伝播
いつもお読みいただきありがとうございます。
前話「確定」を経て、現象は一つの場所に留まらなくなりました。
それが何を意味するのかは、まだ分かりません。
ただ、確実に変化は広がり始めています。
今回も、その一端を感じていただければ幸いです。
「ただいまっす~」
何故か事務所に着いた瞬間に、自宅に戻ったかのような挨拶をされた。
流石紬ちゃん、相変わらず遠慮も何もなくマイペースだ。
それぞれ、事務所に入ると自分の定位置で落ち着き始めた。
朝一から非常に情報量の多い日だったので、全員が疲れ果てていた。
そんな中でも、真琴さんはみんなに飲み物を配って、最後に席に着く。
こういったところも、皆から頼りにされる一因だろう。
「さっきの写真、ちょっと見てみないっすか?」
紬ちゃんが帰る直前に取った写真を開いて見せた。
映っているのは先ほどの祠で、木々の間から差し込む日差しが幻想的に映っていた。
少なくとも、先ほどの少女は映っていないし、気になるポイントもない。
「よく映っているが、気になることは無いな…」
「せやな、心霊写真みたいな感じでもないわ。」
陽向の方でも何か感じるものがあるわけではないようだ。
しかし、静流の方は何か気になるものがあるようだった。
「何となくだけど、全体的に青すぎる気がするんだよね。」
そんなものだと言われれば気が付かないところだが、言われてみれば確かに。
薄い青のサングラスをかけているような青みがあるような気がした。
それが意味するところについてはわからないが、何か違和感があるのは間違いなかった。
「何か、まだ聞こえる気がしませんか?」
「そっすね、私もそんな気がするっす。」
他のメンバーはそういったことを感じていない様子だったが、二人には確かに何か感じるものがあったようだった。
いやにはっきりと言われるので、気になって色々見て回っているうちに、鞄に入れていた指輪の事を思い出した。
すぐに取り出してテーブルの上に置いてみる。
こちらは気のせいとは言えないくらいに、蒼さが増しているのが分かった。
「まさか…」
その瞬間、部屋の音が消えた。
——気づいたときには、少女が立っていた。
今回は灯篭のような灯りは現れず、事務所の中に少女だけが現れた。
前のような風景まで変えることは無かったが、事務所の中が急に冷え込むのを感じた。
『…やっと、ここにも…』
まただ、必要な事だけを言っているのだろうが、その真意がわからない。
ほんの一瞬、沈黙が流れた。
そしてまた、少女が口を開いた。
『…まだ、これから…』
それだけを言ってすぐに姿を消してしまった。
これから何があるというのだろうか…
そんなことよりも、事務所に少女が現れたことの方が衝撃だった。
「何や、これ?」
あっけにとられている陽向に対して、思考を巡らせる様子の静流がいた。
しばらく考え込んで、突然顔を上げた。
「なるほどね。」
「どういうこっちゃ?」
先ほどから静流の発言に翻弄されている陽向がさっぱりわからないといった風に尋ねる。
自分もそれに倣いたい気分だった。
自分だけではなく、澪に真琴さん、野乃花ちゃんまでキョトンとした様子だった。
「観測できた、ってことなのかも知れない。」
静流の言い分は
今日は紬ちゃんという、先入観も何もない少女が“客観的に”見たから固定したのでは?
ということだ。
まさかの進展ではあるが、いまだに少女の発言は意味をなさないものが多い。
何を伝えたいのかを正しくキャッチできていないということは自分でもわかっていた。
一通りの説明をそれぞれが飲み込んでいるとき、急に携帯の呼び出し音が鳴り始めた。
最近はみんな同じような呼び出し音なので、誰の携帯かわからず見回していたら、澪が鞄から取り出した携帯から呼び出しがかかっていた。
澪にしては珍しく通話の呼び出しだった。
「はい、天原です。」
電話に出て誰かすぐに分かったのだろう、少し不思議な表情からぱっと明るくなった。
「スピーカーにしてもいいかしら?」
話し方がくだけた所を見ると、仲のいい友人か身内の電話だったのだろう。
相手の了承を得ることができたのか、通話をスピーカーモードにして全員に聞こえるようにした。
「お兄さん、こんにちわ。」
恐らく自分に向けられた言葉だろう、聞き覚えのある声、澪の妹だった。
「ああ、梓ちゃんも久しぶりだね。」
「はい、お姉ちゃんから色々聞いていたので、どうしているのかなと思って。」
「色々進展があったところだよ。」
澪もしっかりはしているのだが、どこかぼーっとしているところがあるのに対し、梓ちゃんは本当にしっかり者といった感じだ。
今日も澪の様子が気になって電話をしてきたのだろう。
「あずっち、元気?」
「あ、紬ちゃんもいるの?!」
紬ちゃんのことは聞いていなかったらしく、少々驚いていた。
よくある話だとは思うが、紬ちゃんはフットワークが軽くバイタリティがあるので、一人で色んなところに行ってしまう。
それをわざわざ相談したりするタイプではないので、梓ちゃんは紬ちゃんが居ることを知らなかったのだろう。
しばらく女子高生らしいトークが続くと、話の方向が自分たちに向いた。
「お姉ちゃん、ちょっと行きたいところがあるんだけど、明日お兄さんの事務所に行ってもいい?」
「ええと、聞いてみるわね。」
そう言いながらアイコンタクトで許可を求めてきたので、問題ないと返しておいた。
特に彼女の妹を拒絶する理由などない。
「大丈夫ですって。じゃあ、明日の朝かしら?」
「うん、澄玲も気になることがあるって言って、一緒に来るって言ってたから、二人でお邪魔しますね!」
自分が聞いていることもわかっていたのか、明日は友達の澄玲ちゃんも来るそうだ。
白樺澄玲ちゃん。梓ちゃんはしっかりした感じだが、友達の澄玲ちゃんは不思議な感じの透明感のある娘だった。
綺麗ではあるが冷たさというよりは、風景とセットに見えるようなタイプの娘だった。
女子高生が三人も集まるとさぞ賑やかだろうなと思いつつ、電話が終わるのを待った。
「なんや、面白いことになっとるな。」
「若さってすごいねぇ。」
陽向と静流が年寄りのようなことを言っている。
真琴さんは事の成り行きを見ながら、昼食の準備をしてくれていた。
若者の会話は若者同士でとでもいうような、温かい目で見守っていた。
明日は明日で忙しくなりそうだなと思いながら、夜が更ける前に解散し、それぞれの家に帰ることになった。
梓ちゃんと澄玲ちゃんが来る理由を、この時の自分はまだ知らなかった。
——写真の中の祠に、少女が現れていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
「確定」したものは、そこで終わるのではなく、
少しずつ別の形で広がっていくようです。
これまでの違和感が、別の場所や形で現れ始める段階に入りました。
そして次回、新たな人物も関わってきます。
引き続き、変化の先を見届けていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




