錯視
陽向編、伊勢パートに入りました。
今回は伊勢神宮へ。
言葉で説明するまでもなく、日本の中でも特別な場所の一つです。
……ただ、こういう場所ほど、見えているものが本当に正しいのかは分からないのかもしれません。
—— 普段だらけとるから、早起きは辛いなぁ…
翌朝、寝不足というほど寝ていないわけではないが、少し早起きしたので辛さを感じた。
先日の大神神社よりも遠く、お伊勢さんに行くことになっているので、早めに起きる必要があったから余計だ。
大神神社の時のように山越えをするルートもあるが、今日は普通の道を使う予定にしていた。
調べてみたら、そちらの方が早く到着するからだ。
「伊勢神宮というと、関東でも有名なところよね。」
「せやね、神道的な意味もそうやけど、建築的にもおもろいし、赤福なんかも有名やね。」
伊勢神宮というと、確かに神道での意味合いも大きなものだけど、観光地としても有名だ。
正直なところ、神宮よりも、赤福本店の方がお目当てだったりする。
「松阪とかも近いですよね?」
意外なところから松阪の名前が出た。
どうしても牛肉のイメージがあるので、男性陣から名前が出るイメージがある。
「お、焼肉、行きたいん?」
「はい!…でもお高いんですよね?」
「お値段相応かも知れんけど、色々あるから、安いところも覗いてみよか。」
実は友人が近くの大学に通っていることもあって、リーズナブルに食べられるところに心当たりがあった。
そんな話の流れから、一通りのルートが決まったなと思いつつ、出発の準備をしていた。
「おいよー、陽向よーい。」
祖父が居間の方から呼んでいた。
今日は帰りが遅くなることは伝えていたので、何かその関係かと思い居間に向かった。
「どないしたん?」
「今日はお伊勢参りけ?」
思わず頭の上にハテナが浮かんだ。
特に祖父母に伝えた記憶はないので、一瞬戸惑ってしまった。
が、いつもの爺ちゃんだな、と思いなおしてそれを肯定した。
「何かお使いか?赤福やったらちゃんと買うてくるで。」
「いやいや、今日はワシらも着いて行って構へんか?」
「おん?どういうこっちゃ?」
祖父は頭を掻きながら歯をむいて笑って見せた。
何か思惑はあるんだろうが、そこは聞くなというサインだ。
あまり重くとらえることではなさそうだが、連れて行った方が良い気がした。
少し玄関側に戻って、二人に祖父母が同行したいと言っている旨を伝えると、二人とも快諾してくれた。
どうも、昨日は祖母と一緒にお風呂に入ったらしく、その際に一気に距離が縮まったということだった。
それもあり、祖父母が同行する道中も楽しそうだと思ったらしい。
幸い5人乗りの車なので、全員載せることもできるのだが、祖父の車を借りることになった。
某メーカーの高級ミニバンなので、5人であれば余裕のある移動になるということで、祖父から勧められた。
「人数が乗るときは、こういうのが良いわよねぇ。」
姐さんがしみじみと言った。
姐さん自身もミニバンを運転するのだが、色々と装備が付いているとウキウキするらしい。
快適性も大事だなと、こんなタイミングで身に染みてしまった。
全員が乗り込んでから移動をはじめ、昼頃に神宮前の駐車場に到着した。
先に昼を摂っても良かったのだが、祖父がお参りを優先にと言うので、お参りに行ってから買い物などに行くことにした。
宇治橋を渡り、色々な社を見ながら皇大神宮に向かう。
やはり、本家本元と言える皇大神宮に行ってみるのが、今回の目的としても一番しっくりくると思った。
皇大神宮に近付くほど、輝きというか、神気のようなものを感じるようになってきていた。
「流石ねぇ…」
姐さんも語彙力がなくなるほどの威厳を感じる場所だった。
御祭神を考えても当然ではあるとは思うのだが、実際に感じるのはまた格別だった。
「相変わらず、ええとこやのう…」
「ほんまに、癒されるわ~…」
日光浴をする老夫婦のような感じになっているが、お互い神社の関係者で、そういったものを感じる人なので言葉と雰囲気が一致しない。
全然知らない人が見ると、単なる老夫婦だと思うが、少なくとも俺にはそう見えなかった。
その一方で、梓ちゃんが微妙な表情をしていた。
威厳や、神聖な雰囲気を感じてはいるようなのだが、色々な感情が入り混じっているようにも見える。
昨日の一件もあるので、少し警戒しながら梓ちゃんに聞いてみることにした。
「梓ちゃん、何かあるか?」
「いえ、何も見えませんし、厳かな雰囲気は感じているんですが、得体の知れないもどかしさがあるんです。」
本当に目まぐるしく表情が変わるように見える。
ハッキリと何かがあるわけではなく、気持ちが悪くなるような嫌な感じがあるわけでもない。
それでいて、何とは言えないものを感じているようだった。
社の向こう側や、周辺の木々の間などを見ているが、特に理由になりそうなものは見えない。
当然、先日の少女が現れるということでもなかった。
「森の合間に何か見えませんか…?」
「え?私には何も見えないけど?」
梓ちゃんの言葉に姐さんが反応する。俺も同じ感想だったのでそこに突っ込みを入れることはやめておいた。
森の合間とはっきり言っているので、そちらに何かないか目を凝らしてみるが、今日は何も見えなかった。
「陽向よ、お嬢ちゃんの言っとる意味をそのまま聞いたらあかんで。」
祖父がフォローに入った。
言葉をそのまま取るなということだと思う。
そう、あの少女が現れる時はいつも、そこにないはずのものが存在するようになっていたことを思い出した。
改めて森の合間に対して意識を集中する。
はじめのうちは何か全くわからなかったが、時間がたつにつれ理解できるようになってきた。
「あ、風景が歪んどる?!」
「はい、私にはそう見えます。」
ほんの少しずつだが、風景のところどころがズレているように見えていた。
意識しなければわからない程度、誤差と思っても仕方ないレベルのズレだった。
木の輪郭が、ほんのわずかだが、上の方と下の方で歪んで、繋がりのない形になっていた。
しかし、そこから何かが出てくるわけではなく、ズレだけがそこに存在していた。
見ているはずなのに、どこがズレているのかうまく追えない。
ただただ、気持ちの悪いものを見せられているという感覚に陥った。
「私にはいまいちわからないけど、二人には分かるのね?」
「はい、陽向さんにも分かってもらえたと思います。」
「まさか思たけど、こんなところにまで何か起こってるんやな…。」
件の少女の発見からここまで、結構な距離がある。
近くで影響が出ているとは言えなかった。
そもそも、現象が発生する理由は分かっていないが、少なくとも距離とは関係ないものということが分かった。
祖父が少し離れた所でこちらの様子を見ていた。
危険を感じていなかったのだろう、祖父母が手出しをするような様子は全くなかった。
ただ、そこで見守ってくれいてた。
—— 爺ちゃん、何を知ってるんや…
伊勢編前半となる今回は、「錯視」をテーマにしてみました。
はっきりとした異常が起きているわけではないのに、
どこかおかしい。
そんな感覚が少しでも伝わっていれば嬉しいです。
見えているはずなのに、正しく認識できない。
そのズレが、今後どう変化していくのか。
後編では、そのあたりも含めて、もう一段踏み込んでいきます。




