古老
土地神から得た情報を胸に、今度は人の側から諏訪湖を見ていきます。
長くこの土地で暮らしてきた人には、この湖はどのように見えているのでしょうか。
土地神のナマズと会話してから、車を東に向けて走らせ始めた。
諏訪湖を周遊するように、比較的ゆっくりと走っていく。
一軒目のお宅は、そんなに遠くではなかったので、あまり急いで向かう意味を感じなかった。
静流が湖のほうを見ながら物思いにふけっているように見えた。
普段が明るいだけに、こんな風に黄昏ているのを見ると少し気になってしまう。
「静流、どうかしたか?」
「あ、いや、世界は広いなぁ…って思って。」
少し間を開けてから次の言葉を続ける。
「まさか魚とは話す日が来るとは思わなかったよ…。」
いや、そっちなのか、と思わず口に出そうになったが、寸でのところで止まった。
今までも神様と話し続けているので、同じようなものかと考えていたが、人によるようだ。
自分としては、特に気にならなかったので、静流も同じだと思っていた。
「次から、活け作りとか食べにくくなりそうだよね。」
そして、悩んでいるポイントは更にくだらないものだった。
本人にすると重大な話かもしれないが、外から見ると、どうでもいい話にしか思えない。
そもそも、ナマズを食べる機会自体が少ないと思っていると、後ろから声が聞こえた。
「ナマズさんは活け作りにならないから大丈夫~、どっちにしても美味しく頂いたら喜んでくれるよ!」
野乃花ちゃんが、静流の話に突っ込みを入れる形だが、そこにも突っ込みを入れたくなった。
ただ、後半の部分は、野乃花ちゃんはきっと良いお母さんになるなと感じる言葉だった。
十分と少しくらいで、最初のお宅にたどり着いた。
極端に大きいお屋敷という感じではないが、昭和を感じる造りの平屋で、結構な広さだなと思った。
外壁は木の板で出来ており、そこを見るだけでも、風情を感じた。
入口の門の所は、引き戸になっていて、その横にインターホンがついている。
そのインターホンを押そうと思っていると、庭にある小さな池で魚に餌をあげている好々爺を見つけた。
向こうもこちらを認識したのか、入口のほうに向かってくる。
「おぉ、あんたらが電話で聞いた人たちかね?」
博物館のスタッフから事前に話が通されていたのか、好意的に話を聞いてくれるようだった。
「はい、榊静流と言います。こちら順に…」
静流が、自分たち三人のことも紹介してくれ、ご老人もそれをにこやかに聞いてくれていた。
歳は七十は過ぎているだろう、
しかし、背筋はしゃんとしており、足腰も年齢を感じさせない動きをしていた。
「ワシは小口、小口源一郎じゃ。まぁ、そこで立ってるのも何だ、中に入りなされ。」
そういうと、源一郎さんは引き戸を開き、自分たちを招き入れてくれた。
中に入ってから二つ目くらいの部屋が客間になっているようで、大きめの丸い、和室用のテーブルが配置されていた。
その真ん中にお茶を入れるセットが置かれている。
来客があっても困らないようにしているのだろう。
湯呑の数や、家具の様子から見てひとり暮らしではなさそうなので、家族は不在なのだろうと思った。
「失礼ですが、今日はご家族は?」
「ああ、今日は婦人会があるらしくての、夕方まで帰って来んらしい。」
そういって朗らかに笑う。
いつものことなのだろう。特に気にした様子もなかった。
その様子を見て、あまり気を使わなくていいと判断したのか、静流が話を切り出した。
「こちらに来て色々とうわさを聞いたのですが、湖で何か変わったことがあったとか、聞いたことはないですか?」
「うーん、ああ、そういえば。」
静流の質問に少し悩んだ様子だったが、すぐに思い当たることに行きついたようだった。
「そういや、釣り仲間から“湖の底のほうから音がする”って話を聞いたな。」
「どんな音ですか?」
「なんというか、重いものが引き摺られるようなって話をしてたなぁ。」
重いものが引き摺られるというと、岩でもあるのか、はたまた、断層みたいなものが動いているのだろうかと思った。
しかし、近年でそこまで大規模な事件や、地震の話を聞いた覚えはなかった。
源一郎さんはほかにも思い当たることがあるようで、話を続ける。
「後は、魚の群れが急に動くんだよ。普段は行かないような場所に、群れで移動するんだよ。」
「普段は行かないというと…?」
「水が澱むところなんだけども、行き止まりになっててな。そんなところに群れで入っていく魚は見たことないんだわ。」
なるほど、確かに行き止まりに、魚が群れで入っていくというのは少し不自然な気がする。
何となく、亀ならあり得る気もするのだが、魚についてはイメージしにくい。
澱むところに行く…その理由として思い当たるのは“逃げ込んだ”という感じだろうか。
だが、今の情報だけでは判断するには早いと思った。
「もし可能なら、その釣り仲間の人の話も聞けますか?」
「ああ、今日も暇してるだろうから、ちょっと行ってみるか。」
自分から、他の情報源の、地元で暮らしている人たちの話を聞いてみたいことを伝えてみた。
すると、源一郎さんは思ったよりもフットワークが軽いらしく、すぐに動いてくれた。
スマホを片手に釣り道具を取り出し始める。
通話の相手は、釣り仲間の人らしく、今日の釣果や湖の様子を聞いていた。
どんな魚が釣れているかなどといった話もしていたと思う。
モノの数分で準備ができてしまい、自分たちもそれに続くことになった。
「おじいちゃん、釣った魚って食べられる~?」
「おお、お嬢ちゃん一人じゃ食べ切れんかもしれんけどなー。」
そういいながら歯をむき出しにして面白そうに笑う。
ある意味、野乃花ちゃんのほうが相性がいいのかもしれないなと思いながら、湖畔までの道を歩いた。
「境さん、私、釣り針に餌を付ける自信が…。」
「そこは頼んだらいい。俺でも、静流でも。それこそ源一郎さんでも大丈夫だろ。」
そんな話を後ろでしていると、源一郎さんにも聞こえていたらしく、女の子のお手伝いならしてやるぞ、という声が聞こえてきた。
どこの世も好々爺というのは、こういったノリで話をするものなのかなと、少し平和な日常を感じていた。
—— 釣り仲間、その人たちが湖をいつも見ている、よく理解していることを知るのは、この後すぐの話だった。
今回は、博物館で紹介してもらった小口源一郎さんを訪ねました。
土地神から聞いたばかりの湖の異変。
人の側から話を聞いてみると、湖底から聞こえる音や、不自然な魚の動きなど、どこか重なる話が出てきました。
そして話は、その湖を日常的に見続けている釣り仲間たちへ。
誰かにとっての異変も、別の誰かにとっては日常の中にある小さな違和感なのかもしれません。
次回は実際に湖を見ながら、もう少し詳しく話を聞いていきます。




