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厚意

いつもありがとうございます。


今回は、合宿へ向けた準備回です。


……なのですが、いつも通りと言うべきか、

普通の準備だけで終わるはずもなく。


澪の“厚意”が、色々な意味で炸裂しています。


少しずつ非日常が近づいている一方で、

こういう日常の空気も、この作品では大事にしていきたいところです。


今回のタイトルは『厚意』。


よろしくお願いします。


翌朝、久々にゆっくり眠ることができた。

リラックスしていたかと言えば、特別そういうわけではないのだが、最近の疲れがたまっていたのだろう。

夏季休暇に入っていることもあり、色々気にすることがなかったというのも大きいと思う。


そうしていると、事務所の前にローダーが停まっていた。

朝っぱらから忙しいことだと思っていると、ローダーから降ろされた車が事務所の駐車場に入っていく。

その様子を唖然としながら見ていると、澪が事務所に入ってきた。


「おはようございます。」

「お、おう、表のアレは何なんだ…?」


澪が何を言っているのかといった笑顔を向けてくる。

昨日の出来事を思い返してみるが、思い当たる節がなかった。


「不便にならないようにって、伝えましたよね?」

「…あ!」


そう言えばサラッと言われていたので何のことか分かっていなかったが、この事だったらしい。

いや、不便が無いようにという軽い話しぶりだったので、せいぜい便利グッズとかだと思っていた。

まさか車を持ってくるとは…。

そんなことを考えていると、陽向、静流、真琴さんに野乃花ちゃんまで、次々と到着した。


「なぁ、あれ何や…?」

「いや、澪が…」

「そうよね、あれができるのは澪くらいよね…」


陽向の質問に困惑したまま答えると、代わりに真琴さんが話を受け取ってくれた。

そう、こんなことができるのも、こんなことをしてしまうのも、知っている限り澪くらいだった。

家系として裕福なのは十分に承知しているが、それだけではないらしい。

噂程度に聞いているだけではあるが、小遣いを投資に回したら恐ろしい才能を発揮したのだそうだ。

その投資関連の管理は、病院経営の会計とまとめて専門に任せる必要があるレベルだとも聞いている。


「境さん、折角なので見に行きましょう!」


澪に連れられるまま、みんなで駐車場に降りて行った。


「え~、すごいのがあるよ~!」


野乃花ちゃんが一番前を歩いていたので、最初にその車を目の当たりにして声を上げた。

後ろから続々と入っていき、最後に自分が車を目にする。

まさかの、国内最大メーカーの最高級ミニバンがあった。黒塗りを選んでいるあたり、狙っているとしか思えない。


「境は愛されてるねー。」


生暖かい微笑みを浮かべた静流が言ってくる。

そう、普通はこんなものを気軽に持ってこない。

それをしてしまう澪を見てか、からかうと面白いと思ったのか、静流は絶妙な表情をしていた。


「なぁ境、これ、めっちゃ弄ってるで…。」


陽向がまじまじと車を見ている。

パッと見ただけでも、オプションのフルエアロにローダウン、21インチホイールと、目につくところは一通り手が入っている。


「頑張りました!」


澪が満面の笑みで言ってくる。

確かにうれしい、でも、どう考えてもやり過ぎだと思った。

ひとつ前の型なので、新車ということは無いだろうけども、それでもうちの車が何台分かと考えると恐ろしい。


「これは澪が運用したやつで買ったのか?」

「いえ、半分は両親が出してくれました。どちらかというと父の趣味が入っているみたいで…」


そうだ、澪の両親と自分の両親は、付き合いが長いというようなことを聞いたことがある。

ある程度若いころからの付き合いらしく、昔はやんちゃをしたものだと話していた。

ということは、その時から同じような方向の趣味があって、それが自分の趣味にもあったという事だろう。


「大阪に勉強会に行くという話をしたら、父がこの車を紹介してくれたので、一緒にお店まで行って決めてきました。」

「なるほど、これを使って大阪まで遠征しなさいよという事か。」


景一さんは、子煩悩というか、一般的には親ばかと言われる類の父親である。

先日の挨拶もあってか、景一さんの“何かしてやりたい欲”に火をつけてしまったらしい。

次に伺ったときには、晩酌にも付き合おうと心の中で誓った。


「いや、こいつは快適やで。俺、二列目使う~。」


陽向もテンションが上がってしまったらしく、さっそく二列目シートに乗り込んだ。

そんなこんなでバタバタしながら、勉強会という名の合宿を過ごすための買い出しに、その車で出かけることになった。


「そういえば、梓に聞いたんですけど、朔弥君と礼音君が車の免許を取りに行ったらしいですよ。」


このタイミングということは合宿免許だなと思いながら、あいつらも免許をとるのかと、感慨深くなってしまった。

そう言えば、朔弥が先日、うちの車を見て羨ましそうに見ていたのを思い出した。

朔弥の父親も、朔弥に必要なものと思ったものを買い与えるタイプなので、謎のトレーニング器具や、防刃ベストなど、あまり一般的ではないチョイスをしていた。

よくよく考えると実用性を重視しているのかなとも思うが。


「なぁ、境、寝てもうたらゴメンな…」


そんなことを言いながら、最後まで言い切る前には眠りについていた。

さすが、二列目のシートは快適性で有名なだけあって、短時間で簡単に睡魔に襲われる仕組みのようだった。

陽向の隣に座っている真琴さんも、間抜けな表情で寝こけているのがミラー越しに見えた。


しばらくしてショッピングモールに着いたが、二列目の二人は目を覚ます気配がなかった。

基本的には荷物を詰めるためのカバン類を探しに来ただけだったので、静流と二人で買い出しに行くことになった。

澪と野乃花ちゃんは、寝こけている二人が起きた時のために待っていてもらうことにした。


「今回の勉強会って、あのお爺さんのお屋敷に行くんだよね?」

「そう聞いてるな。しばらく顔を出してないな…」

「そうだね、煎餅とか和菓子くらいは手土産に買っておくよ。」

「わかった、向かいの店でカバン探してくる。」


静流にお土産のチョイスを任せて、自分はカバンを専門に扱っている店に入っていった。

店を広く見せるための工夫か、あちらこちらが鏡張りになっている。

特性上、色んな人と目が合うような感じになっていたが、特に気になることは無かった。


旅行に使えそうな大きなカバンやスーツケースを数点選び、レジに並んでいた時だった。

周囲の話し声が、一瞬だけ遠くなった気がした。

その直後に、こちらを窺うような視線を感じた。

手荷物の関係で簡単には視線の元を手繰れないが、大体の方向は分かった。

ただ、分かっただけで、その後すぐに視線を感じなくなっていた。


「おまたせ…どうした、境?」

「あいや、誰かに見られている気がしたが、もう大丈夫みたいだ。」

「こっちに来る途中に変な奴は見かけてないから、昨日の関係かな…。」

「とりあえず、買い物も終わったから戻るか。」

「だね、今大丈夫ならいいでしょ。」


購入したカバンの一部を静流に任せて、車まで戻っていった。

車の中では未だに起きていない陽向と真琴さん、起こすのをあきらめて映画を見始めた澪と野乃花ちゃんがいた。


「今日のところは、事務所でピザでも頼むか?」

「そうですね、その方がよさそうな気がします。」

「さんせーい。今日は気軽に過ごそ~。」


澪と野乃花ちゃんの賛成を見て、静流が注文してくれていた。

事務所への戻り途中、ピザを受け取って帰り、いつものように事務所内でリラックスし始めた。

遊んでいる最中も、二日続いた視線は少し気になっていた。



—— 日常を過ごすことが、既に難しくなっていた。




『厚意』でした。


今回はかなり日常寄りの回でした。

合宿へ向けた買い出しと、移動手段の準備回です。


……準備の規模がおかしい気もしますが、

澪にとっては本当に“みんなが快適に過ごせるように”という善意100%です。


そして、その厚意に若干引き気味の境と、

面白がっている周囲という構図になりました。


また、今回はショッピングモールという、

かなり日常的な場所でも“視線”を感じるようになっています。


少しずつ、

異界側の侵食範囲が広がり始めています。


次回以降は、

高校生組や合宿準備の方も進んでいく予定です。


引き続き、よろしくお願いします。

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