第三章 【神の子】3.決断 パート1
3.決断
地下通路へ降りた三人は、ランプに火を灯すと、その淡い明かりを頼りに歩を進めた。
通路は狭く、人ひとりがようやく通れる程度の幅しかない。
三人は縦一列になり、湿った石畳を慎重に踏みしめながら進んでいく。
古井戸から伸びる通路は、しばらく一直線に続いていた。
やがて、遠くにぽつりと小さな明かりが見える。
『あれが最初の街の井戸です。あそこから先は分岐になっていますから、先ほどお見せした地図の順路通り進みます。』
先頭を歩くバッカライが、小声でエリシアへ告げた。
『分かった。分岐の度に三人で確認を取りながら進もう。』
『確かにな。崩れそうな場所も結構あったし、多少遠回りでも確実な道を行った方がいい。』
『ああ、その通りだ。俺とお前で作った地下通路の地図は完璧だからな。』
バッカライは振り返ると、フィンへ親指を立てる。
フィンも笑いながら親指を立て返した。
その様子を見ていたエリシアが、少し呆れたように口を開く。
『お前たち……いつの間にそんなに仲良くなったのだ?』
『同じテーブルで飯を食って、一緒に仕事をすれば、自然とこうなりますよ。』
バッカライは肩をすくめながら答える。
『そうか……そういうものなのだな。』
エリシアは、どこか羨ましそうに呟いた。
『だいたい、そういうもんだろ?
お前、友達とかいなかったのか? ……まぁ、俺もいなかったけど。』
歩きながら、フィンが軽い調子で問いかける。
しばしの沈黙。
そしてエリシアは、静かに口を開いた。
『……思えば、私に“友”と呼べる存在はいなかったな。』
ランプの明かりが、彼女の横顔を淡く照らす。
『軍に入隊してからも、訓練は私専用のプログラムだった。一般兵と関わる機会など、ほとんど無かった。』
エリシアは先頭を歩くバッカライの背を見つめた。
『戦場へ出てからも、食事は別の場所だったし、戦勝を祝う席でも、私は一段高い席を用意されていた。』
そこで一度言葉を切る。
『……お前たちが騒いでいる姿を、私はいつも上から見ていた。
本当は、私も一緒になって祝いたかったのだがな。』
その言葉と共に、エリシアの視線が静かに落ちる。
『皆、気付いてましたよ。』
バッカライが柔らかく答えた。
『エリシア様、感情が顔に出やすいですから。』
『そうなのか? それは初耳だな。』
意外そうに顔を上げるエリシア。
その表情に、バッカライは苦笑した。
『俺たちも何度か、酒に酔ったふりをしてエリシア様の席に突撃しようとしたんですがね。』
『突撃?』
『ええ。でも――たどり着けなかった。』
『何だよ、“たどり着けなかった”って。』
フィンが眉をひそめる。
エリシアも不思議そうに首を傾げた。
『確かに。それはどういう意味だ?』
バッカライは吹き出しそうになるのを堪えながら答える。
『居たんですよ。エリシア様の席の前に――【鬼】が。』
『っ……ああ、確かにな……。』
その言葉だけで、エリシアも察したらしい。
バッカライは肩を震わせながら続ける。
『【帝国最強の騎士】――またの名を【過保護のオイデン】がね。』
『確かに、思い返せば……私の傍にはいつもオイデンが居たな。』
『あの鬼が腕組みして仁王立ちしてるんですよ?
誰が近づけますか。』
その言葉に、エリシアは思わず苦笑する。
重かった空気が、少しだけ和らいだ。
そしてバッカライは、真面目な顔に戻ると、静かに言葉を続ける。
『これは……エリシア部隊の皆が思っていた事です。』
通路に響く足音だけが、静かに続く。
『恐れ多い事ですが――俺たちにとって、エリシア様は仲間でした。』
バッカライは一度言葉を切った。
『そして、友であり……家族だったんです。』
エリシアは目を見開くと、少しはにかみながら笑った。
『……そうか。ありがとう。』
気付けば、いくつもの分岐を越えていた。
その時だった。
先頭を歩いていたバッカライが、片手を上げて後続の二人を制する。
続けて、人差し指を口元へ当てた。
『……そろそろ神殿の敷地内です。』
声を潜める。
『巡礼者も集まっているでしょう。気付かれないよう、慎重に進みます。』
二人は無言でうなずいた。
そして三人は、神殿の奥――
ノクスの待つ場所へ向かい、静かに歩き出した。
神殿の敷地に入った三人。
パート2へ続く




