の本のように普通にめくることができた。

流石に、紙は変色してしまっているが、その色に似合わぬ柔らかさがあった。


「恐らくやけど、最近のモンやとしても明治以前、もしかすると数百年前のモンかも知れん。」

「なるほど、色々といわくつきみたいやな。」


二人してニヤニヤしながら、その本の装丁を確認していた。

確かに使っている感じなどから見ても、最近の本でないことは確かだった。

何となくだが、本に独特の不穏なものを感じていた。


「とりあえず、料金はどなしたらええよ?」

「月末にまとめてでかまへんよ、いつも通りの方が分かりやすいでな。」

「あいよ、分かった、また月末にくるさかい、同じようなん探してもらえるか?」

「任しとき~。」


その本を受け取ってから、しばらく古本についての話で盛り上がった。

独特の変色したものや、におい、内容でいうと言葉の使い方や、漢字の違いなど、色々と楽しい話になった。

話し疲れたころになって、陽が傾いてきたので、丁度いいということでお屋敷に戻ることになった。


「もどったら、この本の中身を確認してみよか。」


宗玄さんは楽しそうな、それでいて少し陰のあるような雰囲気で笑いかけてきた。

恐らく、この本の中身を確認することで、色々と分かることがあるのだろうと思った。


—— 古びた本の香りが、過去と今を静かに繋いでいるようだった。

第55話『古香』でした!


今回はかなり“空気感”重視の回でした。

朝市とか商店街とか古本屋とか、作者の趣味がかなり出ております(笑)


特に古本屋は、古い紙の匂いとか、独特の空気感とか、あの感じがすごく好きなんですよね。

今回はそこに少しだけ、“向こう側”の雰囲気を混ぜてみました。


境についても、ようやく宗玄たちから見える“輪郭”が少しだけ見え始めています。

ただ、それが何なのかは、まだ本人にも分かっていない状態です。


次回は、持ち帰った古書の内容や、そこから繋がる昔話が中心になるかもしれません。

引き続き、ゆっくりと世界を広げていければと思います!


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