第四章 【そぐわぬ者】 1.只者 パート1
第四章 【そぐわぬ者】
1.只者
2.特異点
3.力の源
時は遡り――。
帝国王宮の東の外れに佇む、石造りの塔。
その一室。
『どうだい? ここでの生活は。お前が不自由しないよう、指示は出してあるのだが。』
優しげな口調で青年が問いかける。
だが、語りかけられた女性は冷ややかに答えた。
『不自由ですか……。なら、ここから出していただきたいものですね。』
『ハハッ。それはできない相談だ、グレイス。』
青年は笑みを浮かべながら、椅子に腰掛けるグレイスへ歩み寄る。
『お前には"ここに居る"という役割がある。そして、囚われのお前を救い出すため、死地と知りながら騎士たちが舞い戻る……想像しただけで泣ける展開じゃないか。』
『その者達に討ち滅ぼされる覚悟は、おありですか? ルシアス。』
『フフッ。まるで私が悪者のような口ぶりだね。』
『悪者ですか……。アナタに善悪の違いが分かるのなら、そうなのでしょうね。』
グレイスはそう言うと、小さく目を伏せた。
その表情には、諦めにも似た色が滲んでいた。
『善と悪か。実に興味深い話だ。価値観ひとつで、どちらにも転ぶ概念……何が正しく、何が間違っているのか。それを決めるのは、いつだって後の時代を生きる者たちだよ。』
『ならば私は、自らが善と信じた道を貫きましょう。そのための種は蒔きました……私は、その芽吹きを信じて待つのみです。』
そう言ってグレイスは静かに目を閉じる。
ルシアスはその姿を見つめ、微笑みながら口を開いた。
『そうそう……エリシアが、ほんの少しではあるが【目覚めた】と報告が入ったよ。』
ガタッ。
その一言で、閉じていたグレイスの瞳が大きく見開かれる。
勢いよく椅子から立ち上がる姿には、隠しきれない焦りと動揺が浮かんでいた。
『エリシアに何をしたのです!』
鋭い視線がルシアスを射抜く。
しかし、その視線を受けても彼の表情は微塵も揺るがない。
『ガルデレイン……いや、【女神の守護剣】か。お前がエリシアへ託した剣なのだろう? 感じていたよ。あの剣から漂う神の気配を。』
ルシアスは天を仰ぎ、恍惚の笑みを浮かべる。
『……その様子では、エリシアは無事のようですね。』
安堵の息を漏らすグレイス。
一方、ルシアスは隠そうともせず口元を歪める。
その姿は、まるで新しい玩具を与えられた幼子のようだった。
『その通りだ。実に素晴らしい。生と死の狭間に立ったことで、剣は持ち主の"生きたい"という想いに応えたのだ。』
そう言うと、腰に帯びた剣を静かに抜き放つ。
刀身は、まるで朝日そのものを閉じ込めたかのような黄金色の輝きを放っていた。
『王家に伝わる【ラムドローブ】暁と始まりの名を冠する剣――。
そして、それと対を成す【女神の守護剣】。
ダラへ贈られた際に付けられた名だ。
その真の名は【ラムドクレプス】黄昏と終わりの名を冠する剣――。
女神リンが携えていたとされる二振りのうち、一振り。』
グレイスの鋭い視線を一瞥すると、再び刀身へ視線を落とす。
『この剣は持ち主を選ぶ。
選ばれし者だけが扱える剣だ。
そして、この物語は新たな神話を紡ぐため、運命に選ばれた者だけが立てる舞台。
……ゆえに理解できん。
あの少年……名は何と言ったか。』
その瞬間。
グレイスは、ルシアスに初めて違和感を覚えた。
先ほどまでの愉悦に満ちた笑みは消え、そこにあったのは思い通りにならない幼子のような、歪んだ表情だった。
少年――。
思い当たる人物は一人しかいない。
特別な力を持たず、自らの意志と努力だけで森を生き抜いてきた、あの少年。
『……フィン。あの子が気になるのですか?』
『フフッ……何を言い出すかと思えば。私が、あの【只の人の子】を? あり得ないことだ。』
『では、鏡をご覧なさい。今のご自身が、どんな顔をしているのか分かるでしょう。』
ルシアスは無言で剣を鞘へ納める。
そして静かにグレイスへ向き直った。
『まあいい。
偶然は長くは続かないものだ。
それに、【只の人の子】である彼が、新たな神話にどこまでついて来られるのか……見届けることにしよう。』
『偶然……ですか。』
グレイスは何かを言いかけ、言葉を飲み込んだ。
その様子を満足げに見届けると、ルシアスは踵を返し、部屋を後にする。
歩みを止めることなく、背中越しに言葉だけを残した。
『奇跡など起きんよ。
そして、お前の次の一手を楽しみにしている。』
バタン――。
扉が閉まる音だけが、静かな部屋へ響く。
残されたグレイスは窓辺へ歩み寄り、遥か遠くの空を見つめながら、小さく呟いた。
『私は信じます……。
偶然の積み重なりが、やがて奇跡になることを。』
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
今回は少し時間を巻き戻し、グレイスとルシアスの会話を描いてみました。
これまで断片的にしか見えていなかった二人ですが、少しは考え方や目的が伝わっていれば嬉しいです。
次回からは主軸の三人に戻ります。




