西行
こんばんは、いつもありがとうございます。
今回は、いよいよ大阪での勉強会へ向かう移動回です。
サービスエリアに寄ったり、
観覧車に乗ったり、
長距離移動らしい空気を楽しみながら、
少しずつ“向こう側”の気配も混ざり始めています。
移動そのものも、この作品では大事な時間だと思っているので、
旅の空気感を楽しんでもらえたら嬉しいです。
今回のタイトルは『西行』。
よろしくお願いします。
勉強会という名の合宿に向かう数日前に、朔弥が事務所に来るという連絡があった。
どうやら、朔弥と礼音の二人で運転免許を取得しに行っていたらしい。
その報告がてら、勉強会の話もしたいという事だった。
その日は陽向は家の都合で来れないという事だったので、静流だけが事務所に来ていた。
二人で澪から提供された車の状況を確認してると、見慣れない車が駐車場に入ってきた。
某メーカーのトレードマークであるブルーの車で、代表車種でもあるSUVだった。
「お邪魔します、境さん。」
運転席から降りてきたのは朔弥だった。
免許取得とほぼ同時に車を入手したようだ。
「車、買ったんだな。」
「はい、本当は自分もラリーベースのが欲しかったんですが…。」
「ということは、剛さんのチョイスか?」
「ええ、“人を乗せるなら、質実剛健だろう”とか言ってました。」
割と高年式の車で、昔の型と違い頑丈そうな作りになっている。
そのチョイスの仕方を聞いて、静流と二人で何度も頷いていた。
剛さんらしさしか感じないレベルの発言とチョイスだ。
「これなら、二人と梓ちゃん、澄玲ちゃんは朔弥君が乗せて行けそうだね。」
「そうですね。朔弥の親父さんは保険も抜かりなく、僕が運転しても大丈夫なようにしてもらってました。」
静流の話通り、四人を乗せて行けるのであれば、一台で乗り切れない問題は解決する。
保険の問題は気になるところだったが、礼音の話通りであれば、運転手の交代を視野に入れられていたということだろう。
勉強会の件については、それぞれに両親と会話しているはずなので、そこから推察されたのだと思われた。
「朔弥に礼音も、長距離の運転になるが、大丈夫か?」
「はい、折角、自分の車を手に入れたので是非。」
朔弥、礼音共にそのつもりだったようで、移動手段の問題については一気に解決した。
当日の移動手段についてはグループチャットで割り当てを連絡しておいた。
今回の合宿については、紬ちゃんは同行しないことになっていた。
どうも、マネージャーを務めている野球部の方で試合があるらしく、そちらに出向かなければいけないらしい。
なので、自分たち大学生チームと、朔弥たち高校生チームで分かれる割り当てにしておいた。
乗車定員ギリギリにすると、荷物が載りきらない可能性が気になったのもあったので。
- 数日後
朝から事務所に集合し、一路、大阪へ向かった。
まだ、巷ではお盆休みと言われる夏季休暇に入る前だったので、思ったほど道路は混雑していなかった。
途中、休憩するSAについては事前に打ち合わせているので、はぐれてもSAで落ち合うように計画していた。
事務所を出てしばらく走ると、某メロンパンが有名なSAに到着した。
ここで朝食を摂っておこうという話になっている。
「メロンパン~」
鼻歌のように呟きながら、野乃花ちゃんが例のメロンパンを買いに行った。
陽向の祖父母へのお土産としてもいいかと思い、そこそこの量を買うことになった。
食事も土産も揃うので、最初の休憩地点としては丁度良かった。
「前は自分の車で行ったけど、今回の方が楽やわ~。」
「それはそうでしょ、快適性を一番重視してそうな車じゃない。」
陽向が体を伸ばしながら呟いたところに真琴さんが突っ込んだ。
真琴さんも普段からミニバンに乗っているが、やはり違うものらしい。
ローダウンしているのだが、乗り心地は非常に快適だった。
澪にも聞いてみたのだが、“全部お店にお任せしました”と言われてしまい、どんな改造がされているかわからなかった。
陽向たちが降りてからすぐに、朔弥たちの車が到着した。
こちらを見つけると、すぐ近くに車を停めて歩いてきた。
「お疲れ様です、やっぱり速いですね…。」
「そこは慣れだな。もっと乗り回していると同じようになってくる。」
朔弥は遅れて到着したことを気にしていたが、到着時間に大した差はなかったし、免許を取得したばかりだと考えると優秀だ。
一緒に乗っていた礼音は挨拶もそこそこにトイレにダッシュして行った。
事務所に来た時も、半分以上寝ているような雰囲気だったので、ギリギリの状態だったのだろう。
梓ちゃんと澄玲ちゃんは降りてきた雰囲気を見ると、快適に過ごせたようだった。
「朔弥君も運転上手でしたよ。全然酔ったりしなかったです。」
「ええ、後席でゆっくり寝かせてもらえました。」
梓ちゃんが助手席、後席には礼音と澄玲ちゃんが乗っていたようだ。
礼音が健やかに眠っていたので、釣られて澄玲ちゃんも眠ってしまったのだろう。
とりあえず、朔弥の運転が好評だったようで、ほっと胸をなでおろした。
全員そろったところで、朝食を摂り、飲み物などを補充してから再度出発した。
そこから静岡のSAで電子楽器のブースに寄ってみたりして、愛知県のSAに到着するころには夕方になっていた。
ここのSAには観覧車もあるし、施設も大きいので夕食を摂ってから出発することにした。
「境さん、折角なので観覧車に…」
「…そうだな、少しくらいならいいか。」
本当は乗りたくないのだが、先日から色々してもらっているので、ここは応えておくことにした。
同じように他のメンバーも乗っていくことになり、全員で並ぶことになった。
四人まで乗れるようになっているのだが、そこは二人ずつ乗るように、陽向や静流に説得された。
「遠くまで見えますね~。」
澪は遠くまで見渡せてご満悦だった。
確かに色々な建物や、高速道路などが見える。
こうして高い場所から見下ろすと、結構遠くまで来たんだなと実感した。
「あれ以来、結ちゃんとコンタクトが取れませんね。」
「そうだな、こちらからアクセスしていないというのもあるだろうが。」
「ええ、こうして遠くを見てみると…」
観覧車が頂上へ近づいた瞬間、一瞬だけ周囲の音が遠くなった気がした。
その瞬間、遠くを見ている澪の表情が少し曇ったのが見えた。
目を凝らして遠くの方を見ているようだが、表情が硬い。
「やっぱり、少し変じゃないですか…?」
「どこだ?」
「向こうの林の近くなんですけど、境目のところが…」
よく見てみると、確かに境目のところが不自然な感じがした。
何というか、あまりにきれいに分かれてしまっている感じがしたのだ。
それに気が付いて、すぐに澪の指輪を確認したが、いつも通りの蒼さだった。
恐らくは、何かがあったとしても、結と関係のない話だったのだろうと、自分の中で結論づけた。
「とりあえず、今すぐ何かあるわけではなさそうだな。」
「そうですね、折角ですから他の場所も見ておきましょう。」
すぐに気分を切り替えて、観覧車からの風景を楽しんでいた。
観覧車を降りてから、みんなで夕食を摂って、最後のひと踏ん張りと走り始めた。
その後、山間部を走ることが多く、不穏な感じがするポイントはあったが、大きな問題はなく進んで行った。
そうして、某宗教都市のSAまでたどり着いたところで、いったん休憩をとることになった。
「境、このあたりに何かある感じがせえへんか?」
SAでコーヒーを買って飲んでいると、陽向が話しかけてきた。
こちらを見ながらというよりは、SAから街の方を見ながら話している。
「流石に街単位の雰囲気もあるから分からないが、何かあるか?」
「いや、ハッキリした何かがあるわけやないけど、やっぱりこの辺は不思議な感じがしてな。」
少し遠い目をして、陽向らしくない雰囲気で話している。
何か思うところがあるのだろう、ただ、明確に何かを感じることは無かったのは確かだった。
「いや、まぁええわ。」
「ん、解決したならそれで構わないが、何かあれば言えよ。」
「おう。ここからは運転変わるから、キー貸してもらえるか?」
陽向は少し気恥しそうに頭を掻きながら、車の運転のキーを受け取った。
ここから先の細かい道は、陽向の方がよく知っているだろうということで運転を代わってもらい、朔弥たちもこちらに着いて来てもらうように連絡した。
再出発してから更にしばらく走ると、高速道路から一般道路に移り、陽向の祖父母の家に到着するころには20時を過ぎたころだった。
「爺ちゃん、皆来たでー。」
陽向が扉を開いて声をかけると、奥の方から陽向の祖父が歩いてきた。
年齢を考えると、相変わらず元気な人だなとしみじみ思ってしまう。
「今回はオールスターやなぁ。」
楽しそうに笑う陽向の祖父を見て、今回の勉強会は楽しいものになるのではと、少し期待してしまった。
—— 勉強会の本懐は、祖父のみが分かっていた。
『西行』でした。
今回は、埼玉から大阪方面へ向かうロードムービー回です。
海老名SAのメロンパン、
浜松SAの電子楽器ブース、
刈谷ハイウェイオアシスの観覧車など、
実際の移動感をかなり意識して描いてみました。
長距離移動って、
目的地に着くまでの時間も含めてイベントなんですよね。
また、
今回は高校生組も本格的に“動ける側”へ入ってきています。
朔弥たちの免許取得や、
車を使っての長距離移動など、
少しずつ世界が広がっている感覚が出ていたら嬉しいです。
一方で、
旅の途中でも違和感は静かに混ざり始めています。
ただ、
まだそれが何なのかは、
誰にも分かっていません。
次回からは、
いよいよ陽向の祖父による勉強会編へ入っていく予定です。
引き続き、よろしくお願いします。




