遠視
いつもありがとうございます。
別荘編も三日目に入りました。
今回は、肝試しの後に感じた“違和感”を、みんなで少しずつ整理していく回になります。
ただ怖いだけではなく、
「何が違うのか」
「何が不気味なのか」
を考え始める段階に入ってきました。
それでも、まだ日常は壊れていません。
映画を見て、怪談をして、雑魚寝をして。
そんな普通の時間の中に、少しずつ“向こう側”が混ざり始めています。
今回のタイトルは『遠視』。
どうぞ、よろしくお願いします。
食事が終わるころに、リビングの奥にあるスクリーンが下ろされていた。
リビングでゆっくり、映画を流しながら雑談をしようということになっていた。
選択できる映画のチョイスについては修さんの独断で選ばれていたが、複数のタイトルから多数決で某有名ホラー映画が選ばれた。
「みんな分かっていてやってますよね…」
「高校生チームとかは知らないはずだと思うが…」
澪が半泣きで膨れていたので、申し訳程度のフォローを入れておいた。
他にカーアクション、ミステリー、ホラーがあったが、最終的にホラーが一番人気となっていた。
多数決なので、ここは何ともしようがない。
ちなみに、真琴さんもホラーは得意ではないらしいが、怖いもの見たさで好きという事らしく、野乃花ちゃんに至っては大好物だそうだ。
梓ちゃんもホラーを選んだのだが、何やら悪だくみをしているように見えた。
冒頭から不穏な感じの映画が始まったら、澪はぴとっとくっついたままで動かなくなってしまった。
見なければいいのにと思ってしまうが、片目を開いて見ている様子からして、一人だけ見ないというのはできないらしい。
そんな澪を片手に、先ほどの出来事を振り返っていた。
陽向と静流も以前に観たことのある映画だったので、こちらで整理しているところに加わってくれた。
「崖にLEDライトを当てて、先が全く見えないなんてあるか?」
「俺が知ってる限り、このあたりにそんな深い崖なんて無いよ。」
静流が、そもそもの崖の存在を否定した。
何度も来ている別荘なので、そんなものがあれば覚えていないはずがないということだ。
陽向の方もLEDライトで周囲を認識できないという現象には首をひねっていた。
「こないだの結ちゃんみたいなケースやと、ぶれて見えることはあっても見えんってことは無かったやんな?」
「そうなんだよ、見えないというケースは初めてでな…」
「うーん、話を聞く限り、結ちゃんとは別の何かとしか思えないね。」
やはりそういう結果になるよな、と、三人で頷きあった。
「…!!」
スクリーンの向こうで、悲鳴と共に不穏なBGMが響く。
その音に肩を跳ねさせながらも、澪は話から逃げようとはしなかった。
「あと、朔弥も昨日感じていたんだが、明らかな視線を感じた。」
「昨日も言うてたけど、具体的にどんな感じやったん?」
「敵意というよりは、こちらを観察している感じだったな。値踏みしているような嫌な視線だった。」
陽向に聞かれて改めて思い出してみたが、何か気持ちの悪い視線で、首元にまとわりつくような感じだった。
何というか、蛇の目に睨まれているような感じで、背中に冷たいものが流れていた。
少なくとも、今まで会った中で、こんなに嫌な感じがする人物はいなかった。
「境が嫌悪感ってのも珍しいね。」
「せやな、いつも飄々としているイメージやってんけど、そんなに嫌やったんか?」
「ああ、冷や汗なんて何年振りかと思った…」
陽向も静流も、自分が冷や汗をかくということに驚いていた。
確かに、ここのところ、絡んでくる輩も大したことがないので、冷や汗どころか汗一つかくことがなかった。
それについては、一緒に行動することが多い二人もよく知っているからこそ、今回の件が意外だったのだろう。
「境さん、昨日の続きがあったんですか?」
映画の方がひと段落したのか、朔弥がこちらの話に混ざりに来た。
朔弥にも肝試しの時にあった出来事を簡単に説明する。
昨日の件があるので、朔弥にはスッと入ってきたようだった。
「やっぱり、昨日のはいつもの結って少女とは違うんですね。」
「そうだな、少なくとも同じ感じは全くしない。」
「となると、おかしくないですか?」
朔弥との会話に礼音が入ってきた。
いつの間にか女性陣も周りを囲んでいて、隣の澪も同じように話を聞いていた。
聞いていたと思っていたが、どうやらホラー映画で疲れ切っているらしく、その顔いっぱいに疲れがにじみ出ていた。
「おかしいというと、何か思いついたのか?」
「これまでは、その結って子からアクセスがあったんですよね?」
「ああ、そうだな。」
「今回は、アクセスしようとしてなくないですか?」
それを聞いて自分と静流はハッとした。
そうだ、今までの結については、向こうから何か伝えたいことがあり、コンタクトをとるのに必死だった。
だが、今回はこちらを値踏みするように遠巻きに見ているだけで、何かを伝えたりコンタクトしようとする気配がない。
人によっては、その時点で敵と判断していてもおかしくない。
「確かにせやな、明らかに結ちゃんとは別モンや。」
「そうね、境君の話を聞く限り、友好的だとは思えないわ。」
陽向と真琴さんが話を結論付けた。
結と今回の視線の主は別の人物で、少なくとも好意的ではなく、警戒するに越したことはないと。
「今は視線を感じないから、一先ずは保留にしておこうか。」
「そうだね、あまり気を張っていてももたなくなるからね。」
「そだよ~、いざって時は境君も強いんだから、大丈夫だよ~。」
静流の言うことも尤もだ。
気を張り続けていると、どこかで一気に反動が来る。
野乃花ちゃんの話し方で、一気に緊張の糸が切れるので、ずっと張り詰めることは無い気もしたが。
「お、若者が何か難しい話をしてるのか?」
「あ、いえ、話がまとまったところ何で大丈夫ですよ。」
修さんに声をかけられて、みんなで集まって話をして、スクリーンそっちのけになっていたことに気が付いた。
ただ、それを気にされたわけではなくて、折角だから楽しみなさいと言う事だったらしい。
ここに来てまた、陽向がにやりとしていたのを見て、よからぬことを企んでいることに気が付いた。
「さぁ、ここからは、みんなの体験談の時間ですよ…」
陽向に耳打ちされた朔弥と梓ちゃんが、少しおどろおどろしく話し始めた。
梓ちゃんも澪のことはよく知っているからこそ、こんな悪ふざけをしているのだろうが、震える澪が少し不憫だった。
話に参加しないというのは嫌だったようだったので、今回は流石にちゃんと手を握っておくことにした。
「まぁ、確かに怪談話は定番やけど、澪ちゃん大丈夫か…?」
「だ…大丈夫です…役得もあるので…」
そこまで聞くと、女性陣がみんなにんまりしていた。
流石に何となく気が付くが、役得と言われると少しむず痒いような感じがしていた。
そこから、日付が変わるころまで、テーブルを囲んでみんなの体験談を話す会を続けた。
途中、男女入れ替わりで浴場に行ったりというのもあったが、最終的にはテーブルの周りでみんな雑魚寝という状態になった。
翌朝、目を覚ますと、みんな体のどこかが痛いといった状況で、それこそ地獄絵図になっていた。
そうして、静流の別荘で過ごした日々は過ぎていき、それぞれの自宅に戻っていった。
そこから半月もせず、勉強会という名の合宿が始まるのだが、それまでの期間、色々と準備をすることになった。
準備については、何人かで集まっていった方が効率が良いだろうということで、いつものように事務所に集まるという話にまとまった。
澪の方から、「こういったときに不便が無いように、準備しておきますね」と言われ、何のことかわからなかった。
少し気にはなったのだが、翌日には澪が来るだろうと思い、深く考えずにそのまま眠ることにした。
久々の事務所はシンと静まり返り、嵐の前の何とやらというやつを体現しているのではないかと思った。
—— 境界は、静かに増え始めていた。
『遠視』でした。
今回は、ホラー映画&怪談回でした。
……なのですが、実際には「結とは別の存在」を整理していく回でもあります。
これまでの“接触”とは違い、
今回は向こうから近づいてこない。
ただ、遠くからこちらを見ている。
その違いを、境たちも少しずつ理解し始めています。
一方で、青春っぽい空気感も残したかったので、
雑魚寝になったり、澪が怖がったり、いつもの空気も大事にしてみました。
別荘編も終盤。
ここから、合宿編へ向けて少しずつ動き出していきます。
引き続き、よろしくお願いします。




