分散
今回は、これまで一緒に動いていたメンバーがそれぞれ別の場所へ向かうことになります。
一見すると、ただの役割分担。
ですが――“同じもの”を見ているはずの彼らが、それぞれ何を観測するのか。
少しずつズレ始めたものが、どこへ向かうのか。
そんな回になっています。
「おはようございます!」
——その声が、少しだけ遠く聞こえた気がした。
事務所に入ると既に梓ちゃんがいた。
昨日は疲れがひどく、事務所の上階でちゃんと眠っていたのだが、梓ちゃんの挨拶で一気に目が覚めた。
事務所には梓ちゃんの他に澪と、もう一人少女がいた。
「おはようございます、覚えてますか?」
消去法でこの子が澄玲ちゃんだということはわかった。
が、ここ半年くらい直接会っていなかったのもあり、急に大人びた彼女に少し驚いた。
「澄玲ちゃんだね。少し雰囲気が変わったね。」
「ありがとうございます。お兄さんにそう言ってもらえると自信になります。」
そう言って少しうれしそうに微笑んだ。
梓ちゃんが“はにかむ”という感じに対し、澄玲ちゃんは“微笑む”という雰囲気だ。
このあたりは、少し澪と似た所があるかもしれないなと思った。
「境さん、さっき澄玲ちゃんとお話してみたんですが、ちょっと気になることがあって…」
何やらはっきりしないような感じで澪が相談してきた。
自分でもわからない何かがあるのだろうが、澄玲ちゃんから話を聞いた方が早そうだった。
「気になることって?」
「このあいだ、紬が持ってきた雑誌にあるパワースポットが気になって、一度行けないかなと思いまして。」
先日、紬ちゃんが持ってきたオカルト雑誌の話だろう。
確かに、どれもこれもパワースポットの特集をしているものだった。
デスクの横にある本棚に片づけていた雑誌をテーブルの上に持ってきて詳しく聞く体勢に入った。
「どこか気になるポイントがあるんだね?」
「はい、付箋か何かありませんか?」
デスクにある付箋をとって澄玲ちゃんに渡す。
「…ここも変…」
彼女は受け取った付箋を雑誌のページに張り付けていった。
一度いけないかと言っていたので、一か所だけだろうとおもっていたのは自分の先入観だったようだ。
「全部で10か所にもなってしまうんです…」
「これは、何か自分でやりたいことがあるのかい?」
「いえ、虫の知らせみたいなものなんですが、雑誌の写真に違和感を感じたもので。」
何かはっきりしたことは言えないのだろう。何とも言えない違和感があるから、見てみたいという話のようだ。
雑誌の写真は生写真ではないということを考えると、自分たちで写真を撮ってくるのはどうだろうか。
「手分けして、現地で写真を撮ったりしても大丈夫かな?」
「はい、お願いできますか?」
遠慮がちにお願いされたわけだが、そうした違和感は何かがある可能性もある。
特に、彼女の虫の知らせは、小さいところでは急な雨、大きなところでは少し大きめな地震という実績がある。
彼女の虫の知らせに従えば、自分たちにも何か影響があるかもという打算もあった。
「そうだな、みんな二人が来ることを知ってるから、昼まで少し待ってみようか。」
そう言い終わる前に、澪が朝食の準備をしてくれていた。
あり合わせなので簡単なものにはなってしまったが、非常に気の利く女性だなと改めて思った。
その朝食を摂りながら、付箋の貼られた場所について、簡単に下調べをすることにした。
「…この写真、やっぱりおかしい…」
澄玲ちゃんが朝食を食べながら、付箋の貼られたページを見つめて呟いていた。
調べ始めて間もなく、真琴さんが入ってきた。それに遅れて野乃花ちゃん、紬ちゃんと続けて入ってくる。
男衆は相変わらず、朝はゆっくりしているようだった。
先日、ようやく夏季休暇に入ったところだったので、思う存分だらけているのだろう。
「境君、今日は自転車で来ちゃったけど良かった?」
「あ、そうなんですね。ちょっと陽向と静流に連絡しておきます。」
そう言って、陽向と静流に可能であれば車で来てほしい旨をメッセージしておいた。
真琴さんは普段の通学は自転車を使っている。それもママチャリというやつだ。
見た目はすらっとしたお姉さんといった雰囲気なのに、立ち漕ぎをしてる姿の目撃談が絶えないというギャップも彼女の魅力だろう。
そこからしばらくすると、静流が現れた。
「おはよう、境に言われた通り車で来たけど、全員は乗れないよ?」
「ああ、大丈夫。陽向にもお願いしておいたし、俺も出すつもりだから。」
メッセージで依頼していた通り、家の車で空いているのを借りてきたそうだ。
事務所の地下には5台ほど停めることができるスペースがあるので、そこに停めてきてくれたらしい。
そこから、静流に軽く経緯を話している間に、陽向も事務所に入ってきた。
「まいど、みんな揃っとったんやな。」
全く悪気もなく入ってきて、あたりの様子を窺っていた。
雑誌に付いた付箋を見て、付箋の貼られているページに何かあることに気付いたようだ。
「なんや、パワースポット巡りでもするんかいな?」
「ああ、澄玲ちゃんからお願いされてな。」
「相変わらず、後輩のお願いには弱いやっちゃなぁ。」
人のことをからかいながら楽しそうに笑う。
いつもの事なので澪も気にしていなかったが、人によっては戦慄が走るなと思った。
そんな陽向をさておき、付箋を貼られたパワースポットについて調べた情報をモニタに投影した。
ミーティングの資料を映すのに買った大型モニタだ。
「今回のスポットだが、群馬に一つ、新潟に二つあるらしい。そっちを静流にお願いしたいんだが大丈夫か?」
「了解、俺は誰を連れて行けばいいんだい?」
「澄玲ちゃんはあまり遠くに連れて行くのに抵抗があるから、野乃花ちゃんと澄玲ちゃんかな?」
二人の了解をとる前に感覚で振り分けてしまったので、静流に伝えながらアイコンタクトで確認を取る。
「はい、みんなでお泊り会と伝えているので大丈夫だと思います。」
「私も親は適当だから大丈夫だよー。」
「じゃあ、それで行こうか。」
三人とも納得してくれたようなので話を続けた。
「次だが、関西のほう、奈良、和歌山と三重にあるらしい。どうも4か所になりそうだが大丈夫そうか?」
「俺は大丈夫やで。真琴さんと梓ちゃんやったら一緒に行っても大丈夫やと思うわ。」
恐らくは陽向の希望と、自分に気を遣ったというところだろう。
真琴さんも梓ちゃんも特に異論はなさそうなので、それで進めることにした。
「最後に、俺と澪、紬ちゃんは東北の方、福島から岩手に回ってくる感じになる。紬ちゃんも一緒でいいか?」
「おっけっす!雑誌のポイント回ってくるって言ったら、二つ返事でオッケー間違いなしっすね。」
澪がノーと言うことは考えられないので、紬ちゃんに同行の意思があることが分かれば十分だった。
「さて、数日はかかると思うから、色々準備を整えてからにしよう。」
「よっしゃ、言うても、俺と静流は上の部屋に着替えとか置いてるから、このまま行っても構わんで?」
「お…全くお前らは…」
ちゃっかりしていると言うか、たまり場になっているから、いつでも泊り込めるようにしていたようだ。
とはいえ、女性陣はそういうわけにもいかないだろうと思った。
「実は私も…」
「え?!」
流石に澪まで身の回りのアイテムを持ち込んでいるとは思わなかった。
言われてみれば、確かに上の部屋に見慣れないクローゼットが増えていたが、澪の仕業だったのか。
「梓ちゃんたちはどうする?」
「私はちょうど衣替えの時期だから、途中でお店に寄ってもらうことにするわ。」
「私もお店で買います。ちょうどお小遣い貰ったので…」
真琴さんは普段からアグレッシブな動きをするので、1~2シーズンで服を入れ替えることが多い。
梓ちゃんは親から溺愛されているので、毎シーズン新しい服を買えるようになっていた。澪も同じようなものだが。
そういうことで、こちらのチームも自宅に戻る必要はなくなったわけだった。
「さて、紬ちゃんはどうする?」
「ちょうど、野球部の合宿準備をしていたんで、ちょっとだけ家に寄らせてもらえれば大丈夫っす。」
「ということは、紬ちゃん家に寄っていく感じだな。」
これで一通りの役割などが決まった。
朝食の後片付けや、みんなに出した菓子やコーヒーを片付けて、事務所の戸締りをした。
しばらく離れるので、普段よりもしっかり目の戸締りをする。
そのままぞろぞろと、地下の駐車エリアに降りて行った。
降りて行ったところに黒塗りの車が3台停まっていた。その隣におなじみのママチャリも停まっていた。
「お、見たことないのが停まってるな、静流のところのフーガはあるから…」
「せや!俺や!」
陽向がよくぞ聞いてくれたとばかりに嬉々として話し出した。
国内最大メーカーの黒のミドルサイズセダン。GRMNのエンブレムまでついている。
今となっては非常に高価だと思い、びっくりしていると陽向が肩に肘をかけてきた。
「まぁ、オトンローンなんやけどな!」
そんなことを言って豪快に笑う。
こんなところだけは恒一さんにそっくりだった。
「狙っているのかって思うくらい、ちゃんとした車を選んだな。」
「みんなで動くこともあるやろうから、せめて4人は普通に乗れんとなぁ。」
流石といった方が良いのだろうが、何となく癪なのでそれは言わないでおいた。
「うちのフーガもしばらく使わないって聞いてるから、気を遣わなくても大丈夫だよ。」
「そこは大丈夫だ。」
そう言って静流と笑いあう。
彼の自宅には仕事の都合で使い分けるため、複数の車がある。
その中でしばらく使わない予定の車を借りてきたらしい。会社用のガソリンスタンド用カードと一緒に。
「そういう境も、相変わらず派手な車やなぁ…」
「某映画にも出たラリーベースの車だもんね。」
「とはいえ、親父のおさがりなんだけどな。」
父親が若いころにラリーに参戦していたらしく、その時の競技車両のベースになった車らしい。
完全に趣味で付けたらしいが、リアが全く見えなくなるようなウイングが付いている。
リアのハッチが重さで落ちてくるので、つっかえ棒が必須アイテムになっていた。
「流石にこれを運転しろって言われると、丁重に断るよね。」
「せやな!」
父親はこんなところにスパルタなところがあるんだと思いながら、荷物を積み込んでいた。
全員の荷物を積み終わって、それぞれに目的を確認し、状況報告用にグループチャットを作っておいた。
さて、ここからは別行動になる。
何かが進みそうな期待と、何かが起こりそうな不安が混じった感覚だった。
それは他のメンバーも同じだったようで、意を決したようにそれぞれの車に乗り込んだ。
——キーを回す直前、バックミラーに一瞬だけ、誰かが映った気がした。
見覚えのあるセーラー服だった。
ここから物語は少しずつ広がっていきます。
同じ現象を追っているはずなのに、
場所が違えば見えるものも、感じるものも変わってくる。
その違いが、やがて一つの形になるのか。
それとも、さらにズレていくのか。
それぞれのチームの動きも含めて、引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。




