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溶境

こんばんは、いつもありがとうございます。


今回から、勉強会編が本格的に始まります。


とはいえ、

いわゆる「修行回」というよりは、

“世界の認識そのもの”に触れていくような話になりました。


それぞれの考え方、

見えている世界、

そして“自分”という存在について。


少しずつ、

これまで曖昧だった部分が形を持ち始めています。


今回のタイトルは『溶境』。


よろしくお願いします。


宗玄さんに連れてこられた場所は確かに開けてはいるのだが、陽の光があまり入らない、薄暗い場所だった。

薄暗い中に、自然の荘厳さのようなものを感じる場所だった。

ヒーリングスポットといった雰囲気で、何となく集中力が上がったような気がする。


「みんな自分っちゅうもんを、ちゃんと説明できるか?」


宗玄さんがこちらを向いて、自分たちに尋ねてきた。

まるで禅問答のような話だ。

“我思う、故に我あり”というやつだろうか。


「名前とか人物とか、そういった話ではなくですか?」

「それはあくまで人が人を定義するための情報やなぁ。そことはちゃうんよ。」


静流が意見を投げかけてみたが、宗玄さんの答えは否というものだった。

それはそれで間違いないけれども、あくまで人が人を定義するもので、尋ねている内容とは違うという事らしい。

三人で首をひねっていると、宗玄さんがヒントをくれた。


「自分がどう認識されているか、それを自分自身で定義してみぃ。」


静流と陽向は何となくだが、言っている意味と、その答えが分かったらしい。

ただ、自分はあくまで“自分がここに在る”という認識しかなく、定義付けなくてもここに在ると言い切れると思っている。

なので、定義すること自体ができないのではないかと考えた。


「爺ちゃんが言うてる意味ちゃうかもやけど、この世の中の現象の一つとして自分があるって感じちゃうかな。俺自身も“自然現象”みたいなもんやと思う。」


宗玄さんが静かに頷いた。

全てに納得している感じではないと思うが、陽向の考え方は、陽向の考え方として正しいといった感じだ。

続けて、視線を静流に向ける。


「僕は少し違うんですけど、世界の中にある“人間社会”の歯車の一つ、社会という空間にある一つの部品というイメージです。」


宗玄さんが難しい顔をしながら頷く。

こちらも理解はできるといった感じで、陽向と静流、どちらの意見も否定するものではないという感じがする。

陽向は自信を自然の一部、静流は空間に存在しているもの、という理解をしているらしい。


次に、宗玄さんから視線を向けられたのは自分なのだが、答えに窮することになっていた。


「自分は、自分がここに在る、それだけだと思います。」


宗玄さんが首をひねってしまった。

期待した答えではないということではなさそうで、宗玄さんとしても理解しがたいと言った雰囲気だ。


「定義してみと言ったけども、定義はできへんってことなんか?」

「難しですけど、定義しなくても存在しているから、定義すること自体が難しいというか…」

「…なるほどなぁ…、せやから境君の中身だけは分からんかったんやなぁ…」


宗玄さんが、自身の中で答えに落としどころを見つけたようで、深く頷いた。

その声は先ほどまでのものと違い、少し低く、威厳のある声だった。

そのまま一息つくと、後ろにあった大きな石に腰を掛けた。

丁度近くにあった大ぶりな枝を拾って、地面に円を描き始める。

陽向だけは、宗玄さんの描いた円を見た瞬間に、何かを理解したような顔をしていた。


「昨日言うたように、この世もあの世も、それ以外の世界も実際には同じところに引っ付いてるいうんが、うちら八坂の考え方や。」

「彼岸も此岸もって話したやつやんな?」

「せやな。」


丸と人の図で世界を表し、それが一部被っているような絵を描いて示してくれたものに、陽向が答える。

宗玄さんが、それぞれの世界にある人同士を×のついた矢印でつなぐ。


「せやけど、普通の人は彼岸の、所謂、霊と言われるやつには触れんやろ?」

「そうですね、僕は見る事すらできませんけど、陽向と境は見れても触れないんだよね?」

「そうそう、見る事とか祓う事とかはできるけど、直接は触れんな。」


確かに、静流は霊感と言われるようなものは無く、心霊現象に出会ったこともなかったらしい。

先日、結を見ることができたので、少し高揚していたくらいだ。

そして、指摘の通り、自分と陽向は所謂“見える人”ではある。

陽向は出自の関係で、お祓いといったことはできるが、二人とも直接触れたと言ったことはない。


「それでええねん、ただ、言うたように陽向は昔から神事の才能は優れてた。天才言うてもええやろ。」

「爺ちゃん、ちょっと言い過ぎやて…」


珍しく照れ臭い感じで謙遜している。

だが、自分は宗玄さんの話の通り、陽向はそういった方面では天才的だと思っている。

昔に色々とトラブルがあったのだが、その時も陽向のおかげで事なきを得たということが多い。


「その中でも、今回は所謂“結界”って言われるやつを、感覚的に分かってもらおうと思っとる。」

「あれって、概念の話ちゃうの?」

「そもそもの神社の役目の一つとしてもあるくらいやで、実在しとる。」


陽向の言う通り、概念として結界と言われるものがあるものかと思っていたが、一人の人間が扱えるような話をされた。

映画とかだけの世界かと思っていたが、そうではないらしい。


「陽向は後で直接指導したるさかい、ちょい待っとき。」


陽向に指示を出すと、今度は静流に向かいなおす。


「ほんで、静流君は“空間認識能力”をもっと研いでもらうつもりや。」

「車幅感覚とかのやつですか?」

「ちょい違うなぁ、例えばやけども、この空間に何があるか分かるか?」


この開けた場所に何があるかと言われても、宗玄さんの座っている石以外は何もない気がした。

それは静流も同じだったようで、あたりを見回している。

ふと、宗玄さんの方に視線を向けると、宗玄さんの視線はこちらを向いていなかった。


「まだわからんと思うけども、俗にいう霊っちゅうのが隠れとるんや。」

「ん?爺ちゃん、俺も見えへんで?」

「向こうさんも隠れてるでな、そうそう見えるもんちゃうねん。」


なるほど、隠れているので分からないという事らしい。

確かに、意図的に姿を隠されてしまえば、見えるものも見えないのは道理だった。

だが、それと静流の空間認識能力の関係性が分からない。

静流も同じだったようで、ものすごく考え込んでしまっている。


「今は難しいやろけど、見えへんかっても“空間にあることを認識できる”ようになってもらうのが目標やな。」

「そんなことができるんですか?」

「できるやろと思っとる。何かがあるっちゅう前提で、視覚に頼らずに探してみぃ。」


静流が自分の中の常識と、宗玄さんへの信頼の間で揺れていた。

自分の経験や知識の中では、理解できるロジックがなかったのだろう。

理論、理屈でどうして理解していいのか苦しんでいるようだ。

ただ、宗玄さんへの信頼があるので、できるはずなんだろうというのもあって、答えを探そうとしている感じに見えた。


そうして、最後に自分の方に宗玄さんが向き直る。


「境君には申し訳ないけど、ワシも境君に何を教えてええかわからんのや。」

「え…?」


思わず絶句してしまう。

自分にも何か課題が与えられるものとばかり思っていたので、肩透かしに遭ったような気分だった。

それと共に、二人に対して遅れをとってしまい、迷惑をかけてしまうのではないかという心配があった。


宗玄さんが座ってた石から離れ、こちらに近付いてきた。

そこでかけられた言葉が、一つの指針となったので、先ほどの心配を取り払ってくれる結果となった。


「この石やけども、この辺の色々なもんを一番感じ取れる場所になってるから、ここで瞑想してみてもらおうかと思っとる。」

「瞑想…ですか?」

「せやな、境君自身を外に広げるような感じで、瞑想してみてもうてええか?」

「…わかりました、とりあえずやってみて考えることにします。」

「よっしゃ、ええ子や。」


宗玄さんのいう“自身を外に広げる感じ”というのが分からないが、自然と一体化するようなイメージだろうか。

まずは瞑想し、周囲の空気を感じるところから始めることにした。

自分が瞑想する体制に入ると、宗玄さんは陽向の方に向かっていき、何やら話し始めた。


先ほどの石の上に座り、目を閉じてあたりの空気を感じるように集中していく。

自分自身がそこにあるという認識をしているのではなく、自分自身を空気と同じように溶け込むようなイメージをしてみた。

どんどん自分が希薄になっていくのを感じる。

その中で、宗玄さんの意図するところを求めた。


宗玄さんが三人だけを優先した意味、それがあるはずだと思いながら、深く、深くに沈み込むように、世界に溶け込んでいく。

次第に鳥の声が遠くなり、虫の声、風の音と全てが消えていく。


—— この場所が自分を認識していく…。その遠くで、何かがこちらを振り返った。

『溶境』でした。


今回は、

能力そのものというより、

「どう世界を認識するか」

に重点を置いた回になりました。


陽向、静流、境。

同じ現象に関わっていても、

それぞれ世界の捉え方が違っています。


陽向は“流れ”として、

静流は“空間”として、

そして境は――。


宗玄さん自身も、

境については完全には理解できていない、

そんな空気を少し出してみました。


また、

今回から瞑想という形で、

境だけ少し違う方向の訓練に入っています。


「自分が世界を認識する」のではなく、

「世界が自分を認識する」。


そんな感覚に近いものを描きたかった回でした。


ここから先、

少しずつ“向こう側”との距離感も変わっていく予定です。


次回もよろしくお願いします。


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