異兆
諏訪湖に棲む土地神から渡された、大量の情報。
そこには、この土地で起き始めているいくつもの異変が含まれていました。
こちらに伝えられた情報は多く、自分たちの意識の中に直接流し込まれる感じだった。
それも、自分だけではなく静流にも伝わっていたので、分担して確認することができる。
ただ、情報量が多かったことと、齟齬が発生しないように土地神に直接話が聞けるかどうか気になった。
しかし、自分たちは“存在している”ことは認識しているが、その姿までは認識できていない。
その、謎の存在である土地神がどのような形を持っているモノか、話ができるのか少し興味があった。
「自分たちには姿は見えないものなのか?」
そう尋ねると、土地神自身ではなく、野乃花ちゃんが答えた。
「そんなことないみたい。お話しできるように頑張るからちょっと待ってって~。」
少しばかり時間がかかるような言い方だったので、先ほどの情報を少し整理することにした。
大きく分類すると三つに分かれた。
まず、湖に入ってくる気配に“知らないもの”が増えたとなっている。
土地の外から来るものなら、知らないのも当然だろうと思ったのだが、土地神ともなれば人であれば人とわかるだろう。
個を知っているかどうかは別の問題であろうと思われる。
次に、水の流れに矛盾を感じる事があるそうだった。
上流から入るはずのものが、上流に引き込まれたり、湖底で佇むはずの流れが、湖底の向こう側まで引っ張られるらしい。
何かの映画であった地底世界への入り口のようにも思えるが、現実的には考えにくいだろう。
ここにも湖の中にも何らかの異変が発生していたことがあるという話と受け取った。
最後に、土地神にも“存在すること”しか認識できない何かが発生しているらしい。
土地神は普通の生き物であれば、それが何なのかをきちんと認識することができる。
魚であれ、水草であれ同じことだ。
だが、それとは異なる、動物とも植物とも、果てには無機物ともとらえられないものが増えている。
これは明らかに増えているという感触らしい。
この異変についてだけは、土地神にもわからないかもしれないと思った。
ひとしきり、情報の整理をし終わってすぐに、土地神が目に見える形となった。
巨大なナマズの姿。
化けナマズという人もいるだろうし、海外種であると思う人もいるだろう。
だが、土地神を名乗るそのナマズは、自分たちと言葉を交わすことができた。
「この形だと、言葉は通じますか?」
「ああ、聞こえる。」
静流や野乃花ちゃん、澪の様子を見る限り、ここにいるメンバーにはちゃんと聞こえているようだった。
楽しそうな野乃花ちゃんとは対照的に、不思議そうな顔をしている澪が印象的だった。
「一つずつ確認させてもらえますか?」
「はい、私にわかることでしたら教えますよ。」
静流の言葉に土地神が答える。
口がパクパクしているが、そこから声が聞こえる感じではなかったので、少し違和感があった。
そんな自分を置き去りに、二人は会話を続ける。
「湖に入ってくる気配で“知らないもの”とありましたが、どういう風に“知らない”んでしょうか?」
土地神は少し考えるそぶりをした。
見た目には分からないが、直感的にそう感じた。
「獣の角をはやした人間や、鱗のある人間を見たことがありますか?」
「病気ということはないんですよね?」
「見た限り、それが自然と考えているようでした。そういったものを見かけることが増えていますね。」
恐らくはファンタジーな世界の生き物か、それをイメージした心霊のようなものだろうと思われる。
さんざん神様とも話を続けてきているので、ファンタジーな生き物が現れても、もう驚かない。
鱗はちょっとゾッとするが。
それは、単純に魚の鱗が台所で散らばった経験が、自分の深層心理に影響しているからだろう。
「なるほど、今まで見たことのない生き物を“知らないもの”と言っているんですね。」
「はい、想像できない生き物というのが正しいかもしれませんね。」
言い回しの修正も的確だった。
事象をかなり正確に理解しているのだろうことが、その受け答えからも分かった。
「次に流れがおかしいというのは、何かきっかけがあるものですか?」
「いえ、これは全く分かりませんが、突然起こるのです。」
「突然?」
「ええ、急に本来とは違う方向の流れなどが発生しています。」
土地神も、その姿から考えて魚の形で現世に存在しているのだろう。
急に流れが逆流されると、それは困ったものだろうということは想像に難くなかった。
それとは別に、湖底の向こう側に引っ張られるという話が残っていた。
静流が話し損ねているみたいだったので、こちらからフォローすることにした。
「湖底から何かに引っ張られるような話もあるみたいだが、そちらは?」
「ああ、そちらも問題になっています。何せ湖底にぶつかったまま引き摺られる者もいますので。」
「結構、命にかかわる問題じゃないのか?」
「そうですね、やはり命を落としたものもいます。ですが、突然なので防ぎようがないのです。」
「突然か…、ひとまず情報としては分かった。」
突然湖底にたたきつけられたり、引き摺られたりするというのは本当に命に係わるだろう。
魚だけではなく、人間でも問題になると思う。
むしろ、人間は水中で呼吸ができないので、もっと深刻な問題になるだろう。
一度、水難事故の履歴を調べてみるほうがいいだろうと思った。
「最後ですが、“存在すること”しか認識できないものがあるとか…?」
「ええ、形としては見えないんですが、そこに在るということだけは感覚的にわかります。」
「どういうことですか…?」
「感覚で“何かがある”というのは分かるんですが、それが何かまでは分からないのです…。」
「境、イメージつく?」
「光学迷彩みたいな感じか……いや、それとも違うか。」
静流に話を振られたので思い当たるところを答えておいた。
その言葉を拾った静流がつぶやく。
「見えないんじゃなくて、観測できる情報がない……?」
よく聞く光学迷彩というやつであれば、何となく存在は分かるがそれが何かは分からないだろう。
静流の言うとおり、観測ができていないと考えるのが正しいのではないかと感じた。
自分たちが土地神を見た時もそうだったが、時空のレンジや、存在がずれていると見えないのかもしれない。
一先ず、これで一通りの話を聞いたことになった。
その他に何かないか土地神に聞いてみると、意外な話が聞こえてきた。
「これらの事象が発生する前に、女の子を見ることが多い気がしますね…。」
「どんな娘だ?」
「色々と装飾された巫女装束の女の子です、禿のような小さい子もいることがありましたね…。」
その特徴を聞いて驚いた。
ほぼ間違いなく結のことだ。
「その女の子について詳しくわかりませんか?」
「いえ、現れては悲しそうに消えるだけなので…。」
澪が慌てて確認するが、土地神は見るだけで、何かコンタクトが取れたことはないようだった。
悲しそうにというところは分かるようなので、表情まではとらえることができているというポイントも収穫だ。
何かを伝えようとしているのだろうが、伝わらないといったところだろうか…。
今は難しいかもしれないが、結と会うことがあれば、確認しておく内容が一つ増えたなと思った。
「色々ありがとうございます。参考になりました。」
静流がそう伝えると、土地神はまた姿が見えなくなった。
湖に波紋が広がったので、湖の中に帰っていったのだろう。
湖に来ただけでも、大量の情報が入ってくることになり、少々困惑してしまった。
とはいえ、色々と紹介してもらっているので、次に向かうために、みんなで車のほうに戻ることにした。
さあ、次は地元の人との会話だな。
そう思って、車を発進させた。
—— 土地神が遭遇し続けていた異変、それは一行をも巻き込む異変へと成長している。それに気づくのはまだ先の話だった。
昨日のBBQのお礼から始まった、土地神との情報交換。
姿を現したのは、諏訪湖に長く棲む巨大なナマズでした。
見たことのない生き物。
本来とは異なる水の流れ。
そして、存在していることしか認識できない何か。
さらに異変の前には、結と思われる少女の姿も目撃されていたようです。
一つずつ情報が繋がり始める一方で、諏訪湖では境たちの知らない異変が、すでに進み始めていました。




