波紋
分散して動き始めた、それぞれの物語。
今回は静流たちの視点から、
最初の探索となる榛名山での出来事を描いています。
はっきりと何かが起きるわけではない。
けれど、確かに“何かがおかしい”。
そんな違和感が、静かに広がっていく回です。
久しぶりに見たお兄さんは相変わらず陰のある感じでかっこよかった。
梓のお姉さんも柔らかくて綺麗な感じでうらやましいなと思った。
二人が交際しているのは知っていたけど、お姉さんがうらやましいのは未だに払拭できていなかった。
「澄玲ちゃん、後部座席で大丈夫?」
静流さんに声をかけられる。
静流さんと野乃花さんも相性がいいみたいだけど、付き合っているという話は聞いていない。
だから、この二人と一緒になったのは幸いだった。
「はい、今まで車に酔ったことはないので、大丈夫だと思います。」
「それならよかった。調子が悪くなったら言ってね。」
流石の気遣いだなと思うのと同時に、この人が人気な理由が分かった気がした。
「梓ちゃんと一緒の方が良かったかな~?」
「あ、いえ、私たち二人が集まってしまうと、色々なところで言い訳がしにくくなるので…」
「なるほど、大人が一緒の方がよかったんだね。」
野乃花さんにも気を遣われたみたいで、ちょっと申し訳ない気分になった。
梓と一緒の方が気を遣わないのは確かだけど、大人の人が一緒じゃないと心配なのも本音だったので。
「とりあえず、今日は榛名山の方に行ってみるね。妙義山も気になるけど、二日に分けて行こうか。」
静流さんの運転で高速道路を走っている。
北関東の方に向かっているのはわかったんだけど、目的地がどちらかわからなかった。
行きたいスポットを決めたのは私なので、どちらかだというのはわかったんだけど、車で行く方法を知らないもので。
少し緊張している私とは対照的に、野乃花さんは自由だった。
カーナビを活用して動画配信サイトの映画を再生していた。
ホラータイトルばかりを選択しているところに、野乃花さんの雰囲気とのギャップを感じたのは私だけの秘密。
あんなにふわっとしている人なのに…
再生されているホラー映画を見ていると、車の揺れのせいか睡魔に誘われた。
次に気が付いたら、榛名山の入り口付近まで来ていた。
ドリンクホルダーに見慣れない飲み物があったので、途中にどこかに寄っていたんだと思う。
道中、完全に寝てしまっていたことに、少し複雑な思いだった。
「すいません、完全に寝ちゃってました…」
「気にしないで、気疲れもあると思ってたから、安心してもらえたみたいで嬉しかったよ。」
ここでまた、静流さんの人気の理由を感じることになった。
ほどなくして榛名湖に着いた。
着いたころにはお昼を過ぎていたので、
有名なスポットで、恋人たちがスワンボートに乗っているイメージがあるところ。
今のところ恋人がいないので、少し寂しい感じがした。
「ここもパワースポットって言われるよね。」
「そうだよねー、すごい風景だからかな?」
「自然の偉大さを感じるよね。二人とも、何か気になることはある?」
そう聞かれても、すぐに何かが分かるわけじゃないので困ってしまった。
その様子を見て、答えを待たずに歩き始めてくれた。
答えを待たれると気まずくなると分かってくれたみたいだった。
しばらく歩いていると、湖の方が気になった。
湖面が、風もないのに波立っているように見えた。
まるで、そこに“何かが立っている”みたいに。
目をこすって見直してみる。
——まだ、ある。
もう一度瞬きをすると、何もなかった。
「澄玲ちゃん、何か見たんじゃない?」
野乃花さんに不意に尋ねられて驚いてしまった。
この人はふわっとしているのに、こういった機微にすごく敏感なのでびっくりする。
「え、どうして…?」
「観てると分かるわよ~。何かあったなら教えてほしいかな?」
「はっきりと見えたわけじゃないんですけど、湖面に不自然な波紋が広がった気がして…」
「なるほどね~。静流君、ちょっと気にしておこうよ。」
野乃花さんに先ほどの違和感を正直に伝えると、静流さんにフォローしてくれた。
静流さんはスマホにメモを取ると、いつも通りさわやかにこちらに近付いてきた。
「やっぱり何かはありそうだね。神社の方にも行ってみる?」
「あ、はい。そっちの方が気になっていたんです。」
「有名なところだもんね、行っておこう。」
そう言って、駐車場に戻っていく。
榛名湖から榛名神社まで歩いていくのは難しかったので、車で移動してくれた。
車で進んでいくと、観光地から徐々に人気の少ない方に進んでいく。
有名なスポットなので閑散としているわけではないけど、山道特有の暗さが気になった。
しばらくして榛名神社にたどり着いた。
ここにもいろいろなスポットがあるので、三人で歩いた。
足音が、ほんの少し遅れて聞こえる気がした。
それに混じって、どこか遠くで水の音がした気がする。
「流石に有名どころだね、すごく雰囲気があるよ。」
「そうだねー。こわというよりは荘厳な感じがするよね。」
「はい、ひんやりする感じですけど、冷たいというよりは凄く神秘的というか…」
野乃花さんの言う荘厳な感じというのが一番しっくりくる気がした。
その中にかすかな冷たさを感じるものはあったのだが、それ以外に何かを感じることは無かった。
「…何か違う世界みたいな感じ…」
独り言を呟いてみた。
野乃花さん、静流さんも何となく気が付いたみたいだけど、何も言ってこなかった。
私もオカルト関係がはっきり見えるという感じではないのだけど、どうも樹木とか水辺のような自然を身近に感じる体質だった。
そのせいか、神社周りの森の雰囲気が、ざわめいているような感じをずっと感じていた。
まるで、どこか知らないところに迷い込んだみたいな、不思議な違和感を感じていた。
「とりあえず、そろそろ日が落ちそうだから旅館の方に行こうか。」
「え?」
思わず間の抜けた表情をしてしまう。
朝に場所が決まったばかりなのに、旅館の予約をしてくれていたみたいだった。
あまりにスマートで完璧な静流さんに、少し魅力を感じていた。
「幸い、近くの旅館が割と空いていたんだ。大きめの部屋を取ったから、寝床は別なので安心してね。」
それは安心するべきなの…と思いつつ、野乃花さんに“ファイトです”と心の中で声をかけていた。
日が沈むより少し前には旅館に到着し、野乃花さんと一緒に温泉に浸かっていた。
色々至れり尽くせりなので気を遣ってしまいそうだったんだけど、静流さんの家庭環境を聞くと流されるしかなかった。
これくらいの事なら、何も問題ないということを思い知らされるだけだった…。
そんな色々なことが落ち着いて、野乃花さんと一緒に温泉に入ったのだけど、湯船に浮かぶ二つの球体に釘付けになっていた。
自分にはないものなので、うらやましさしか感じられない。
「…神様は不公平よ…」
「そんなことないよ~、澄玲ちゃんの綺麗な髪とか、モデルさんみたいなスタイルとか羨ましいわよ~。」
私の視線に気づいていたのか、ないものねだりの気持ちにフォローを入れてもらってしまった。
「また、色々と相談に乗ってもらってもいいですか?」
「いいよー。私の連絡先も後で渡すねー。」
そうして、野乃花さんの連絡先と、色々な相談を受けてくれるお姉さんを手に入れることができた。
私にとっては、今回一番の収穫だったと思う。
明日は妙義山に行く予定なので、早めに休むように野乃花さんと約束して部屋に戻った。
「違うか…」
静流さんが何かを考えながら、一人で呟いていた。
そんな静流さんを横目に、私は眠りに落ちて行った。
——木々の騒めきだけが、止むことはなかった
第15話「波紋」をお読みいただき、ありがとうございました。
榛名山という実在の場所を舞台に、
“何も起きていないのにおかしい”感覚を中心に描いてみました。
澄玲の持つ違和感の捉え方や、
静流の「ここではない」という判断など、
小さなズレが少しずつ積み重なっていく段階です。
次回は、この違和感がどう変化していくのか。
引き続き静流チームの動きを追っていく予定です。
少しずつ“境界”が揺らぎ始めています。




