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分岐

陽向編、熊野パートに入りました。


これまでの場所とは少し違い、

今回は“道”そのものがテーマになっています。


進むか、戻るか。

どちらを選ぶのか。


そんな分かれ道の話です。


翌朝、少し早めに起きて居間に来ていた。

祖父が一番先に起きているのは、普段の習慣で分かっていたからだ。

祖父と二人で話がしたいのであれば、早朝が一番都合が良かった。


「爺ちゃん、今回の目的地なんやけど。」

「おう、あとどれくらいあるねん?」

「あと、二か所やねん。」


今回の計画を近くにあったメモに書いて説明した。

うち、大神神社、伊勢神宮は既に確認しているので、残っているのは熊野、大台ケ原の二か所だった。

元々の予定だと、今日は熊野に行くことになっていた。


「熊野かぁ…ちょっと爺ちゃんと二人で行ってみるか?」

「え?女性陣どうするのん?」

「そっちは婆ちゃんに任せといたらええわ。ちょっとやりたいこともあったみたいやし。」


そう言えば、昨日、温泉で休憩しているときにシークルのパンフレットを渡していたな…。

何をしたいのかは大体見えてきたので、祖父の提案に乗っておくことにした。

昨日、女性陣には負担をかけたと思うので、一日くらいリフレッシュしてもバチは当たらない。


「わかった、ほな、すぐにでも行こか?」

「よっしゃ、爺ちゃんは準備万端や。」


そう言って、後ろからリュックを取り出していた。

目的地はわからなくても、歩くだろうことを想定していたのだろう。

相も変わらず鋭い爺様だと思った。


祖母に事情を説明して、女性陣のリフレッシュもお願いしてから出発した。

グループチャットの方にサイレントで状況説明のチャットを送っておいた。

きっと、それくらいの説明をしておかないと、後で姐さんに大変な目にあわされると思ったからだ。


出発してから山の方に向かっていった。

山越えをしながら熊野まで向かう予定にしている。

こっちの峠道は、先輩に散々連れてこられていたので、全ルートを覚えていると言ってもいい。

もっと単純なルートもあったのだが、単純な道だと眠くなりそうなので山越えすることにした。


「コーヒーは買うてあるからな。」


祖父がリュックからペットボトルのコーヒーを取り出した。

缶コーヒーを選んでいないあたり、年齢を考えると柔軟なタイプだなと思う。

缶だと揺れでこぼれる可能性も否定できないので、それだけでもありがたかった。


地元の山を越え、高野山の方に入っていく。

流石、宗教的にも立ち位置が非常に強いエリアなだけあって、進むにつれて圧力のようなものを感じた。

実際に何かがあるわけではないが、精神的に圧力を感じている、というのが正しいだろう。


「陽向よ、このあたりはどないや?」

「何ちゅうか、威圧感を感じるエリアやなぁ。」

「せやな、まぁ、及第点や。」


祖父は何か考えがあるようだったが、俺の回答にある程度納得したようだった。

期待されたレベルの回答はできたと解釈していいんだと思う。


「弘法さんは、まだ瞑想しとるっちゅうのが、どういうことか考えてみぃ。」


普通に考えると、まだ生きているというわけではないと思う。

宗教的な意味合いで、生きているという解釈がされているのだろう。

前に何かの読み物で「弥勒菩薩が来るまで」と言ったような話を見た覚えがあった。


となると、昨日の歪みのような何かがあるということだ。

相変わらず、祖父は俺には難しい問題を投げかけてくるなと思った。

と同時に、“まだ瞑想しとる”というところを考えると、これも歪みだと思った。

時間軸が、俺たちが生活している時間軸と別になっているように思えた。


そうこうしているうちに、山深部に進んでいき、少しずつ霧のようなものも見えるようになってきた。

少し気を付けて走行していると、すぐに目的の駐車場が見つかった。


「ここから歩きやけど、爺ちゃんは大丈夫…やわなぁ…」

「当然やろ!何やったら陽向よりワシの方が早いと思うで。」


どういう意味で速いのだろうと思いながら、熊野古道を進み始めた。


当然、古道なので、今どきの道のように舗装されておらず、登山に慣れていなければ少し辛いだろう。

しかし、祖父はそんな道をひょいひょいと軽々進んでいく。

先ほどの言葉の通り、俺よりも祖父の方が歩みが軽かった。


所謂モデルコースを歩いていたのだが、その途中で見知らぬ分かれ道に出会った。

恐らく本来のモデルコースであろう道は、ある程度ではあるが、踏み固められていて歩きやすそうだった。

逆に、もう一方の道は、歩くことを前提とされている感じではなく、古道よりももっと昔に使われていたのだろうかといった感じだ。

明らかに人が使っていないであろうことは分かった。


「爺ちゃん、こっちやんな?」

「ワシに聞いてどうすんねん。そんなん勢いで行くんや。」


笑いながら判断をぶん投げられた。

確かに言う通りではある。爺ちゃんが企画したものではないので、企画者に近い自分が判断するのは当然だろう。

そして、そのちゃんと整備されていない側の道に入っていった。

ちょうど夕方にかかっていたので、少し霧や靄のようなものが浮かんできた。

それから10分も歩かずして、古い、苔むした祠が見えてきた。


「えらい古い社やけど、崩れたりとかはないな。」

「せやな。手入れはあまりされてないみたいやけども、これくらいなら綺麗になるやろ。」


そう言ってリュックから、神社のお社を清掃するためのキットを取り出した。

ものの5分とせずに、お社の全部が分かるくらいにきれいになった。

綺麗になって、すぐの事だった。

——空気が、少しだけ変わった。

いつもの灯篭のような灯りが見え始めた。


「まさか、こんなところに来るんか?指輪も持ってへんで…」


いつもと違うのは、少女の姿が見えない事だった。

少女だけではない、人の姿が全く見えない。しかし、明らかな歪みが発生していた。


「爺ちゃん、これ何や…?」

「ワシより、陽向の方が知っとるやろ。」


まただ、やはり祖父は何かを知っているのは間違いないと思う。

ただ、その答えを導くのは、俺の役目だということのようだった。


一見、いつもと同じ現象に、少女の姿がないだけのモノに思える。

しかし、よくよく考えると、前とは違い、何かが近づいてくるような感じはなかった。

その社の横に、灯篭がある“はずの場所”だけが、そこに見えているようだった。


「もしかして、ここにあるっちゅうことか…?」

「せや、あるんや。古道で出会えるのはこれくらいやろ。」


そういうと、お社に挨拶をして、その場を後にした。

事象が発生している最中にもかかわらずだ。

とはいえ、祖父の行動なので、特に問題にはならない行動なのだろう。

踵を返した祖父を追いかけるような形で自分も戻っていった。


「陽向、色々聞きたいやろうけど、それは明日か明後日にしよか。」

「わかった。その時になったらいろいろ分かるっちゅうねやろ?」

「せや。今、ワシが話をしても意味あらへんでな。」


祖父のこういった行動は昔から変わっていない。

そして、その言い分を考えると、次の目的地に訪れてから色々と分かるということだろう。

色々と雑談しながら、車に戻ってきてみると、ほとんど日は沈んでいた。


「爺ちゃん、晩飯どうするよ?」

「魚やな。今日こそは魚食いたいわ~。」


そうだ、祖父は大の魚好きだった。

それも焼き魚、煮魚、刺身と何でも来いだった。

特に刺身が好きなので、白浜の方を回って帰ろうとした。


「魚はの、夜の方が見えるもんもあるんや。」


よく分からない格言を放たれた。

白浜の市場に行ってみたが、案の定閉店していたので、他の店を探して何とかありつけた。

探してと言っても、祖父が色々な事を知っていて、案内してもらっただけなのだが。


その後、色々な魚を食べてご満悦と言った状況で帰路に就いた。

女性陣に、今日の食事内容がばれると怒られそうなので、祖父と二人の秘密にしておくことにした。

今度、みんな揃っているときとかに、市場の方に買いに行くのが良いだろう…


帰りの道中、今日の現象について振り返っていた。

今までとは違って「そこにある」と言うだけだった。

そこにあるのは、歪みが見える道と、何もない普通の古道だった。


—— あそこに入っていったら、何かわかったとかちゃうやろな…

「分岐」、いかがだったでしょうか。


今回は、はっきりとした出来事が起きたわけではありませんが、

“そこにある”ものに対して、どう向き合うかを意識して書いてみました。


入ることもできた。

けれど、入らなかった。


その選択が正しかったのかどうかは、まだ分かりません。


ただ、この時の判断が、これから先にどう繋がっていくのか。

少しずつ見えてくるはずです。


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