表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/40

承認

向き合うべきものから、目を逸らさないこと。

それは簡単なようで、何よりも難しい選択です。


過去と、想いと、これから。

それぞれを受け止めた先にあるものとは――。


どうぞよろしくお願いいたします。


翌朝、陽向の家の客間で目を覚ました。

いつもは事務所の上にある部屋で適当に寝ることが多いので、広い部屋に布団を敷かれて眠ったのは久々で、とても良い睡眠だった。

そんな爽快感のある睡眠をとってから、改めて今日以降の予定を考えていた。


陽向にも勧められているので、真面目に検討する必要があるのだが、自分たち三人以外の親御さんに一度説明に行くべきだろうという話だ。

自分の場合は、まず、澪の両親に話をしに行くべきだろうという結論になっている。

ただ、過去に色々とあるので、今回のような話をしにくいところがあるので、少しプレッシャーを感じている。


色々考えると気が重くなって仕方なかったので、とりあえず布団を畳んで居間の方に向かった。

居間に向かう途中、陽向と澄さんに出会ったので、軽く挨拶を交わして一緒に居間に入った。

既に朝食が用意されているテーブルの定位置に着いている恒一さんとも、いつもの調子で挨拶を交わす。


「境くん、色々と事情は知っとるけど、ちゃんとしときや。」


短い言葉だったが、ここに来てちゃんと向かい合う必要があるということを改めて感じた。

ただ、恒一さんの雰囲気的に、構えるなと言うことも伝えようとしていたんだと思う。


「分かりました。次の週末にでも行ってみようと思います。」

「そうしとき。」

「せやね、その方が良いと思うわ。」


陽向の両親に説得されて、ようやく腹が括れた自分が少し情けなかった。

だが、それくらい自分にとっては重いものだった。


「境が澪ちゃんとこ行くんやったら、俺は真琴さんとこ顔出さんといかんかな?」

「陽向もハッキリしておいた方が良いんじゃないか?」


実は、陽向と真琴さんの関係性については、周りの方がじれったく感じている状況だ。

今のところ、お互い交際まで踏み切れず、仲のいい姉弟的な立ち位置のまま過ごしている。

ただ、お互いが良く想っているのは一目瞭然で、恋愛感情なしでもくっついてしまえと、周囲は思っていた。

恋愛よりも先に居心地や家族愛的な関係があってもいいだろうと、個人的に思っている。


後は静流の方だが、こちらは優先度と消去法で野乃花ちゃんのところだろう。

実は野乃花ちゃんの家族と静流は面識があるらしい。

というのも、静流の父親と野乃花ちゃんの父親が同級生で、釣り仲間でもあるらしい。

その影響で、釣りについて行ったときに会って話をする関係になったそうだ。

なので、こちらについてはさして心配することは無いと思っている。静流の性格もあることだし。


「ほな、俺も週末に真琴さんとこ行ってくるわ。」

「おう、ハッキリ言えるまで帰って来んでええぞ。」


陽向も腹をくくったようだったが、まさかの追い討ちに苦笑いしていた。

そうして、一先ず、それぞれの日常に戻った。


探偵業の方にも依頼が来ていたので、そちらも徐々に解決していき、単位取得のために講義も真面目に参加した。

仕事の方は、ほとんど失せ物と浮気調査で、その中で一件だけ、大学教授の浮気調査があったので、少し可笑しかった。

そうこうしているうちに、あっという間に週末を迎えた。


特に服装などに気を遣うことは無く、普段、出かける時と同じ出で立ちで澪の自宅に向かった。

澪の自宅までは歩くと少し遠く感じる。歩けなくはないが、バスなどを使う方が一般的だろう。

だが、今日は今回の話を伝えるにあたって、頭の中を整理するためにも歩いて向かった。


澪の自宅前についてインターホンを押す。もうここまで来くると却って落ち着いていた。

インターホンの向こうから声がすることは無く、澪が直接向かってきた。

天原家は三世帯で暮らしていることもあるのか、所謂豪邸というやつである。

澪が向かってくるのが見えても、少し待つくらいの距離があった。


「おはようございます。お待ちしてましたよ。」


そう言ってさわやかに微笑む。

澪の両親と会うのは随分久しぶりだが、澪としては両親と自分が合うということが嬉しいようだった。


澪に案内され、応接間に通される。

前に来た時も思ったが、まるで映画に出てくる名家の屋敷のようだった。

応接間のテーブルにあるソファを勧められ、そこに座りながら澪と両親を待つことにした。


「境さん、私の両親には簡単に話はしているんですが、きっかけなどは分からなかったので…」

「そうだな、そのあたりは俺と陽向くらいしかわからないから、ちゃんと説明する。」


今回のきっかけになった、喫茶店での出来事などは自分と陽向しか直面していないので、澪がわからないのは当然だった。

そのほかに、最近の講義の状況や、仕事の方の話をしていると、澪の両親が入ってきた。


「ご無沙汰しています。」


思わず立ち上がって、背筋を伸ばした。

特に緊張するような雰囲気で入ってきたわけではないのだが、自分の心の準備が完全じゃなかったのだろう。


「久しぶりだね、境くん。澪から色々聞いているよ。」


先に声をかけてくれたのは、父の景一(けいいち)さんだった。

流石、澪の父親だなという雰囲気で挨拶を返してくれた。

その表情からは、過去のしこりのようなものは感じられなかった。


「元気そうで良かったわ…、最近は梓からもあなたの話題が出るようになったのよ。」

「はい、先日は色々協力してもらって、助かりました。」


続いて、母の真由(まゆ)さんからも話を振ってもらえた。

陽向から、彼女の活躍についても聞いていたので、正直に助かった旨を伝えた。

お二人とも、この大病院の医師と看護師をされており、


「じゃあ、話を聞かせてもらえるかな。澪の話と擦り合わせもしたいのでね。」


そう言われて、今回の事の経緯を話し始めた。

想定してた通り、事の始まりについては、澪から伝えられていなかった。

事の始まりと、そこから澪に貰ったアドバイスや、梓ちゃんを含めた遠征の話を事細かに伝えた。

澪の情報と少しズレはあったようだが、それは視点ごとにありうる話だと、景一さんは軽く笑ってくれた。


「なるほど、今回は澪がいないと、これ以上話は進まないということだね。」

「はい、色々とご心配をおかけしますが…」


そこまで言いかけて、景一さんがそうではないという視線を送ってきた。

真由さんも次の句を待っている。


「境くん、凜の事は覚えているね。」

「はい、自分が忘れるなんてことはありません。」


やはり話を出されてしまった。

もう五年も経ったのだ。

今でもはっきり覚えている、あの時の事、あの時の感触を。


「私たちはそのことを責める気はない。一切ね。」

「はい…」


いっそ責めてもらった方が気が楽だと思うが、それは自分の逃げだろう。


「景一さん、それくらいにしましょう。」


真由さんが景一さんの言葉を遮り、一息ついてこちらを向いた。


「私たちには責める資格はないもの、当然よ…。ただ、今回も相当危険なんじゃないかしら?」

「ええ、ただ、もう二の轍は踏まないと約束します。」


強い意志と共に、真由さん、景一さんを見据えて伝えた。

もう、あんな思いはたくさんだし、誰にもしてもらいたくない。

強い言葉が脆く聞こえることもあるだろうが、その脆さを許容しないという意思を込めて伝えた。

しばらく視線を合わせたまま沈黙が続いた。


「そうか…、境君がそこまで言うのであれば信用できるだろう。」

「だけど、澪はどうなの?」


景一さんの中では昇華されたと思ったら、真由さんが矛先を澪に変えた。

自分はどういう意味で言ったのか推し量りかねていたが、澪には伝わっているようだった。


「私は私の意志でここに居ます。姉さんのことも、境さんのことも、全部分かった上で、です。」

「そう、あなたは、もう決めているのね…。」


真由さんが厳しい視線を崩し、一転、母親らしい優しい表情に変わった。

それだけ澪の言葉には強い気持ちが乗っていたと思う。

自分も、あれほど強い澪を見たのは初めてだろう。


「わかったわ、あなたはあなたの想いを信じて行きなさい。」


そこまで話をすると、景一さんと真由さんの雰囲気が一気に崩れた。

静かな迫力があった二人だったが、一気に澪の両親で、自分を歓迎してくれいてる両親という雰囲気に変わった。

あらかじめ準備していたのだろう、応接室の冷蔵庫からケーキまで取り出してきた。


「境くんも知っての通り、私も大の甘党でね。」

「変わりませんねぇ。奥さんに怒られますよ。」


そう言って二人で笑ってしまった。さっきまでの反動だろう。

医師がケーキを食べて、血糖値がピンチなんてことになったら目も当てられないと、真由さんに起こられる絵が見えた気がした。

だが、今日は特別ということで、ケーキを楽しむことを許された。カットケーキで二つまでという条件付きだが。


その後、梓ちゃんが帰ってきてから、自分を含めた五人で夕食を摂りに出かけることになった。

夕食時に色々話をしたが、結論的には、今回の事件にかかわることも全て自分に任せるという事らしい。

それだけの信頼を置かれているということはうれしくもあり、責任として重くのしかかってもいた。


夕食後、流石に女の子の家に泊まるのは色々とまずいという話をしていると、景一さんに、一晩だけ話に付き合ってほしいと言われた。

色々と話をしたいことも、聞きたいこともあるので、話に付き合うことにした。

翌日は日曜日で非番だということもあってか、秘蔵の洋酒を出してきたので、それを片手に朝まで語り合った。


—— 今ここに居ない彼女が、安心したように微笑んだように感じた。

第36話「承認」をお読みいただきありがとうございました。


今回は、澪の家族と向き合う回となりました。

過去にあった出来事、そして今の関係性。


全てを理解した上で、それでも任せるという選択。

それは“許し”ではなく、“託す”という形の承認だったのだと思います。


澪の覚悟、境の決意。

それぞれが自分の立場で答えを出した回でもありました。


物語としては一度静かに落ち着きましたが、

この先に待つものは、さらに大きな流れへと繋がっていきます。


次回以降も、引き続きよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ