第三章 【神の子】2.本当の心 パート9
バッカライの情報とは、どんなものなのか・・・
バッカライはそう言うと、手書きの地図をテーブルに広げた。
『昨日の夜、酒場で聞き込みをしていたんですがね。そこで、とある噂を耳にしました。』
そう言いながら、神殿の位置を指でなぞる。
『何と、三年ほど前――この神殿に盗賊が忍び込み、祀られていた宝が盗まれたらしいんです。』
フィンは腕を組み、怪訝そうに眉をひそめた。
『それが、とっておきの情報か? 神殿に宝なんて珍しくもないだろ。』
『落ち着け。話には続きがある。』
バッカライは苦笑すると、神殿中央を指先で軽く叩く。
『盗まれたのは、一振りの剣だったらしい。
名を――【女神の守護剣】。
あの【ダラの錫杖】と共に、神殿中央の【神の玉座】に祀られていたそうだ。』
その言葉に、エリシアが静かに口を開く。
『奇跡を起こす杖と並べて祀られていたのなら、相当な宝物に違いない……。
だが、神殿の中心からどうやって盗み出したのだ?』
『俺も、そこが気になりましてね。』
バッカライは腕を組みながら続ける。
『だから酒場の連中に聞いたんです。
“どうやって盗まれたんだ?”――って。』
そこで一度言葉を切る。
『だが、返ってきた答えは簡単でした。
誰にも分からない――。』
静まり返る空気の中、バッカライは低い声で続けた。
『話を知る者は、皆そろって同じ事を言うんです。
“ある日、忽然と消えた”――ってね。』
【消えた】
その言葉に、フィンは小さく眉を動かした。
『……待て。消えたって、さっきは“盗まれた”って言ってたよな?』
『ああ。最初、神官たちは“盗まれた”とは思わなかったらしい。
それには理由がある。』
バッカライは地図の中央を指で叩く。
『ダラ信仰は争いを好まないとはいえ、神殿にも当然、警備の衛兵はいる。
特に【神の玉座】周辺の警備は厳重だったそうだ。』
指先が円を描くように地図をなぞる。
『そんな場所から、何の痕跡も残さず宝が消えた。
だから最初は、“盗まれた”ではなく、“消えた”と大騒ぎになったらしい。』
『そこから、どうして盗難だと分かったんだ?』
フィンの問いに、バッカライは頷く。
『剣が消えて数日後――
剣に付いていた装飾品が、街の外で見つかったんだ。』
『装飾品だけが……?』
エリシアは顎に手を添え、考え込む。
『ああ。しかも、ひとまとめじゃない。
点々と落ちていたらしい。』
バッカライは地図の一点を指でなぞり始めた。
『装飾品が見つかったのは、この辺りだ。』
指先がゆっくりと線を描いていく。
『俺は、この【消えた剣】と【落ちていた装飾品】に繋がりがあると考えた。
だから、この周辺を探ってみたんだ。』
そして、ある一点で指を止める。
『そこで見つけたのが――古井戸だった。』
フィンとエリシアの視線が地図に集まる。
『妙だと思ったんですよ。井戸の中から、風が吹いてきた。』
バッカライはニヤリと笑う。
『気になって中に入ってみると、井戸の底に横穴があった。
しかも、その先は通路になっていたんです。』
指先が街へと移動する。
『さらに調べると、その通路は街中の井戸に繋がっていた。』
バッカライは、街中に描かれた複数の井戸を順番に指差した。
『おそらく、この地下通路は街の下に張り巡らされている。』
『なるほど……。つまり、その通路は神殿にも繋がっているかもしれない――って事か?』
『その通りだ、フィン。』
バッカライはニヤリと笑う。
『三年前の盗賊は、この通路を使って神殿に忍び込んだ。俺はそう睨んでる。』
そう言うと、フィンを指差した。
『――という訳で、明日の午前中。お前は俺と一緒に地下通路へ潜るぞ。』
『通路の構造確認と、神殿への繋がりを調べるって訳か。』
『そういう事だ。』
そして、今度はエリシアへ向き直る。
『エリシア様には、この店で待機してもらいます。俺たちが戻り次第、報告を。』
エリシアは静かに頷いた。
『分かった。この作戦は、お前たちに掛かっている。頼んだぞ。』
その言葉に、バッカライは口元を吊り上げる。
『……ふふっ。この感じ、久しぶりですな。戦場を思い出します。』
『エリシアって、こういう時は妙に締まって見えるよな。普段は【アレ】だけど。』
『フィン! それこそがエリシア様の魅力だろう!普段は【アレ】だが、締める時は締めるお方なんだよ!』
鼻高々に力説するバッカライ。
その隣で、フィンが【アレ】と言う言葉に腹を抱えて笑っている。
エリシアはそんな二人を見つめ、諦めたように小さく息を吐いた。
――早く帰ってきてくれ、ノクス。
心の底から、そう思わずにはいられなかった。
次回、神殿潜入開始。
パート10へ続く。




