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識域

こんばんは、いつもありがとうございます。


今回は、いよいよ勉強会編の本格的な導入です。


これまで“違和感”として描いてきたものについて、

少しずつ輪郭が与えられていきます。


ただ、

今回の話は「能力を手に入れる」というより、

“世界の見え方が変わり始める”

そんな回になっています。


宗玄さんと千鶴さんにも本格的に登場してもらいました。


今回のタイトルは『識域』。


よろしくお願いします。


到着が夜になることが分かっていたので、途中で陽向が食事は済ませてくるという連絡をしてくれていた。

なので、みんなで大浴場に向かう。

どうやら、元々あった浴場のほかに、大浴場が欲しいということで開発されていたらしい。

それがつい先日完成したそうで、男性陣全員で向かった。


「どや、ええやろ?」


陽向の祖父、宗玄さんは悪戯っぽく歯をむき出しに笑っていた。

前に数度だけお会いしたことがあるが、相変わらずお茶目な方だなと思った。

そして、自分たち三人よりも温泉を愛する人だなと、改めて思った。


「ここは時間制で男女入れ替わりですか?」

「いや、折角やから、両方作ってあるねや。そこの竹の仕切りの向こうは女湯やな。」


しれっと言っているが、このサイズを二面作るというのは凄いことだと思った。

そして、陽向が盛大に噴き出していた。


「いや、そんなん作ってたんかい!」

「どっちかだけやと不公平やろ?婆ちゃんに怒られるわ。」


思わず突っ込んでしまった陽向を傍目に、笑い飛ばしていた。

確かに、時間制で入れ替えると、入りたい時間に入れない可能性もあるので、二面あった方が良いだろう。

しかし、宗玄さんの温泉愛は深いなと、しみじみ認識させられてしまう。


「さて、境君と静流君は久しぶりやけど、相変わらずちゃんとしとるみたいやな。」

「体力づくりもそうですけど、恒一さんにも色々教えてもらっているので。」

「ええ、僕の場合は境ほどしっかりやっていないですけど、家業の関係で自然と鍛えられるんですよ。」


以前にお会いしたときは、近くの大きな銭湯に一緒に行く機会があり、その時に体の鍛え方を褒められたことがある。

小学生のころまでは父に鍛えられ、中学に入って陽向と頻繁につるむようになってからは、恒一さんからも鍛えられるようになった。

自分の両親は殆ど自宅にいないため、主な身体づくりは恒一さんに教えてもらっているのが実情だ。

ちなみに、陽向は身体づくりのほかにも神職の修行もあるらしい。


「体だけの話やないねんけどな。まぁええわ、また明日からちょっと説明したる。」

「はい、何にせよ明日に備えないとですね。」


宗玄さんが何のことを言っているのかが分からなかったが、明日になればわかるだろうということで話を合わせておいた。

足を延ばしてゆっくりできる環境なんて、なかなか難しいので今は十分にくつろがせてもらい、明日に備えることにする。

そうこうしていると高校生二人が近づいてきた。


「陽向さんの家って、お金持ちなんですか?」


礼音が全く言葉を選ばない形で質問してきた。

朔弥がびっくりして、周りの顔色を確認する。

誰も、言葉遣いなどを気にするようなタイプではなかったので、宗玄さんが笑いながら答えた。


「温泉はあるけど、金はないんやわ~。」

「温泉がある時点でビックリするレベルです…。」


宗玄さんが全く気にも留めていないことを認識した朔弥がホッとしたように呟いた。

そうこうしているうちに、夜も更けてきたので、みんなで寝室に向かった。

仕切りの向こうでは女性陣の声がしており、色々と話に花が咲いたんだなと思った。



翌朝、目を覚ますと、静流だけが先に起きており、他のメンバーはまだ眠ったままだった。

無理に起こすような時間ではなかったので、静流と少し話し込んだ。

しばらくしても、みんな起きてこないので、先に母屋の方に向かうことにした。


「おはようございます。」


静流と二人、同じような挨拶をすると、居間で宗玄さんがお茶をすすっていた。

新聞を広げていたが、こちらに気が付くと手招きをされた。


「二人は、今回の娘さんは何やと思うてる?」


唐突な質問だったが、陽向から色々話をされているだろうことから、結の事を聞かれているとわかった。

何と言われると、幽霊とかの類ではないかと考えている。

しかし、そう聞かれるということは違うのだろうか。


「心霊現象の類ではないんですか?」

「それやと半分正解で、半分不正解やな。」

「どういうことですか?」

「そもそも、心霊とかいう言い方自体が中途半端なんや。」


宗玄さんとのやり取りをしている中で、元々神職をされていた方から心霊というものに対して言及されると思わなかった。

そのまま話を聞こうと思っていると、陽向が目を覚ましたのか、居間に合流した。

いつものように寝ぼけている感じではなく、しゃきっとした感じで座っていた。


「三人そろったことやし、ちょっとその辺の話しとこか。」


そう言うと、先ほどの少女の事について、前提の知識として心霊現象などについて説明された。

その中で、宗玄さんの認識としてはこうだ。

そもそも心霊というのは、こちら側と別の空間を指しているものだということ。

その別の空間とは、彼岸と此岸だけではなく、此岸と似たようなところがほかにも複数ある可能性があるということ。

それらは遠くにあるわけではなく、此岸のすぐそばにあるのだということ。

その三つの認識をしておくように説明された。


そして、恐らくだが、結については彼岸側というだけではなく、彼岸にも自分たちが認識している彼岸ではなく、異なる彼岸のものだろうと。

自分と陽向は、そういったものを見ることができたので、結に干渉されて今回の流れになったのだろうということも併せて説明された。


「あの少女…結は何を伝えたいんでしょうか?」

「そこまでは分からん。せやけど、自分らも恒一に色々教えられてるということは、才能があるっちゅうことやろ。」

「才能って、なんですか?」


才能という部分に静流が反応する。

宗玄さんは顎髭を触りながら言葉を続けた。


「正直、境君のはワシには分からん。せやけど、陽向は神事の才能、静流君には空間を把握する才能があるみたいやな。」

「俺のは分かるけど、静流の空間を把握する才能ってなんなん?」

「もうちょっと練習してたら、近くの空間のどこに何があるかとかを、感覚的に把握できるようになると思うわ。」


宗玄さんの話しぶりからすると、恐らくだが、見えているものも見えていないものも、視覚に頼らずに空間を認識できるということだろう。

ということは、結が近づいてくると分かったり、先日の嫌な視線についても、その主の居所などがつかめるようになるのではないかと思った。

あの視線は非常に嫌なものだったので、視線の元を何とかしたいところなので非常に助かる。


そして、自分の才能は分からないと言われてしまった。

無いと言われたわけではないので良いのだが、今回の勉強会の方針が分かりづらく、ちょっと悩ましい感じになってしまった。


「とりあえず、三人はワシが訓練してたところに行ってもらおか。」

「せやったら、私は女の子と色々話をしておくわね。」


いつの間にか、お茶のお代わりを持ってきていたのは、陽向の祖母である千鶴さんだった。

千鶴さんがお茶を入れ替えるのを見ながら、他のメンバーはまだ起きてこないなと、ふと思い出した。


「三人だけ先に行こか。歩けるとこやから、ついておいで。」

「他のメンバーは婆ちゃんに任せたらええか?」

「せやな、みんな一気にはでけへんから、一旦婆ちゃんに頼んどこか。」


女性陣については千鶴さんが話をしてくれ、礼音と朔弥についても一先ずは相手をしてもらえるらしい。

自分たちのやることをしっかりしておかないと、礼音と朔弥にも迷惑がかかると思うと、気が引き締まる思いだった。


宗玄さんが自宅を出て、裏にある山の木々の間を進んで行った。

自分たち三人もそれに続く。

歩いているところに道はあるが、かなり厳しいつくりの道なので一気に体力を奪われる。

宗玄さんが軽々歩くのが不思議で仕方なかった。

そうして、木々に囲まれてはいるが、少し開けた場所に出た。


「さぁ、三人とも、ここからお勉強するでー。」


宗玄さんの雰囲気が一気に張り詰めた。

辺り一面にピアノ線のようなものが張り巡らされているような錯覚に陥った。

その瞬間まで、ただの好々爺だと思っていた宗玄さんの、本当の姿を垣間見た気がする。

ここからが、勉強会の本番だ。



—— 自分たちを待つ何かと、漸く目が合った気がした。

『識域』でした。


今回は、

陽向の祖父・宗玄さんから、

“向こう側”についての考え方を聞く回になりました。


この作品では、

幽霊や怪異というより、

「認識できていない隣接世界」

のようなイメージで描いています。


なので、

宗玄さんの説明も、

オカルトというよりは、

“世界の捉え方”に近い話になっています。


また、

今回から少しずつ、

それぞれの素質についても触れ始めました。


境、陽向、静流、

そして他のメンバーも含め、

今後は少しずつ「何ができるのか」が見えてくると思います。


ただ、

まだ誰も“完成”していません。


だからこそ、

支え合いながら進んでいく形になる予定です。


そして、

最後に少しだけ見せた宗玄さんの空気。


あの人は、

単なる好々爺では終わらない予定です。


次回もよろしくお願いします。

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