無定
ついに百話を越えましたが、物語はまだまだ続きます。
それぞれの在り方を語った事代主神。
最後に語られるのは、今代の「神代」について。
正しさとは何か。
何を基準に判断するのか。
そんな少し難しい話を、相変わらずの気さくな神様と一緒に。
意味深な言葉を発しておきながら、事代主はくつろいでいるような恰好を崩すことはなかった。
言葉の意味を探して、少し構えていたのだが、そこまで構える必要はなかったのかもしれない。
事代主はくつろいではいるが、特に行儀が悪いような恰好はしないまま、お茶を飲むと話を切り出した。
「さて、本来の神代の役割というのは聞いておるかの?」
「ああ、建御名方神との会話の中でぼんやりとだが。」
事代主は顎髭を触る動作を止めず、何かを考えているようだった。
「ハッキリとは言わんかったということは、分かったうえではぐらかしたんやな。」
ここにきて、建御名方神の発言が、何かをはぐらかしたものであることを告げられる。
建御名方神の言う“他の世界からの干渉を調整する”というような役割はあくまで建前で、本来はほかの所にあると言いたげだ。
しかし、言葉をすぐに次ぐ様なことはなく、言うべきかどうか悩んでいるようにも見えた。
しばらく沈黙が続いたが、事代主はゆっくりと言葉を並べ始めた。
「建御名方神の言う、干渉を調整する役割というのも一つの側面としては正しいんや。」
「一つの側面?」
「せや、側面や。神代は本来、干渉してきたモノを理解して、どうするかの判断をする役割といった方が正しいねん。」
理解して判断する。干渉してきたものを拒絶したのも、その判断の結果だということだろう。
ちょっとわからないのが、未知のものを理解するというところだ。
何も情報がないのに、それを理解し、さらにそれをどうするかの判断までするという。
それこそ、神の御業といわれても仕方ないような内容に聞こえた。
「それじゃあ、まるで神様のやってることじゃないか?」
「せやな、せやから“神代”呼ばれてるんやと思うわ。」
そこまで言われてハッとした。
確かに建御名方神も“神に代わり得る存在”と言っていたことを思い出した。
事代主の言葉を合わせると、神代は“神に代わって力を行使する人間”という意味に聞こえる。
分かりやすく言うと、神の使徒に近いものという解釈なのだろう。
だが、自分は無神論者とは言わないが特定の神を信仰していることはない。
なのに、神に代わるというのはどういうことなのか、考えるほど深みにはまってしまった。
「分かりにくいやろ?ワシらもようわかってない言うんが正しいんやわ。」
「そんなものなのか?」
「せや、それくらい緩くてええんやで。」
そういうと膝を叩いて大笑いしていた。
本当に、人に近しい神様なんだなと、迷って、混乱している自分を見て助けてくれる。
人が人に手を差し伸べるのに近いものを感じていた。
「ワシが考えるには、何かを信仰するほうが不味いと思うとる。」
「何か理由があるのか?」
「判断をするには、中立である方がええやろ?」
「そうか、偏るのか?」
「せや、やっぱり今代の子らは、今までよりも更に賢いみたいでうれしいわ~。」
言われてみるまで気が付かなかったので、結構間抜けな話だと思うのだが、喜んでもらえたのは素直にうれしい。
しかし、神の一柱とするべき事代主が、中立を評するというのは少し意外だった。
いつの神話も、どちらかの正義があるという形で、そちらの陣営に与するようにしたいように見えていた。
だが、実際の神様というのは、そうとも限らないのではないかと、認識を改めることにした。
にこにこと満足そうな笑顔を浮かべたまま、事代主はこちらの言葉を待っているようだった。
今の言葉で一つの疑問は解消したのだが、もう一つの疑問は残っていた。
「さっき、自分のことを“特別製”といったのは、どういうことなんだ?」
「おお、やっぱりそこに引っかかったな。」
少し足が痺れたのだろうか、一度座りなおして体勢を整えてから話を始める。
「今までに見た神代のは、自分の中に一つの基準みたいなんを持ってたんや、せやけど、今回はその基準が見えんのや。」
「いや、基準なんて、“ヒトによって異なる”モノだろう?」
「せやな、せやけど、それやと判断を下せん言うんが、大方の認識やったんよ。」
よくよく考えると確かにその通りだと思う。
明確な基準がないのに、相手を拒絶したり、そのまま放置したりなんて事は難しい。
そうなのだが、自分の中では何かしっくりこない。
自分にとって、判断基準なんてものはポジションによって移り変わるものという程度でしかないのだ。
「まぁ、悩まんでええって。自分はそのままでええんよ。」
「ん、どういうことだ?」
「自分は基準がないまま、そのまま前に進んでみてくれんかの。」
事代主の言いたいことがよく分からなくなった。
基準がないまま、この先で何かの判断を進めて行けということだろうか。
「基準がない言うんは、相手をまず知るところからやと思うねん。」
「ああ、自分はそうあろうと思ってはいる。」
「せやな、せやから、そのままで居ってほしいんよ。自分の基準だけで判断を下さんといてほしいねや。」
何となくわかってきた。
決まった基準を作ってしまうと、相手を知るチャンス自体をフイにしてしまう可能性があるということを言っているのだろう。
問答無用となってしまうと、相手の言い分を聞かなくなってしまい、相手を知る機会を失いかねない。
遠回りかもしれないが、干渉してくる何かのことを知れば、次の摩擦は回避できる可能性もあると思う。
そういった形を求められているのだと、理解した。
「迷いながら、会話をするくらいになるが、それで構わないか?」
「それがええんやわ。頼んどくで。」
そういって立ちあがると、こちらに近づいてきて自分の肩をパンパン叩いてきた。
激励の意味もあるが、期待を込めているというのもよく分かった。
神様に期待されているというよりは、近所の中のいいオジサンに期待されているような感じだ。
明らかな好意を受け、責任と満足感を感じていた。
「ほんで、次に行くところは決まってるんか?」
「いや、今のところはまだ決まってないな。」
「なら、一度鹿島のほうに行ってみんか?」
鹿島というと、鹿島神宮のことだろうか。
詳しく調べたことはないので、下調べが必要だが、恐らくは事代主や建御名方神と縁があるのだろう。
ひとまず、候補として受け取っておくことにした。
「一度検討してみる。」
「さて、ワシもそろそろ眠くなってきたで、ちょっと昼寝させてもらうわ。」
「神様も昼寝するんだな。」
少しおかしくなって顔がほころんでしまった。
その様子を見た事代主は満足そうな笑顔を向け、手を振りながら神木の上のほうに消えていった。
一通りの話をみんな聞いてたからか、何となくほっこりした雰囲気になっていた。
その雰囲気もいいものだったので、そのまま、車のほうに向かうことにした。
帰りの車に向かいながら、途中に共同浴場があることが分かったので、今日も疲れを落として帰ろうという話になった。
秋宮から出る時に、少しだけ、知っている香りがした気がした。
—— 後ろ髪を引かれるほど、身近に感じた神様。もう一度話す機会を期待しながら、その場を後にした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は境自身の在り方についてのお話でした。
明確な基準を持たないことは、一見すると頼りないことなのかもしれません。
ですが、最初から答えを決めてしまわないからこそ、相手を知ることができる。
これまで境が自然にやってきたことが、「今代の神代」の特徴として少しずつ形になってきました。
そして、事代主神から示された次の候補地――鹿島。
まだ行くと決まったわけではありませんが、諏訪で得たものが、この先どのようにつながっていくのでしょうか。
それにしても事代主神、最後まで近所の気のいいオジサンでした。
また登場してほしい神様です。




