証左
土地神から聞いた、諏訪湖で起きている異変。
今度は、毎日のように湖を見ている人たちから話を聞いていきます。
同じ湖を見ていても、見えているものは少しずつ違うようです。
源一郎さんの案内で近くの支流を辿って諏訪湖の湖畔まで歩いていく。
そんなに遠くはないのだが、釣り具を借りているせいか、気を遣って歩いたせいか、少し遠く感じた。
それにしても、初めて会った人と釣りをするなんて初めての経験だ。
釣りをしているところで、見ず知らずの人と釣果について話をしたりすることはあるが、順序が逆だった。
そんなこちらの状況を知ってか知らずか、源一郎さんは上機嫌で湖畔に向かう。
十分もしないうちに、いつも釣りをしているという湖畔にたどり着いた。
「さて、ちょいと釣り始めるかな。」
そういうと、源一郎さんは手ばやに釣り針に餌を付けて、水面から少し下の所に垂らしていく。
適当にキャンプ用の折りたたみ椅子を広げると、そこに座り込んだ。
釣り仲間が既にいるのではないかと思っていたのだが、このポイントにはそれらしき影はなかった。
「知人の方はどちらですか?」
静流が質問する。
何となく、遠くないところにいるであろうことは分かっているのだと思う。
ただ、念のため確認しておきたかったのだろう。
「おぉ、すぐにこっちに来ると思うぞ。」
その言葉通り、少し離れたところからこちらに近づいてくる人影がある。
二人ほど、源一郎さんと近い歳であろう男性だった。
両者ともお約束と言わんがばかりのキャップを被って、ベストを装着していた。
絵に描いたような釣り仲間だ。
源一郎さんを見つけると、声をかけてきた。
「源さん、もう着いたのかい。」
「そうだ、二人とも、別のポイントに行ってたのか?」
「そうそう、源さんが来るって聞いたから、こっちに来たんだよ。」
二人のうちの一人、細身で、少し背の高いほうの男性が話していた。
どうやら二人とも別のポイントで釣りをしていたのを、源一郎さんの電話でこちらに移動することにしたようだった。
和やかな話し口調からしても、頻繁に一緒しているのだろう。
「それで、こちらが博物館のから連絡のあった若者で。」
「初めまして、榊静流と言います。」
静流は自分の挨拶を済ませた流れで、残り三人の紹介もしてしまう。
それぞれがそれぞれに挨拶を済ませてしまう。
先ほど話していた人が藤森邦夫さん。普段から湖を見て過ごすことが多いらしい。
ちょっと小太りな方が宮坂正雄さん。こちらは頻繁に源一郎さんの家まで遊びに来るそうだ。
初対面なのに本題から話しそうになっていると、野乃花ちゃんが世間話を始めた。
流石、野乃花ちゃんだ。
「今日は釣れてますか~?」
「お、嬢ちゃんも釣りをするクチかね?」
宮坂さんのほうが答える。
昨今は釣り人口が減少しているという話もあるので、若い女の子が普通に釣りに来ているのが、なんだか嬉しかったのだろう。
野乃花ちゃんも、ミミズらしき餌を針に付けながら楽しそうに話している。
こういった、何気ない切り口はあまり得意ではないので、正直、助かる。
「あの、私、こういうの触れなくて…」
澪が話に混ざりに行く。
こちらは藤森さんがキャッチしてくれ、釣り針に餌を付けてくれた。
自分はというと、澪の様子が気になったので、藤森さんと会話しているところに混ざることにした。
「ありがとうございます、手伝って頂いて…。」
「いや、構わんよ。こうやって、釣りに慣れてもらえれば。」
少し物静かなのかと思ってみれば、宮坂さんのほうがおしゃべりというだけで、普通に会話できる方だった。
少し緊張して話しかけたのだが、ある意味肩透かしを食らった気分だ。
決して悪い気分ではないが、何を緊張していたんだろうと、自分自身がばからしくなっていた。
「最近も、頻繁に釣りに来ているんですか?」
「ああ、毎日のように来ているよ。お兄ちゃんたちは観光かい?」
「ええ、知り合いに別荘の掃除を頼まれまして、それならと。」
藤森さんが少し楽しそうな笑顔を浮かべる。
もしかすると、最近は若い観光客、それも邦人の観光客が減っているのかもしれない。
「源さんに聞いたけど、湖の様子を確認してるんだって?」
「ええ、何か最近の様子がおかしいという噂を聞いたので。」
そうしていると藤森さんのウキが湖面に引き込まれる。
何か釣れたようだった。
「お、オイカワだな。こいつはとっておくか。」
そういって横に置いていたバケツに入れていく。
ちゃんとエアレーションもしているので、生きている状態で持ち帰る気だったようだ。
次の餌を付けて針を投げると、藤森さんが少しずつ話をしてくれた。
「前にはなかったんだけどな。」
「はい?」
「こういったところだと、やっぱり水が澱むところがあるんだよ。」
急に話が始まったので、一瞬、分からなくなってしまったが、本筋の質問に答えてくれているようだった。
「昔は澱みのある所は亀のたまり場だったけど、最近はウグイやオイカワまで群れで入り込むようになってね。」
「自分は詳しくないんですが、普通はないものですか?」
少し間があって、話が続いた。
何か言いにくいというよりは、藤森さんの中で話を整理していたようだ。
「流れの緩いところに行くのはおかしくはないんだよ。ただ、群れってのがなぁ…。」
「おかしいと?」
「そうだな、追い込んでるわけじゃないから、普通には考えにくいなぁ。」
なるほどと思った。
少数であれば見逃せる異変でも、それが群れ単位となると違和感になる。
その違和感は、普段から見ている人であるほど感じやすいものになる。
普段来ている人だからこそ、この違和感は気持ち悪いとはっきりわかったのだろう。
そんな話をしていると、隣に野乃花ちゃんと宮坂さんが来ていた。
宮坂さんも先ほどの会話を聞いていて、少し難しい顔をしている。
「そうだなぁ、近くに大物を見たわけでもないで、不思議だとは思ってたんよ。」
「マサさんもそうか、源さんも同じようなこと言ってたからなぁ。」
藤森さん、宮坂さんともに源一郎さんからも同じような話をされているらしい。
そして、同じような現象を見ているようだった。
「で、俺が夜釣りに来てると、なんか底のほうから音がしよったんよ。」
「音?」
「おお、なんてか、重い物を引き摺ってるような、ゴゴゴゴって音だったよ。」
重い物を引き摺る音。それも湖畔から聞こえるような近くだという。
その後に地震でもあれば、断層が動くときにそういった音が聞こえるという話も聞いたことはある。
そういうわけでもないところを見ると、やはり何かあるのだろう。
恐らくは、普通には感じる事のない何かが…。
そうこうしていると、源一郎さんと釣りをしていた静流までこちらに近づいてきていた。
バケツの中身を見ると、ウグイとオイカワがそれぞれ十匹ほど釣れている。
どのバケツにもエアレーションが入っていることからも、生きて持って帰るつもりだったのだろう。
息が合うというか、これが常識なのかわからないが、仲のいいことは伝わってきた。
自分たちも、年をとってもこういう関係でいたいものだと、ふと思った。
二人とも、この後は特に用がないので、源一郎さんの家にお邪魔するつもりだったらしい。
奥さんに連絡したところ、「もう少し遅くなるので夕食は適当に」と言われたらしく、みんなで夕食という話になった。
「折角だから、今日の釣果で夕食にするか。」
源一郎さんに提案され、この魚をどう料理するかを話しながら、源一郎さんの家に向かった。
—— 普段と異なること、その違和感を感じられる地元の人、その人たちとの会話はまだ終わっていなかった。
今回は、源一郎さんの釣り仲間たちと一緒に諏訪湖へ。
普段とは違う場所へ群れで入り込む魚。
湖底から聞こえる、重いものを引き摺るような音。
土地神から聞いた話を知らないはずの人たちから、少しずつ重なる情報が出てきました。
何か特別なものが見えるわけではなくても、毎日のように同じ場所を見ているからこそ気づける違和感があります。
次回は釣った魚を囲みながら、もう少し詳しく話を聞いていきます。




