川霧
夏休みらしいことをしよう。
そんな軽い一言から始まった今回の小旅行。
釣りに、温泉に、夜更かしに。
少しだけ、いつもの日常から離れた時間です。
……とはいえ、
彼らの周囲では、完全な“日常”にはならないようで。
今回は、そんな山奥の別荘でのお話になります。
静流のところの別荘を見て驚き、中に入ってみてもう一度驚いた。
超巨大なログハウスが樹木に囲まれたところに建っていた。
別荘付近は木の香りと少し湿った空気が混ざっていて、山の中に来たことを強く実感させられた。
駐車場は舗装されておらず砂利が敷かれたものだったが、数台分の駐車場まで完備されていた。
そして、中に入ってみると部屋が十部屋ほどあり、それと別にリビングなどの部屋があった。
ちょっとした旅館と言われたら信用してしまったかもしれない。
「静流のオトンなだけあって、色々豪快やなぁ…」
「全くだ…」
陽向と二人して、開いた口が塞がらない状態で、間抜けな感想を口にしていた。
静流の方は、こういった反応も想定していたらしく、テキパキと部屋割りなどの準備をしていた。
部屋割りについては、自分たち六人は男女に分かれて一部屋ずつ、高校生チームも男女に分かれて一部屋ずつ、合計四部屋を割り当てられた。
後から修さんも来るという事で、そちらは別に部屋を割り当てる予定だそうだ。
「一先ず荷物を置いたら、リビングに集まってもらえる?」
静流の話を聞いて、それぞれに荷物を置きに部屋に入っていった。
どの部屋も同じようなつくりらしく、大きめのクローゼットが準備されており、そこに荷物を入れることができた。
荷物を置いてひと段落したところで、陽向と二人、リビングに戻った。
「静流、この後の予定ってどうなってるんだ?」
「ああ、もうすぐ父さんが来るから、そのまま渓流釣りになると思うよ。」
別荘を出て横にある道を下ると、釣りのできる川があるらしく、そこで何か釣って夕食に充てようという話になっているらしい。
食材は別にも買っているのだが、今回は二泊三日の予定になっているので、自給自足も体験しようというのが修さんの計画だそうだ。
二日目については買ってきた食材を使う予定にしているらしいので、今日の釣りが腕の見せ所かも知れない。
「お、みんな揃ってるな!」
入口の扉が大きく開いたと思うと、修さんが大きな声をかけながら入ってきた。
食材も買い込んで来たらしく、段ボールや発泡スチロールの箱を複数持ってきていた。
入口前の階段の横にスロープがあったのはこういう理由だったのかと、荷物を見て納得した。
「さて、みんなで釣りに行こうか!」
修さんが、先ほどまで荷物を整理していたと思ったら、釣り竿や網などを片手に、リビングに戻ってきた。
リビングに集合していた男性陣に、それぞれ釣り具が手渡され、そのまま外へ出る流れになった。
それと入れ替わりに、恵さんが入ってくる。
「母さん、みんなに持ってきた食材の下処理の説明をお願いできる?」
「わかってるわよ。静流も川の方に行きなさいな。」
「こっちはお願いするね。」
そう言うと、静流も釣り具を持って川の方に下って行った。
川に近づくにつれて、水気を含んだ冷たい空気が肌にまとわりついてきた。
道中は獣道みたいなところを通ると思っていたが、ある程度整備された道になっていて、不揃いではあるが階段状に均されていた。
その道を少し下っていくと、すぐに河原にたどり着いた。
「坂のどこかから釣るのかと思ってたんですけど、河原につながってるんですね。」
「すごい立地ですね…。」
礼音と朔弥が思ったよりも立地が良かったことに驚いていた。
自分と陽向は別荘の事で驚き疲れて、こちらについてはあまり驚かなかった。
到着早々、修さんが色々と準備をしてくれていた。
あまり一か所に集中していても問題だろということで、少しずつ離れて釣りを始めた。
「…釣れない…」
思わず口に出してしまっていた。
理屈的には、自分の狙っているあたりに魚が集まっているはずなのだが、全くアタリが来ない。
一方、陽向の方は好調なようで、横のバケツに数匹のヤマメが入っている。
「境の方はどないやー?」
「いや、全く…」
「理論値では釣れとるんやろうけどなぁ。」
好調な陽向に弄られる羽目になってしまって、少し困ってしまった。
思いのほか落ち込んでいるのが分かってくれたようで、それ以上はあまり触れないでくれた。
しばらく釣りを続けていると、結構な数のヤマメやニジマスが釣れたようで、修さんから終了の合図がかかった。
自分はボウズだったが、陽向が数匹、無言で黙々と釣りをしていた朔弥に至っては十匹を越していた。
修さんと静流が上手なのは言わずもがなだが、自分以外は好調だったので少しショックだった。
「お、三匹もイワナが混じってるな。」
修さんが珍しそうにバケツの中を見ている。
噂には聞いていたが、イワナという魚はなかなか釣れないらしく、この短時間で三匹というのは驚く数らしい。
そうしていると、一瞬だけ、川向こうの木々の隙間に“誰かが立っていたような気がした”。
「向こうの茂みに何かいる?!」
朔弥が何かに気が付いたらしく、警戒する様子で川向こうを睨んでいた。
何かが見えた気がしたのだが、木々が風に揺れるくらいで、明らかな動物の痕跡は見受けられなかった。
しかし、気のせいというには何か嫌な感じがする。
「陽向、何かあるか?」
「いんや、ちょっと嫌な感じはあるけど、何かあるって感じやないな。」
嫌な雰囲気は漂っているが、明確な何かがあるというのは確認できないといった感じだった。
野生動物かとも思ったが、それにしては姿が見えないし、草木の動きも動物が隠れている様子はなかった。
陽向が嫌な感じと言っているということは、何か目に見えないやつがあるのだろうと思いながら、一先ずは様子見することにした。
釣果を持って別荘の方に戻ると、女性陣が持って来た野菜類の下準備を終えて、テーブルの前で焼き菓子をつまんでいた。
流石に別荘の横に畑があるわけではなかったので、野菜類については持ってきてくれたそうだ。
女性陣がそれぞれに野菜の下準備を行い、それと並行して梓ちゃんと澄玲ちゃんがポトフを作ってくれたらしい。
「あ、釣れたっすか?」
紬ちゃんが無邪気に自分の心を抉ってくる。
他のメンバーは好調だったので良いと思うが、唯一ボウズの自分には厳しい言葉だった。
「うん、色々釣れたから、夕食の準備をしようか。」
「向こうに七輪もあったから、そこで焼こうよ~。」
静流が準備を進めようとすると、野乃花ちゃんがその魚を捌く準備を始めながら、七輪のある所を教えてくれた。
自分と礼音は釣果が悪かったのもあり、七輪の火おこしを名乗り出た。
そんなこんなで、賑やかな雰囲気のまま、夕食の準備が進んでいった。
「そういえば、さっきの川向こうのは何だったんですか?」
朔弥に尋ねられたが、自分としても何があったかの確証はなかった。
陽向に話題を振ろうとしたが、陽向は先ほどのニジマスにかぶりついていて、それどころではなさそうだった。
「何か不穏な感じはあったんだが、確証は何もないから分からないとしか言えないな。」
少し悩ましい感じで考えていると、後ろから修さんに声をかけられた。
「このあたりは、色々といわくつきの場所もあるし、野生動物もいるからな。あまり気にしないことだ!」
相変わらずというか、今日も豪快で適当な人だった。
言われてみれば、折角楽しみに来ているのに悩んでばかりではもったいない。
一旦、先ほどの事は忘れて、今日のところは楽しむだけ楽しむことにした。
実はこの別荘、温泉施設まで併設されていた。
流石に男女別というわけにはいかなかったので、時間を分けて入ることになった。
待っている間も夜を楽しむためのボードゲームから、映画を見るためのスクリーンまで準備を進めていた。
そうして、一日目は夜更かしをしながら過ぎて行った。
ベッドに入ってから、先ほどの川向こうの件について少し思い出していた。
結が現れる時と少し似ている気もしたが、それにしては不安な感じがあった。
色々と考えても答えが出るはずもなく、一旦考えることを放棄して眠りに就いた。
—— 別荘の向こう側に、確かに何かがあった。
第41話「川霧」をお読みいただきありがとうございました。
今回はかなり“夏休み回”らしい空気を意識して書いてみました。
巨大ログハウス、渓流釣り、BBQ、温泉、夜更かし。
青春イベントを詰め込みながらも、
少しずつ不穏な空気を混ぜています。
特に今回は、
「結の時とは違う違和感」
を意識して描写しました。
楽しいはずなのに、
どこか空気が冷たい。
そんな感覚が伝わっていたら嬉しいです。
そして、境の釣果については……
まあ、理論値では釣れていたので大丈夫です。




