異質
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は静流視点のお話になります。
賑やかな日常の一幕――釣り回……のはずだったのですが、
どうやらそれだけでは終わらないようです。
“気づくかどうか”
その差が、少しずつ広がり始めています。
どうぞお楽しみください。
「静流、明日は空いてるか?」
夕食の時に、唐突に父から言われて翌日の予定を確認した。
いつもながら、思い付きで話をしてくるので、このやり取りにも慣れていた。
「特に予定はないけど…?」
「なら、ちょっと釣りに付き合ってくれ。」
これもいつもの事だった。
結構早い時間から船を置いているところに向かうので、夕食時に伝えてくれるのは正直助かっている。
先日の遠征からこちら、考えることが多くて、色々と緊張が続いている状態だった。
そんな中、今日は陽向から、まさかの恋愛相談を受ける羽目になってしまったので、更に精神的に疲弊していた。
疲弊というか、そんなことで悩むんじゃないよって感じで、少し呆れる感じになってしまった。
みんな知ってるよって、ハッキリ言いなさいって思ってるよって言いそうになったが、少しソフトに伝えておいた。
そんなことがあり、釣りに誘ってもらえたのは有難かった。
その日は早めに休んで、翌朝早くから父のクルーザーを置いているマリーナに向かった。
早いとはいえ日が昇る前とかではなく、朝のニュースが始まるくらいの時間に出発した感じだ。
目的地までの運転も父がしてくれた。自分で運転する方が落ち着くらしく、お酒が入っていないときは大体運転してくれる。
「今日は風見も来るからなー。」
運転しながら、軽く今日の予定と参加メンバーの話をされた。
父が風見という時は、野乃花ちゃんの父親の悠真さんを指している。
悠真さんは、仕事は全然違うジャンルだが、性格は似ているのか、二人で豪快に笑っている姿が印象に残っている。
「わかった。母さんも一緒に釣るの?」
「いえ、私はマリーナのカフェで待ってるわよ。ひよりちゃんも来るだろうから。」
ひよりちゃんと呼ばれたのは、野乃花ちゃんの母親で悠真さんの奥さんの事だ。
野乃花ちゃんの家族は長女の野乃花ちゃんを筆頭に、次女の美羽ちゃん、長男の湊君、次男の悠斗君という四兄弟がいる。
両親ともに来るということは、四兄弟も全員来る算段が高い。
「ということは、風見家も全員来る感じ?」
「そうだな。」
案の定だった。
ということは、船から釣りをするのは父と俺、悠真さんに、四兄弟が交代しながらという感じだろう。
なかなか四人とも来ることは少ないので、いい機会なのかもしれないなと思った。
しばらくして、まだ日の浅い状態のマリーナに到着した。
今日は仕事用のハイエースに釣り具を大量に積んできていたので、それをクルーザーに積み替え始める。
釣り具の数が多かったので、何種類狙うのかと思っていたが、参加者を聞いてこの数にも納得できた。
一通り積み終わると、両親と一緒にマリーナの中にあるカフェに顔を出した。
「おー、静流君は久々だね。修君と恵さんも元気そうで。」
マリーナのカフェに立っていたマスターが、こちらの顔を見てご機嫌そうに言った。
こういったところなので、頻繁に来ることができるわけではないので、こういったタイミングで元気な顔が見れるのがいいらしい。
頼むメニューもいつも同じものなので、注文する前にそれぞれに合わせた飲み物を出してくれた。
「今日は悠真君のところも来るんだって?」
「そうなんだよ。久々にみんなで釣りに行こうって話になってな。」
「大人数ってのも楽しいぞー、今日は潮目もいいから、楽しんでおいで。」
そう言いながら、コピー用紙に印刷した、最近の釣果や傾向をまとめたチラシのようなものを持ってきた。
「やっぱり今の時期はアジがよさそうだな。静流なら船上でも捌けるだろ?」
「アジくらいなら、薄造りにしろとかじゃなきゃ大丈夫だよ。」
いつも通りというか、釣った魚の一部をその場で捌いて食べてしまう予定のようだ。
電子レンジも装備されているので、お昼ご飯までは船上で済ませてしまうつもりなのだろう。
そんな話をしていると、風見家ご一行が登場した。
「おう、修に恵さんもご無沙汰、今日は静流君も来てるんだね。」
「はい、ご無沙汰してます。」
年度末、年度始めがあったので、父の仕事も忙しく、釣りも久々だとのことだ。
母とひよりさんはカフェに残った状態で、他のメンバーはクルーザーに乗り込み始めた。
やはりと言うか、若い衆はみんな眠そうで、乗るなりすぐに二度寝を始めていた。
「静流くんも、やっぱりいたんだねー。」
「そうだね。野乃花ちゃんも釣りは久々なんじゃない?」
「そだよー、なかなかタイミング合わせるの難しいよね~。」
そんな取り留めもない会話をしているうちに、最初のポイントについたらしく、父達が釣り具を持って来た。
まずは若者を起こして、キャビンで朝食を摂ってからにしようという話になった。
やはり育ち盛りの中高生達はなかなか起きず、全員が揃う頃には待ちきれない父たちは釣りを始めていた。
「姉さん、静流さん、おはようございます。」
「ああ、おはよう、美羽ちゃんも元気してた?」
「はい、相変わらずなんですけどね。」
そう言いつつ、ズボンのすそをめくって見せてきた脛のところには青痣ができていた。
「あー、相変わらず、色んなところにぶつけているんだね。」
「はい、女の子なんですけど、痣が絶えない感じで…」
「まぁ、服で隠れるところで良かったと思うよ。」
野乃花ちゃんと美羽ちゃんは昔から天然さんと言われるやつで、何もないところでこけたり、考え事をしてタンスにあたるなどというベタなトラブルが多い。
逆に、弟二人は年齢よりも大人びている感じで、特に末っ子の悠斗君は大人顔負けと言った発言をしてくるイメージがある。
「おはよー、静流兄さん。」
「兄さん、おはよう。」
「ちょ、何言ってるの二人とも~。」
珍しく野乃花ちゃんが慌てていた。いつものんびりしているので、ある意味レアな瞬間かなと思った。
「おはよう、二人とも元気そうで何よりだよ。」
「あのぅ、二人とも兄さんって呼んでるんだけど、気にしてないんですか?」
「え、ああ、美羽ちゃんも呼びやすい方でいいよ。」
「じゃあ、私も兄さん呼びで…」
「いいよいいよ、俺、一人っ子だから弟妹欲しかったしね。」
これまでも男子二人は、何の気なしに兄貴扱いしてくれていたので変わりないけど、美羽ちゃんもそうだったんだなと改めて思った。
この様子に赤面しながら慌てている野乃花ちゃんを見て少し可愛いなというような、嬉しいような感情が湧いていた。
みんなで簡単に食事を摂って、それぞれに釣りを始める。
キャビンの上と、後ろに釣りができるスペースがあるので、父親二人と湊君がキャビンの上から、他のメンバーは後ろで釣りを始めた。
ほどなくして、キャビン後ろのメンバーの竿にアジなどが当たり始めた。
そこから少し間をおいてイワシが釣れ始める。どうもいい具合に群れにあたったようだった。
キャビンの上の方からも歓声が聞こえてくる。どうやら湊君が大型のシーバスを釣り上げたみたいだった。
「今日は好調だね。」
「そだねー、これだけ釣れたら、今日の晩御飯はお魚まみれになるね。」
釣果に上機嫌なのか、野乃花ちゃんも美羽ちゃん、悠斗君も多弁だった。
個人的には、アジもイワシも刺身にして出せそうだったので、今から楽しみだ。
「うぉっ、何だこいつ?!」
キャビンの上から父たちの声がする。
少し気になったので、確認するために皆で上に上がった。
「どうした?」
「ああ、静流、この魚知ってるか?」
少し大ぶりな、黒い魚が釣り上げられれていた。
大きな目に、黒い体ということは恐らくは深海魚が引っかかったんだと思った。
「多分だけど、深海魚じゃないかな。」
「わ、こっちもだ!」
湊君がシーバスだと思って釣り上げた魚も、大きな目を持ったいびつな魚だった。
これも恐らく深海魚だ。
どちらも、その瞳がそこにあるものを映しているようには見えなかった。
「深海魚ってそんなに簡単に釣れるものじゃないよね?」
「そうだね、網に引っかかるというのは聞くけど、続けて竿にかかるって聞いたことが無いよ。」
悠斗君が疑問を正直に口にしてくれたおかげで、これが少し異常な事態だということを伝えることができた。
図鑑とかでよく見る深海魚の姿ではなかったが、特徴を見る限りは深海魚で間違いないと思う。
丁度キャビンの上から海面を見ることができたので、少し辺りを窺ってみた。
「静流くん、あの群れみたいなの、真ん中変じゃない…?」
野乃花ちゃんに言われて気が付いたが、先ほど当たったと思われるイワシの群れがうっすらと見えていた。
ただ、その中央だけが真っ暗で何も見えなかった。
海面から何も見通せない感じになっている。
ただ、そこに何かが吸い寄せられている感じでもなかったので、クルーザーに影響はないだろうと思った。
「たしかにおかしいと思うけど、一先ずは様子見でいいんじゃない?」
「静流くんがそう言うなら、多分大丈夫名だと思うけどー…」
少し不安そうな野乃花ちゃんに兄弟がフォローを入れてくれた。
「姉さん、兄さんの言う通り、何かあるなら船がもっと暴れてると思うよ。」
「そうそう、静流兄さんが、こういう判断で間違える事ってないでしょ?」
「確かにそうね~。」
二人のフォローのおかげで、野乃花ちゃんの不安も軽減されたようで、様子見に納得してもらえたようだった。
父親二人は俺たちのこのやり取りを見ているだけだったが、そこは大人、全員をキャビンに戻らせるように話をされた。
一先ず様子見ということと、既に大漁と言えるぐらい釣れていたこともあり、このままマリーナまで戻ろうかという話になり、父の運転でマリーナに向かった。
その帰り道、父と悠真さんと話をする時間ができたので、先日の遠征の事を含めて少し説明をした。
野乃花ちゃんから悠真さんに軽くは説明されていたので、その補足や考察を伝えることになった。
俺は全くそちらの感覚がない。霊感とか第六感とかいうものはあると思っているが、自分が体験したことは全くない。
なので、科学的なところや客観的に考察していることが多く、そのあたりの認識合わせみたいな会話になった。
「静流くんが言うなら確かだろうと思うから、今後も任せるよ。」
「そうだな、静流が考えてるならいい。ただ、時間のある時に状況は教えろよ。」
「ああ、分かってるよ。そのあたりは意識してるから。」
二人とも満足そうな表情をしていた。
次の言葉を聞いて、その満足そうな表情の意味を知ることになる。
「何かあったら静流くんが責任を取ってくれることだし、これは決まりだな。」
「おう、そこはしっかり言って聞かせておくから任せとけ。とはいえ、本人たち次第ではあるがな。」
そう、最初からこの組み合わせの大家族が成立するという前提で会話されていたのだった。
マリーナに戻ったら、丁度、母親たちも話がひと段落していたようで、席を立つところだった。
釣果を見て少し驚いていたが、カフェのマスターの好意で、キッチンを貸してもらえることになり、そのまま夕食ということになった。
クルーザーから見た魚群、続けて釣れた深海魚、間違いなく何かが起こっているというのは分かった。
ただ、それを説明するには、俺の経験値では不足しているのは確かだった。
だけど、境なら、陽向なら。
こんな時にも、きっと答えに近い何かを持ってきてくれる。
こういう時に、持つべきものは友人だなと改めて噛み締めていた。
—— 見えなくても、間違いなく何かがそこに居た。
38話「異質」、お読みいただきありがとうございました。
今回はこれまでの「承認」「境界」と続いた流れの中で、
少しだけ“違う角度”からの異変を描いてみました。
静流は他の二人と違い、
感情で突っ走るでもなく、重さを背負うでもなく、
「理解して判断する」立ち位置にいます。
そのため、あえて大きく動かさず、
“違和感のまま処理する”形にしています。
また、風見家との関係性も少し進みましたね。
兄さん呼びに対する静流の反応や、周囲の空気感も含めて、
今後の立ち位置に繋がっていく部分になっています。
そして――
海の上で見えた“異質なもの”。
まだ明確にはならないですが、
確実に何かが広がり始めています。
次から少し日常を挟みつつ、
いよいよ合宿編への導線に入っていく予定です。
引き続き、よろしくお願いいたします。




