触知
釣りを終え、源一郎さんの家へ戻った一行。
七輪を囲みながら、湖で感じた違和感について、もう少しだけ話を聞いていきます。
見えなくても、そこに何かがあることだけは分かるようで――。
源一郎さんの自宅に戻ったころには日が傾き始めていた。
宮坂さん、藤森さんもそれぞれの釣果を片手に源一郎さんの自宅に入っていく。
自分も、源一郎さんや静流たちの釣果を入れたクーラーボックスをもってお邪魔させてもらった。
いつものことのように、縁側の方に七輪が二つほど出される。
履物を置いている石の所を台にして、静流が釣果をさばき始めていた。
とはいっても、内臓を取り除いているだけなので、そのまま焼き魚にするようだが。
オイカワのほうは単純に内臓を取り除いただけだったのだが、ウグイのほうは宮坂さんが手に取る。
「ウグイは大きいから、串、打っとくか。」
そういって、自前のカバンから取り出した串で焼きやすい形に串を打っていった。
カバンに常備しているのは謎だが、頻繁にこういったことをしているのだろう。
あまりにも様になっているその様子に少し驚いた。
「普段からよくやってるんですか?」
静流が尋ねる。
源一郎さんたち三人はそれぞれに楽しそうに肯定を示す。
奥さんたちも婦人会などで楽しんでいるので、こういった生活リズムなのだろう。
こういった雰囲気を共有してもらえるだけで、この土地になじんだような気分になれるのがうれしかった。
「こっちで炭起こします。」
近くに木炭の入った段ボールを確認したので、近くにあるほうの七輪を持ってくる。
木炭を入れて七輪の準備をしていると、澪がどこからか金網を持ってきた。
七輪に直接串を立てるのはどうかと思うので、ありがたく使わせてもらう。
「境さん、こういった事も慣れてたんですね。」
「ああ、以前に親父にな。」
自分からキャンプなどに行こうとしたことは少ないのだが、親父がキャンプが好きなのだ。
現地にある石を組み、落ちている木の枝などを集めて火を起こす。
鍋で米を炊き、川魚を釣って食事を作る。
何故か気候の変動などにも詳しく、川の増水や、山肌が荒れるなども事前に予測する人だ。
その親父に鍛えられたおかげで、BBQやキャンプ関係は一通りできるようにはなっている。
普段は静流に任せてしまうが、自分でもできないことはなかった。
しばらくして魚が焼き上がり、いつの間にか準備されていたおにぎりまで縁側に並んでいた。
「キッチンをお借りできたのと、お米は使っていいと言われたので、皆さん分をと…。」
流石の澪である。
魚だけになると夕食には不足するであろうことはすでに予測されていた。
焼き上がった魚とおにぎりを食べながら、雑談に花が咲いていた。
その中で、静流が本題を少し掘り起こした。
「魚の異常な行動と、音のこと以外に何か気づいたことはないですか?些細なことでもいいので。」
三人とも少し考えこむ。
しばらく考えていると、藤森さんが何かを思い出したかのように顔を上げる。
「そいういえば、何もないところで糸が引っかかることがあったな。」
「糸…?」
糸が引っかかると言われても、魚なり水草なり何かに引っかかることは普通にあると思う。
ただ、このタイミングで話に出すということは、何か気になることがあるということなのだろう。
静流が話をつなぐ。
「底とか魚に引っかかったということじゃないんですか?」
「魚とは手ごたえが違うし、そこなら糸じゃなくて針が引っかかりそうなもんだろ?」
「ええ、そうですね。」
「何というか、何か大きなものに引っかかったみたいに、糸が引っかかって引っ張られるんだよ。」
ここまで聞いてふと、正体不明の何者かが湖の中にいるという話を聞いたことを思いだした。
その内容と、今回の問題は同じもののように思われる。
念のため、自分のほうから確認しておくことにした。
「何か生き物みたいな感じですか?」
「ああ、そうだ、魚じゃない…大きな生き物に引っかかったみたいだった。」
「そうそう、俺もやられたよ。」
藤森さんの回答に、宮坂さんが乗っかる。
一人だけで言っている話でないということが分かり、信用度は高くなった。
「何か大型魚の飼育放棄とか…」
「魚じゃないとは思うんだよ、手ごたえがもっと何というか…」
宮坂さんが身振り手振りで説明しようとする。
何か具体的な形があるわけではないが、形状として魚ではないということだけは分かる。
「魚じゃない、何か巨大な生物でもいるんでしょうか?」
「そうとしか、説明がつかんわな。」
宮坂さんが一先ずの区切りをつける。
確かに、体感としてそうだというだけで、特に根拠があるわけではない。
ただ、長年釣りをしている人たちが、魚かどうかの判断を間違えるのも考えにくかった。
「なるほど、色々あるみたいですねぇ。」
「そうだな、それにしても最近はおかしいことばかりだよ。」
藤森さんの声に、残りの二人も首を縦に振る。
一先ずの情報については確認させてもらったと思ったので、食事のほうに戻ることにする。
「このお魚、思ったよりおいしいよ~。」
いつも通り、野乃花ちゃんが場を和ませた。
人によって得手不得手があるとは言うが、彼女の明るさは人の得手不得手を超越してそうだった。
夕食をごちそうになった後、今日の所は帰りますということで挨拶をした。
三人とも、別れを惜しんではくれたが、また会えるだろうという楽観的な締め方をされていた。
そういわれると、本当に会えそうな気がしたから不思議なものだ。
そうして帰路に就いたときに、静流と話をしていた。
「やっぱり、何か得体のしれない生物が居そうだね。」
「ああ、今のところは危険じゃなさそうだが、今後はどうなるか…。」
正体不明なだけに、その生物が何をしようとしているのか、一瞬気になったのだが一先ずそのままが良いかという話になった。
今日の所はこの辺りで別荘に戻り、明日に備える。
明日は明日で、諏訪湖周辺に長期間住み続けている、諏訪の古い話に詳しい人物を紹介してもらっている。
この人物の所に向かい、諏訪の地域性を再確認、答え合わせしていこうと思った。
—— 新しい情報、新しい違和感、それは次の場所で待ち受けていた。
魚の不自然な動き、湖底から聞こえる音。
そして今回、新たに出てきたのは「何もないはずの場所で釣り糸が何かに触れる」という話でした。
魚なのか、生き物なのか、それすら分からない。
それでも、長く湖を見続けてきた人たちは、確かに何かが違うと感じています。
土地神が感じていた異変と、人が日常の中で感じていた違和感。
少しずつ重なってきました。
七日目はここまで。
次回からは、もう少し昔の諏訪へと視点を広げていきます。




