逡巡
陽向編、奈良パートに入りました。
今回は三輪明神へ。
関西にいると一度は聞く場所ですが、改めて訪れると、やはり少し空気が違う気がします。
……とはいえ、最初はいつも通りの観光のはずだったんですけどね。
「爺ちゃん、三輪明神って知っとる?」
今日の目的地に設定している神社について祖父に尋ねた。
長く神主をやっていることもあり、関西圏の神社には非常に詳しい。
「おお、あそこなぁ。」
当然知っていると言わんがばかりの表情だ。
知っていることを期待して聞いたから、そうでなくては困るのだが。
「山自体が神さんになっとる神社やな。古神道の類や。」
「ちょっと、今日行ってくるんやけど、気ぃ付けるとこある?」
昨日の“お祓いが増えている”というところが気にかかっていた。
歴史のある神社なだけに、そういった事象の影響元になっている可能性も考えた。
「いや、古い神社やけども、観光的な価値も高いでな。そこまで神経質にならんでもええよ。」
思ったより軽い回答が返ってきた。
肩透かしを食らった感じでコケかけたが、反面、安心できる言葉でもあった。
父や母よりも、祖父の方がそういった神霊的な感覚が鋭いのは幼少期に体感している。
「車で行くんか?」
「せやで、南阪奈の方から行く予定やわ。」
「爺ちゃんの友達が住んどるから、ちょっと寄って行ったって。」
そう言って、簡単な地図と住所を渡された。
住所を見る限り、和菓子屋さんみたいなので、土産に買って来いということだろう…。
祖母と一緒に、女性陣が居間に来た。
テーブルには朝食が準備されているので、みんなで朝食を摂る。
老夫婦としては、こういった日常がありがたいものらしい。
朝食を摂ってから、三輪明神の方に向かった。
道中、軽い峠道になるので、ちょっとはしゃぎたい気分だったが、女性二人を乗せているので控えておいた。
県境になる山を越え、目的地に近付いてくるにしたがって、少しだけ緊張感が増してきた。
神社の駐車場に車を停めて、神社の方に向かって歩いていく。
一番わかりやすい駐車場に停めたせいか、神社までそれなりの距離を歩いた。
二の鳥居をくぐると、街の中から急に神社らしい森の中に入っていく。
「思たより歩くなぁ…」
「陽向くん、最近運動不足なんじゃない?」
「そんなことないで、姐さんのチャリンコが速すぎるだけや。」
姐さんの乗る自転車は非常に速い。
ロードレーサーとかではなく、ママチャリというやつなのだが、めっぽう速い。
通学路での立ち漕ぎ目撃談が後を絶たず、一種の都市伝説になっている。
そんな姐さんの体力と同じにされるとは、ちょっと困ったものだ。
「すごく大きな神社なんですね。」
梓ちゃんがあたりを見回しながらつぶやく。
ある程度こういったところに慣れていないと、あっけにとられるのも仕方ない。
「奈良とか和歌山、京都いうと色々あるからなぁ。」
「それにしても、すごいところだと思うわよ。」
梓ちゃんがあっけにとられているのに対し、姐さんは色々な雰囲気を見て回っていた。
森林浴の一つと考えているのかもしれない。
若いはずだが、こういったところのデトックスにも造詣が深いのも姐さんらしさだ。
「さて、拝殿の方に行こか。」
主体となっている拝殿の方であれば、何かあるだろうと思いながら向かった。
観光地としても成り立っているが、あくまで神社だ。
それらしい雰囲気が漂っており、少しひんやりしているように感じた。
「なんだか、少し怖いですね…」
「そうね…何て言うか、ここがどこにあるのかわからなくなるわね…」
姐さんの言いたいことも少しわかる気がした。
神々の国みたいな雰囲気があり、実際の世界と異なるところに迷い込んだような気さえする。
梓ちゃんもそういったところを肌で感じたのだろう。
「せやな、流石の風格やわ。」
「向こうの方にある森に、何かいたりしないですよね…?」
「それは嫌よねぇ…」
姐さんが少し怖そうにしているのが珍しかったが、それよりも梓ちゃんの言葉が気になった。
拝殿の向こうに広がる森というか、山に何かいるような違和感を感じたように見える。
俺は家系の影響で、所謂、見えるはずのないものが見える系の人間だ。
だが、梓ちゃんの言っている何かが見えるような兆候はない。
「いや、待ってや…」
梓ちゃんの言葉が正しかったかのように、半透明の“影のようなもの”が、森の上に浮かんでいた。
形はあるはずなのに、うまく認識できない。
所謂、霊的なものであろうというのは分かったが、タイミングが良すぎる。
まるで梓ちゃんの言葉に呼応して現れたようだった。
——それが現れた瞬間、二人の顔色が変わった。
「陽向くん、なんだか少し気持ち悪くなってきた…」
「私も、少し頭痛が…」
二人とも、突然というか、あの半透明のやつが現れたと同じくして、体調不良を訴えてきた。
この拝殿に神気が満ちているから、この程度で済んでいるのだろう。
向こうの森に踏み込んで、対処するのも一つの手だとは思うのだが、二人を置いていけない。
「一旦、こっから引くで!」
二人を促して本殿から離れ、人通りのある道まで降りてきた。
…なんや、あいつ…?
霊的なものには間違いなかったが、今まで感じたことのない気持ちの悪さがあった。
体調というのではない、何と言うか腹のあたりが、ざわつく。
痛みじゃない。ただ、落ち着かない。
「陽向くんは大丈夫なの?」
「ほ?ああ、俺は何ともないで。」
姐さんに気遣われるが、体調面では問題なかったのでそのまま返してしまった。
よく考えると、気持ち悪さが顔に出ていたのかもしれない。
さっきの場所を振り返ってみると、既に消えていた。
——いや、本当に消えたんか…?
そう、疑問もわいてきたが、折角なので周辺の他の社も一通り回ることにした。
何だかんだ、一通り回り終わるころにはおやつ時を過ぎていた。
梓ちゃんは可愛い感じのお守り、姐さんは男気溢れる自転車、バイク用のお守りを買って満足したようだった。
結構な距離を歩いたこともあり、明日は筋肉痛になるんだろうなと思いながら帰路についた。
「そういえば、お爺ちゃんのお家、お風呂はこだわりなの?」
「せやと思うで。爺ちゃん風呂好きやさかい、新しくできた銭湯とか制覇しよるからなぁ…」
「だから、家のお風呂もあんな感じなのね。」
確かに、自宅に檜風呂を作って、それも家族で入れるくらいの広さまで拡張してしまったという奇特な爺ちゃんだった。
普通の家に、そんな大きな風呂を作るなんて普通は考えないだろう。
もう慣れてしまっているので気にしていなかったが、初めての人には衝撃だと思った。
「温泉に行かんでも、家で満喫できるってのはええところやで。」
気恥ずかしさもあって、茶化してしまうしかなかった。
「でも、お茶目なお爺様でうらやましいです。」
「爺ちゃんも婆ちゃんも、孫娘欲しかったてずっと言うてたから、色々構ったると喜ぶと思うで。」
こんな形で、祖父母に孝行できると思うと、少し笑みがこぼれた。
気分もよくなってきて、先ほどの気持ちの悪さもすっかり忘れていた。
ただ、あの時二人の事を気遣って、迷ったことで半透明のアレが何かわからなかったのが少し気がかりではあった。
あの時の迷いは正しかったのだろうか…。
もう一度、確かめるべきだったのかもしれない。
——いや、あのまま行っとったら、どうなっとったんや…。
三輪明神編、ひとまず一区切りです。
大きな出来事が起きたわけではありませんが、
“何かがあった気がする”くらいの違和感を意識して書いてみました。
その場では判断できなかったことが、後から引っかかってくる——
そんな形になっていればいいなと思います。
次回、この違和感をどう扱うのか。
そのあたりも含めて、少しずつ進めていきます。




