第三章 【神の子】2.本当の心 パート5
パート4からの続き。
そんなやり取りをしていると、突然、工房の奥から怒鳴り声が響いた。
『バッカ! お前また勝手にレシピを変えてパンを焼きおったな⁉』
ドタドタと荒々しい足音を立てて部屋に入ってきたのは、いかにも職人といった風貌の老人だった。
老人はバッカライの目の前に立つと、息もつかせぬ勢いでまくしたてる。
『お前の焼いたパンのせいで、この店がどんな風に言われておるか知っておるのか? 【殺人パンを売る店】だぞ!
お前が手伝い出してから、この街の者は誰一人寄りつかんくなったわい!』
怒りで周囲が見えていないのか、客であるエリシアとフィンにはまるで気付いていない様子だ。
『待て待て、親父! 確かに今は客足が遠のいているかもしれん。
だがな――いつかこのパンの味は認められる。この街で、この国で……いや、世界で売れるようになる! 俺が保証する!』
そう言って自信満々に胸を叩き、ガハハと豪快に笑う。
その姿に、老人はクラリとよろめいた。
倒れそうになる体を、とっさにエリシアが支える。
『大丈夫ですか、ご老体。』
抱き止められて、ようやく老人は我に返った。
『おお……すまん。客人がおったとは……。あまりの怒りに、我を忘れておったわい。』
慌てて姿勢を正し、軽く咳払いを一つ。
『失礼した。ワシはこのバッカライの父、バッケロという。……バッカ、この方たちは?』
バッカライはエリシアの顔を見ると、何かを察したように口を開く。
『こちらの女性は、帝国にいた頃に知り合った【友人】のエリシアさんだ。で、そこの小僧は【お供】のフィン。』
そう言って親指を立て、ウインクを送る。
エリシアは軽くお辞儀をしながら、【友人】という言葉に少し照れたように鼻の下をこすった。
一方のフィンは【お供】という言葉が気に入らないのか、無言で抗議のジェスチャーをしている。
『ほう……バッカの友人とな。こいつの交友関係は、むさ苦しい男ばかりだと思っておったが……。』
バッケロはエリシアをまじまじと見つめる。
『こんな若くて美しい女性の友人がいるとは……はっ⁉』
何かに気付いたように、バッカライを手招きして呼び寄せ、小声で囁く。
『まさか、お前……そうなのか?』
『?? そうって……ああ、親父には嘘は通じんな。まぁ詳しくは言えんが……俺にとって大切な人だ。』
その言葉に、バッケロの顔がぱあっと明るくなる。
『よし! 今日は良い日だ! 店は閉めるぞバッカ!どうせ売れんしな。』
勢いよく振り返り、エリシアたちに向き直る。
『エリシアさん、それにお供の方! 今日はうちで夕食をご馳走しよう。部屋も空いておる、泊まっていきなさい!』
フィンは【お供】が引っかかりつつも、食事と宿の話に即座に食いついた。
『よっしゃ! ご馳走になろうぜ! エリシアもいいだろ?』
『ああ、つもる話もあるし好都合だな。バッカ、親父殿――世話になる』
―――
夕方。食事の時間。
食卓には、パン屋らしく様々な種類のパンが並んでいた。
フィンはそのうちの一つを手に取ると、ごくりと喉を鳴らす。
しかし、口に運ぶ手がわずかに止まった。
それを見たバッケロが、愉快そうに笑う。
『安心せい。それはワシが焼いたパンじゃ。』
その一言で、フィンは覚悟を決めたようにかぶりつく。
次の瞬間――目を見開いた。
『……うまっ!? なんだこれ、めちゃくちゃ旨いぞ!? エリシアも食ってみろ!』
エリシアもパンを取り、一口。
『……これは……旨い! 親父殿、見事だ!』
満面の笑みで喜ぶ二人に、バッケロは目を細める。
その隣で、バッカライが首を傾げて呟く。
『俺のパンの方が旨いと思うがなぁ……分からんもんだなぁ……。』
『お前は黙っとれ!』
――それは、心の声がそのまま口に出た瞬間だった。
―――
食事が進み、酒も回った頃。
よほど嬉しかったのか、バッケロはそのまま酔いつぶれて眠ってしまった。
バッカライが部屋まで運び、戻ってくる。
そして、ふっと表情を引き締めた。
『……エリシア様。本題に入りましょうか。』
低く、しかし確信を持った声。
『ここに来たのは――何か理由があってのことでしょう?』
パート6へ。




