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予兆

少しずつ、形になり始めたもの。

けれど、それはまだ“答え”ではありません。


見えてきたのは、ほんの一端。

そしてその裏側では、確実に何かが動き始めています。


どうぞよろしくお願いいたします。


「どうしたの、境?」

「忙しいところ悪い、ちょっと色々教えてほしいことがあるんだ。」


母は恐らく仕事中なのだろう、後ろから聞こえてくる声が慌ただしそうだった。

考古学の教授でフィールドワークが好きな関係で、頻繁に出張に出ている。

その関係か、後ろから聞こえてくる声は日本語には聞こえなかった。


「珍しいわね。今は手が空いてるからしばらく大丈夫よ。」

「助かる。お袋の周りで、最近祟りとか超常現象みたいなのが頻発しているなんてことはないか?」

「祟り…と言われると祟りなのかもしれないけど、発掘調査中の事故が頻発しているのは聞いているわね。」


言葉の最期に少し濁りがあったと思っていたら、矢継ぎ早に訂正された。


「事故……って言うより、説明のつかないことが増えてるわね。」


祟り、事故という表現が適しているかどうかというところに引っかかったみたいだが、それらしき、説明できないものが増えているようだった。

仕事柄、普段からそういった現象には遭遇しているらしいのだが、それにしても多いということだろう。


「それがどうかした?」

「いや、陽向たちと複数人でよくわからない状況になっていて…」

「なるほどね、父さんにも連絡を取った方が良いと思うわよ。」


母から“父に連絡を”と言われるとは思っていなかった。

お互いに忙しいのは分かっているので、母から父、父から母への連絡を促すということはあまりなかった。

以前に一度だけあったが、それは、目の前にもっと深刻な状況があったからだ。

今回はそこまで逼迫しているとは思えなかったので、正直面くらっていた。


「黙ったわね。詳細は分からないけど、“他の世界”とかって話を聞いたんじゃないの?」

「…っ!?」


完全に言葉に詰まってしまった。

確かに昔から鋭い母だった。第六感なんて言葉を素直に受け取れるくらいに。

しかし、ここまで直接的な表現をされると、全て見られてているのではないかとさえ思う。


「恒一さんから聞いたとかって話じゃないよな?」

「当たり前でしょ。あの人から連絡が来るなんて余程の事でしょうし。」


自分の両親と陽向の両親、静流の両親は交流があった。

長く一緒につるんでいるので、自然とお互いの家にお邪魔することが多く、アウトドアが好きな静流の父に誘われて出かけたりする。

しかし、重要な話については時間を作って膝を突き合わせることを重要視している部分があり、簡単に連絡することは無い。

ということは、今のところは自分の両親も、陽向の両親も、そこまで重要視していないということだろう。


「母さんも、仕事柄そういったことは色々と見聞きするのよ。ただ、父さんの方が詳しいから、父さんに連絡を取りなさい。」

「…わかった、さっき連絡はしたんだけど繋がらなかったから、もう一度出直してみる。」

「そうしなさい。ただ、本当に困ったらもう一度電話してきなさい。私は取れるようにしておくわ。」


そう言って通話を終えた。

母の言い方からして、自身もある程度の話はできるが、細かいところの説明ができないということを言っているのだろう。

そういったところは、変態的な技術屋でもある父の方が、理路整然と説明してくれるのは間違いない。


それにしても心臓に悪い母だなと思いながら、冷蔵庫から残っていた酒を取り出した。

落ち着くのに飲酒というのは褒められたものではないが、今はそうでもしないと落ち着けそうになかった。

そんな中、急にコール音が鳴り、座ったまま少し飛び上がってしまった。

コールの名前を見てホッとする。


「陽向よ…心臓に悪い…。」

「どないしてん?えらい疲れてるけども?」


陽向にしてみたら“藪から棒に”と言った感じだろう。

そう思われても仕方がないと思いつつ、今の状態だと思わず口を突いて出るもの致し方ないだろうと思った。


「いや、一寸な、明日にでも説明する。で、何かあったか?」

「せやせや、オトンが明日でも大丈夫言うてるから、明日、ウチまで来れるか?」

「わかった、朝一でも大丈夫か?」

「構わんで。どうせ早朝から境内の掃除とかやってるやろから。」


そんな話の後、ちょっとした雑談をして話を終えた。

恒一さんに色々と聞いてみて、陽向とも相談して今後の動向を決めて行こうと思いながら寝床に入った。

いつも机に置いていた指輪がないと、なんだか少し寂しい気もしながら眠りに就いた。


翌朝、陽向の自宅である神社まで徒歩で向かっていった。

車やバイクを出すほどの距離でもないと思ったし、少し考えを整理するためにも歩くことにした。

歩きながらあたりの様子を見ると、いつも通りの風景だった。

“隣の世界”なんてものがあるなんて、今でも半信半疑になるくらいに平和だ。

それについて、今日は話を聞こうと、改めて心に決めながら向かっていった。


陽向の家に着くと、鳥居の少し向こうの方で陽向と恒一さんが立ち話をしていた。

掃除の方はひと段落したようで、掃除道具は手にしていなかった。


「おはようございます。」

「おはよう、陽向からざっくり話は聞いてるよ。」


昨日、陽向から電話があったときには、既に説明はされていたのだろう。

だからこそ、昨日の今日といったスケジュールでも受け入れてくれたんだと思う。

挨拶もそこそこに居間に通してもらうと、澄さんがお茶を準備してくれていた。


「いつもすいません。」

「ええんよ。うちの陽向も迷惑かけてるやろうし。」


そう言いながら横目で陽向を見ている。

澄さんは気遣いの人であり、かつ、厳しい母親でもあるのはよく存じていた。


「ほな、境君の話も聞いとこか。」


そう言うと、自分から一連の話を説明するように促されたので、先日の遠征から昨日の出来事までを説明した。

陽向から聞いた内容と照合している感じだったが、大筋では同じだったからだろう、最後まで静かに聞いてもらえた。

その後、湯飲みのお茶をあおってから、ゆっくりと口を開いた。


「うちの考えでは、“他の世界”というもんは否定せぇへんねん。」

「それは神道というものでということですか?」

「いや、うちの家伝みたいなもんや。自分らのおる世界と同じようなもんが他にあって然るべきやと考えとる。」


恒一さんの言葉に少し驚いた。

色んなものを許容する人なので、存在を否定しない程度のことは想像していたが、然るべきとまで言っていた。

それも、家伝として考え方が伝わっているということは、昔からそう考えているということだろう。


「詳しく教えてもらえますか?」

「陽向、うちの爺様に、呼ばれとるんやんな?」


思わぬ肩透かしを食らったようだった。話の方向を陽向の方に振り替えられたのだ。

以前に陽向の祖父とはあったことがあるが、あの人も独特な雰囲気を持った人だった記憶がある。


「せや、勉強会や言うてたから、合宿させるんやろ。」

「そうか、せやったら、その辺の詳しいとこは爺様に叩き込まれる思うわ。」


にこやかに言ってくる恒一さんの言葉に、乾いた笑いを返すのが精いっぱいだった。

陽向もその意味を分かっているのか、ひきつった笑顔を浮かべているのが見えた。


「とはいえ、夏休みの話やろうから、それまでは普通に過ごしとき。単位落とさんようにな。」


そう言って豪快に笑っていた。

確かにおっしゃる通り、学業以外に集中しすぎて単位を落としていたら世話がない。

そのあたりを的確についてくるのも、恒一さんらしいなと思った。


これで大体の方針は決まったと思う。

結局は、陽向の祖父に言われた勉強会に参加するまでは日常を過ごすことになった。

折角なので、その間の休暇に色々と人にあっておくのも一つだと思い、陽向ともその話をしておいた。


その後、澪に指輪を譲ったことを陽向から聞いたのか、恒一さんと澄さんの質問攻めに遭った。

わざわざ昼食や夕食まで準備してもらったのは嬉しかったが、結構な恥ずかしさだった。

その日は、恒一さんに酒を勧められたのもあり、そのまま陽向の家に泊まらせてもらうことにした。


—— 色々な人が、自分を待ち受けている事に、今はまだ気づいていなかった。

第35話「予兆」をお読みいただきありがとうございました。


今回は大きな出来事こそ起きていませんが、

世界のあちこちで起き始めている“異変の気配”が少しずつ見えてきました。


境の母を通じて示された外側の動き。

そして、陽向の家で語られた「他の世界」という考え方。


これまで個人的な出来事として捉えていたものが、

より広い領域へと繋がっていく兆しが現れています。


そしてラストにかけて、物語はまた新たな方向へ――。


次回以降、それぞれの家族や背景にも触れながら、

さらに物語は広がっていく予定です。


今後ともよろしくお願いいたします。


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