隣接
少しだけ、距離が縮まったような気がしています。
見えていなかったものが、
わずかに形を持ち始めてきました。
ただ、それが何なのかは、まだ分かりません。
言葉だけが、先に残っています。
そんな一日の話です。
翌朝、人生ゲームのルーレットに転がされるタイミングで目が覚めた。
よく分からない夢だが、なんだか目覚めが悪い。
ここでも土産物を選び、次の目的地へと出発した。
温泉会を始めた頃に、真琴さんに、都度お土産を要求されたことで、訓練されてしまったようだ。
宿を出て、少し先の高速道路に入る。
曇っているわけではなく、むしろ快晴と言える天気なのに何となく重い感じがする。
昨日の夜更かしのせいなのかもしれないが、それにしては眠気も頭痛もない。
只々、何とも言えない気持ちの悪い重さだけが体にのしかかっていた。
「境さん、体調悪いんですか…?」
澪に心配されてしまう。
どうも顔に出てしまっていたようだ。
「いや、特別体調が悪いというのではないんだが…」
「無理はしないでくださいね、運転でしたら変わることもできますから…」
実は澪は、今どきの女性には珍しくMTを運転できる。
なので、この車で移動するときでも、どうしても辛くなった時は運転を代わってもらうこともあった。
「ああ、いざという時は頼む。」
大丈夫だとは思うが、念のため、意識だけしておいてもらうことにした。
後部座席は予想通り、昨日の夜更かしが堪えた少女が寝こけていた。
今回は途中で旅館に泊まるという休憩の後だったので、途中に休憩を入れずに現地まで走りきることにした。
高速を降りてからも、国道や県道を走っていくと徐々に山の中に入っていく。
そこそこ時間はかかったが、昼前には現地に到着することができた。
早池峯神社、山岳信仰の対象となっている神社だ。
今回は横道にそれるのではなく、神社自体に訪れることになっている。
「山岳信仰か…」
「流石にひんやりしてるっすね。」
確かに、この時期にしては少し寒い気がする。
少し高いところまで来ているので、仕方ないと言えばそれまでだが。
紬ちゃんの一言はいつも何か気になるなと思いつつ、参道の方に向かった。
「いつも山っすねぇ…」
一番若い紬ちゃんが、一番先に弱音を吐いていた。
とはいえ、今回はすぐにたどり着く。
そんなことを考えている間に目的地が見えてきた。
「さあ、今日はもう到着したぞ。」
「あれ、思ったより早かったっす!」
紬ちゃんが、ちょっと恥ずかしげに笑った。
先日の登山の事がよほど堪えていたのだろうと、少しからかってみた。
そんなやり取りをしながら、お社の前まで歩いて行った。
着いて早々だからか、特に何も起こっていないので、普通にお参りをする。
あらためて普通に神社参りできる安心感を感じていた。
「先輩、あそこ、おかしくないっすか…?」
お社の向こう側にある、ご神木だろうか、大樹を指して紬ちゃんが問いかけてきた。
「何だ…?」
「周りの風景と辻褄が合わないっすよ…?」
そう言われてみてよく目を凝らすが、やはりわからない。
「境さん、木の周辺だけ蜃気楼みたいになってます…」
「!!」
確かに大樹の周りだけ蜃気楼のようになって、少し明るくなっているようにも見える。
この雰囲気、あの時にも同じようになった気がした。
『…ここなら…届く…』
その蜃気楼の先からあの少女がこちらに歩いてきた。
その周りにはやはり灯篭のようなものがある。
いや、灯篭じゃない、子供が行燈を持って着いてきていた。
「今日はお供がいるんだな。」
問いかけてみるが、それに少女が答えることは無い。
『…もうすぐ…近づく…』
どういうことだ?
これだけ接近しているのに近づくという意味が分からない。
そもそも、本人が近づくということではないのだろうかと考えていた。
「あなたは誰なんですか?」
澪が声を出した。
雰囲気に飲み込まれて話せずにいたようだが、ふり絞ったような声で尋ねた。
『…気を…つけて…』
しばらくの沈黙と共に、次の言葉を待つ。
『…すぐ…となりに…まざる…』
言っている意味は解らないが、何か切迫しているということだけは雰囲気として伝わってきた。
自分が何を聞くべきか思案している間に、紬ちゃんが声を上げた。
「また、会えるっすよね!?」
少女は何も答えず、大樹の横にあった揺らぎの中に吸い込まれるように消えていった。
紬ちゃんが何とも言えない、寂しそうな表情をしていた。
一方、澪の方は最後の言葉を復唱して、難しい顔のまま固まっていた。
「とりあえず、三人だけで考えても分からないが、収穫はあったな。」
二人の調子が微妙だったので、少しでも雰囲気を変えようとして声をかけた。
それに気づいたのか、二人とも少しばつが悪そうにこちらに寄ってきた。
「すいません、少し混乱してました…」
「いや、珍しいな。“隣”と“混ざる”か…。戻ってみんなでブレストだな。」
「はい、私たちだけより、皆さんで話した方が良いと思います。」
自分と澪は何となくやりたいことや、誰が舞台に欲しいかが伝わっていたのだが、紬ちゃんには伝わらないようだった。
完全に目が泳いでいる状態で、話についてきていないことがよく分かる。
「ブレストって何すか??」
そもそも、そこからわからないとは思っていなかった。
澪と顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
この緊張感の中、紬ちゃんの一言はちょうどいい緩和剤になったようだ。
「そのあたりはまた説明するよ。この後、2、3日観光でもしようか?」
嬉しそうな澪と、その後ろで手を挙げている紬ちゃんがいる。
「遠野行きたいっす!!」
なるほど、お父さんの影響だろう。
遠野は色々な怪異の話がるから、興味があるところだった。
ここは是非にもと思って、澪にもアイコンタクトで確認をとる。
「はい、河童さんとか可愛いですよね。」
ああ、こんなところでも、女子の“カワイイ”は我々にはわからないのだと思った。
車に戻って遠野に向かう道中、澪がちゃんと温泉旅館を手配してくれていた。
きっと、紬ちゃんに散々構われるんだろうなと思いながら、遠野への道のりを進んで行った。
ふと、あの少女の『混ざる』という言葉が気になったが、一先ず事務所に戻るまではおいておくことにした。
—— 「混ざる」とは、どういうことなのだろうか。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、これまでより一歩踏み込んだ回になりました。
はっきりと何かが起きたわけではありませんが、
確実に“距離”が変わり始めています。
「隣」や「混ざる」といった言葉が出てきましたが、
それが何を意味するのかは、まだ断定できる段階ではありません。
ただ、これまでの違和感とは少し違うものが、
確かに存在し始めているように思えます。
次回は、少し肩の力を抜いた回になる予定です。
その中で、今回の出来事がどのように残っているのかも
感じてもらえたら嬉しいです。
引き続き、よろしくお願いします。




