寄道
少しだけ、寄り道をしてきました。
大きな出来事があったわけではありません。
ただ、普段とは違う景色を歩いて、
少しだけ肩の力を抜くような時間でした。
そんな一日の話です。
「来たっすよー!!」
駐車場に車を停めると、いつもにも増して大きな声の紬ちゃんが飛び出した。
よっぽど楽しみにしていたのだろう、昨日、滞在延長の話をしたときの目の輝きは凄かった。
遠野駅の近く、複数のオブジェが並ぶと聞いている。
車の中で紬ちゃんが語り続けていたが、相槌を澪に任せていたので内容は頭に入っていない。
しかし、すごい熱意だ…。
「ここは遠野物語だけじゃなくて、色んなオブジェがあるっす。」
まずは駅前に駆けていき、河童のオブジェの写真を撮っていた。
ゆるキャラの方の河童をイメージしていたので、思ったのと少し違うなと思いながら様子を見ていた。
ひとしきり撮影が終わって落ち着いたのか、こちらの方に向かってきた。
「遠野はやっぱり河童っすよね~。」
「ゆるキャラにもなってますし、可愛いですよね。」
このオブジェを見てからだと、さらにカワイイの意味が分からなくなってしまった。
「遠野には普通に河童もいるって話っすよ!」
「…普通…なのか?」
「そういう伝承なんですよね。いるといいですよね~。」
澪にとって河童は可愛いものという風に固定されているためか、あっさり受け入れられてしまった。
そこから、雪女、天人児と、遠野物語に合わせて回っていった。
その間もずっと、紬ちゃんのテンションは高いまま、澪は可愛いグッズを見ては寄り道をしていた。
まぁ、こんなのも良いよな…
そう思いながら遠野の街を歩いていた。
見たいものは一通り見れたらしく、一旦車の方に戻ってきた。
ここからどうしようかと思っていたら、二人の希望でカッパ淵の方に向かうことになった。
どうも、自分はこういった観光地の観光については得意ではないらしい。
歩いて行き来するのも何なので、少しだけ車で移動してから歩くことにした。
「紬ちゃんは遠野に詳しいんだな。」
「遠野だけじゃないっすよー。伝奇とかあるところは大体履修してるっす!」
これは、遠野以外にも伝奇とかのある地方に行きたいというリクエストだろう。
「なるほど、みんなで行けるところも計画しないとな。」
「お願いしまっす!」
普段、出かけると言っても近郊が多いので、こうやって遠くまで来るのもいいかと思って話に出してみた。
澪とも旅行らしい旅行というのは記憶にないので、丁度、都合が良かった。
みんなでとなると抵抗のある娘もいるだろうが、澪に限ってはみんなでの方が合っているのはわかっていた。
「そうですね、皆さんと一緒なら賑やかで楽しいと思います。」
少し期待していたのだろうか、思ったよりも嬉しそうな澪の反応に満更でもなかった。
ほどなくして、カッパ淵までたどり着いた。
案の定、紬ちゃんが駆けだして行った。
「ここが出るって有名なところっすよ~。」
「ああ…普通の…小川だな…?」
どう見ても普通の小川にしか見えないのだが、有名な観光地になっているようだった。
薄暗いはずなのに、どこか明るく見えた。
何となくだが、妙にざわざわする感じの場所だった。
「境さん、どうかしましたか?」
「あ、いや、昔によく似た所に行った事があったかなと思ってな。」
「そうですね…よく似た雰囲気のところはあったかも知れませんね…」
澪の返事も曖昧なものだったが、自分の違和感も曖昧なものなのでそんなものだろうと思った。
子供の頃に遊んだところで、似たような場所があったような気がしたのだが、思い出せない。
こういった場所はたくさんあるのかもしれないが、かすかな違和感が残った。
「ふー、満足っす!」
色々なスポットなどを回りつくして、熱く語り尽くせて満足したらしい。
女子高生の熱意というのをこれでもかというほど見せられて、自分たちも疲れてしまっていた。
「澪、悪いが旅館の方は…」
「準備万端です!」
澪も、可愛いものを沢山見れたということで、満足しているようだった。
普段よりも少しだけ、テンションが高くなっているのが見て取れるくらいに。
準備してくれた旅館は、古民家風の旅館で、それこそ座敷童でも出るんじゃないかと思った。
自分としてはこの雰囲気が何とも言えず、先日までの旅館も良かったが、今日の旅館はこの旅一番だった。
車を停めると、我先にと紬ちゃんが旅館に入っていった。
澪がフロントに行く前だと、話ができないだろうにと思いつつ、ちょっとだけ温かい気持ちになった。
部屋に荷物を置くと、さっそく浴場の方に向かう。
流石に今日は、紬ちゃんも澪を引っ張っていくようなことは無く、浴衣を持って浴場に向かっていった。
湯船につかって、今回の旅であった一連の事を振り返る。
先日の早池峯での収穫があった以外にも、色々なところで不思議な感覚を覚えた。
そう言えば、早池峯では指輪を確認していなかったが、どうなっているだろうとふと気になった。
ともかく、キーワードが増えたのだから、事務所に帰ってみんなで情報を共有しようと、改めてそう思った。
部屋に戻ると、二人が今日の戦利品を広げていた。
紬ちゃんも今回の目的地を父親に話していたのだろう、たくさんの土産物を買ってきているようだった。
澪の方は言わずもがな、大量の河童アイテムを買い込んでいた。
特にゆるキャラのぬいぐるみとかに至っては、一通りそろえてしまったのではないかと思うほどだ。
しっかりしているようで、ちゃんと女の子しているなと、少し安心した部分もあった。
「二人とも、明日は戻りになるが、心残りはないか?」
「大丈夫っす!大満足っす!!」
「はい、私も実りの多い旅になりました。」
二人とも満面の笑みを浮かべていた。
それを見ると、日程を伸ばして正解だったと思った。
二人も疲れていたのか、今日は早々と床に就いた。
眠りに落ちるのも早かったように思う。
対して、自分はところどころにあった違和感を思い出していた。
そう、あの指輪が特別な反応を示していなかったのが、かえって、落ち着かなかった。
—— 指輪は静かに、蒼い光を湛えていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、これまでの流れから少し離れた寄り道回となりました。
遠野という土地の空気や、三人の何気ないやり取りを中心に描いています。
特別なことは起きていませんが、
これまでの出来事が、完全に消えているわけでもありません。
何気ない時間の中に残る違和感や、
言葉にならない引っかかりのようなものを、
少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
次回からは、また本編の流れに戻っていく予定です。
引き続き、よろしくお願いします。




