第三章 【神の子】3.決断 パート4
時は戻り現在。
ノクスに辿り着いた二人は何を語り掛けるのか?
玉座の間は静寂に包まれていた。
ノクスはぽつりと独り言を漏らす。
『・・・もうすぐ、始まってしまいますね。』
宙を彷徨っていた視線が、ゆっくりと落ちる。
『儀式を目前にしても、思い浮かぶのは、あの方たちの顔ばかりです。』
ノクスは小さく笑った。
『人々を導く存在になる――それは、私自身が夢見ていた事でもあったはずなのに・・・。』
そう言うと、自分の手を顔の前にかざし、静かに見つめる。
『人の心とは難しいものですね。自分の事すら、よく分からない。』
しばし沈黙する。
『何故、私はこの力に選ばれたのでしょうか・・・。』
俯き、言葉を失うノクス。
再び静寂が辺りを支配した、その時だった。
ズゴゴゴ・・・
何かを引きずるような鈍い音が、玉座の裏側から響いてくる。
ノクスはハッと顔を上げた。
おかしいですね・・・この部屋には誰も居ないはずなのに・・・。
警戒しながら、ゆっくりと玉座の裏を覗き込む。
するとそこには、見知った顔があった。
瞬間――目が合う。
『ノクス⁉』
『フィンさん⁉』
ほぼ同時に声が上がる。
その直後、もう一つの人影が穴の中から姿を現した。
『エリシアさん⁉』
目を丸くするノクス。
エリシアとフィンは、その顔を見た瞬間、安堵したように息を吐いた。
『やっと会えたな。思ったより元気そうじゃないか。』
エリシアは柔らかく微笑みながら言う。
ノクスは、あまりにも普段通りの口調に戸惑った様子で問い返した。
『な、何故あなた方がここに・・・?どうやって――』
言いかけた所で、足元に空いた穴へ視線が向く。
恐る恐る覗き込むと、そこには傷だらけの顔をした筋骨隆々の男がこちらを見上げていた。
『ひぃっ‼』
ノクスは小さく悲鳴を上げ、慌てて玉座の正面へ戻る。
『そ、その恐ろしい顔の人は何なんですか・・・?』
玉座越しに震えた声で問いかける。
『ああ、私たちの仲間だ。名をバッカライという。お前に会う為に協力してもらった。』
『こう見えてパン屋なんだぜ。パンは激マズだけどな。』
フィンが笑いながら言った瞬間、
『おい。』
下から尻を叩かれ、フィンは「いてっ」と顔をしかめる。
『安心してくれノクス。見た目ほどは怖くはない。』
エリシアはそう言いながら、玉座に背を預けると、静かに口を開く。
『さっき、私たちに「何故ここに居るのか」と言ったな?』
少し間を置く。
『「来たからには友人に会いに行くのは当然」――これは、お前が以前、私に言った言葉だ。』
その言葉に、ノクスは困ったように笑った。
『それは・・・実にズルいですね・・・。』
嬉しさと戸惑いが入り混じった声だった。
エリシアは静かに続ける。
『どうだ。また私たちと旅に出ないか?そして、私を助けてくれないか?』
ノクスは答えず、静かに俯く。
玉座の間には、遠くから聞こえる祈りの声だけが響いていた。
やがて、ノクスはゆっくりと口を開く。
『迷っていました・・・神になる事をやめ、皆さんと旅に出る。そしてエリシアさんやフィンさんの力になり、多くの人を助ける・・・それもまた、素晴らしい未来だと思いました。』
一度言葉を切り、小さく息を吐く。
『ですが、私が神になる事で救われる人々も居る。救われる命もある。そう考えると・・・どうしても、この場から踏み出せませんでした。』
ノクスはゆっくりと顔を上げる。
『そして、それはお二人の顔を――いや、目を見た瞬間に決まりました。』
静かな、しかし迷いのない声。
『私は――神になります。』
その言葉を聞いたエリシアは、そっと目を閉じた。
そして、小さく微笑む。
『私も、お前の目を見た瞬間に、そう言うと思ったよ・・・見るまでは、引っ張ってでも連れて帰るつもりだったのだがな。』
『ちぇっ。せっかく苦労してここまで来たのによ。とんだ無駄骨だぜ。』
フィンは肩をすくめる。
しかし、その口元はどこか嬉しそうだった。
『でも、まぁ・・・ノクスらしい答えかもな。』
エリシアは穴の方へ視線を向ける。
『バッカ・・・茶番に付き合わせたような形になってすまない。』
バッカライは静かに首を横に振った。
『いえ。久々に楽しい時間でしたよ。』
そう言うと、少し目を潤ませながら続ける。
『それに、エリシア様の大切な友人に二人も会えた。それだけでも、ここへ来た価値がありました。』
エリシアは小さく笑みを浮かべると、今度はフィンを見る。
『今日は友人の晴れ舞台だ。特等席で見守らせてもらおうじゃないか。』
『ああ、そうするか。』
フィンもまた、玉座の裏に背を預ける。
エリシアは小さく「すまんな」とバッカライに頭を下げた。
――
――
数刻の後。
玉座の間の巨大な扉が、重々しい音を立てながらゆっくりと開かれる。
厳かな祈りを捧げながら、神官たちが列を成して入ってきた。
その声は次第に重なり合い、玉座の間全体を震わせていく。
ノクスは静かに目を閉じた。
いよいよ始まる――
ノクスが、“神”となる為の儀式が。
神になる決意を固めたノクス。
このまま、袂を分かつのか・・・
パート5に続く。




