第三章 【神の子】2.本当の心 パート1
三章 2話 始まり
神殿を追い出された二人は、この後どうするのか。
神殿を追い出されてから、どれほどの時が経っただろうか――。
日は傾き、街はゆっくりと夕暮れに沈みつつあった。
夕餉の支度が始まったのだろう。
あちこちの家々から立ちのぼる湯気と煙が、香ばしい匂いを運んでくる。
その匂いに誘われるように、フィンの指先がぴくりと動いた。
やがて、ゆっくりと瞼が開く。
『……ここは……俺は……。』
掠れた声が、かすかに空気を震わせた。
その様子を見守っていたエリシアは、ようやく息をついたように表情を緩める。
『やっと目を覚ましたか。まったく……なかなか起きぬから心配したぞ。』
フィンは上半身を起こし、周囲を見渡す。
『……ここは? あの街じゃないよな……。俺、どれくらい寝てた?』
エリシアは少し言いづらそうに視線を逸らしながら答えた。
『ここはダラの神殿がある街だ。……お前は三日ほど眠っていた。』
『三日……⁉』
驚きの色を隠せぬまま、フィンは改めて周囲を見回す。
そして、ふと気付いたように顔を上げた。
『ノクスは? あいつ、どこにいるんだ。』
一瞬、空気が止まる。
エリシアは目を伏せ、小さく息を吐いた。
『ノクスは……ここには居ない。お前を治した後、神殿に残った。』
『……そうか。』
短く返したフィンの声には、わずかな重みがあった。
だが、すぐに顔を上げる。
『じゃあ明日、会いに行こうぜ。礼も言ってねぇしな。』
その言葉に、エリシアの表情がさらに曇る。
『それが出来ぬ。我々は……神殿を追い出された。』
『……は?』
低く、鋭い声。
『私も……礼を言えなかったのだ。』
唇を噛みしめるエリシア。
フィンはしばらく黙っていたが、やがて口を開く。
『……詳しく聞かせろ。』
―――
―――
―――
『――と、いうわけだ。』
話を聞き終えたフィンは、しばらく俯いたまま動かなかった。
やがて、ぽつりと呟く。
『……俺の為か。』
『ノクスは最初から分かっていたのだろう。神殿に戻れば、こうなると。』
静かな声で続けるエリシア。
『だからこそ、“神の子”という言葉を隠していた。』
短い沈黙。
それを破ったのはフィンだった。
『それでも納得できねぇ。』
顔を上げる。
その瞳には、はっきりとした意志が宿っていた。
『俺はあいつに礼が言いてぇ。それに――』
少しだけ口元を歪める。
『あいつがいねぇと、この旅は進まねぇだろ。』
エリシアもまた、力強く頷く。
『私も同じだ。あれがノクスの本心とは思えん。』
視線が交わる。
二人は、同時に頷いた。
『ノクスに会いに行こう。』
『ああ。――引っ張り出してでもな。』
――その時だった。
……グゥ……
妙に間の抜けた音が響く。
フィンが頭を掻いた。
『……とりあえず、飯にしねぇ?』
『緊張感のない奴だな……。』
そう言いかけた瞬間。
……グゥ……
今度は、はっきりとした音。
エリシアは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
『……腹が減っては戦はできぬ、というしな……。』
『言い訳になってねぇぞ、それ。』
苦笑するフィン。
『よし、飯屋で作戦会議だ。』
立ち上がると、軽く体をほぐす。
その背を見ながら、エリシアはふと考え込むような素振りを見せた。
やがて、自分の髪を束ねながら静かに口を開く。
『フィン、頼みがある。』
『ん?』
『髪を切ってくれ。……長い髪は目立つ。』
一瞬、フィンは目を見開いた。
『……本気か?』
『ああ。』
迷いのない返答。
フィンはゆっくりとナイフを抜いた。
『……後悔すんなよ?』
『するか。』
――次の瞬間。
ズバッ!
遠慮のない一閃。
バサッ、と髪が地面に落ちる。
エリシアはそれを拾い上げ――固まった。
『……フィン。』
震える声。
『……どこから切った?』
フィンは、悪びれもなく答える。
『後ろの……首筋から真上に一直線に?』
沈黙。
風が、切られた髪を揺らす。
エリシアは、ゆっくりと顔を上げた。
その表情は――
『……貴様ァァァ!!』
『うおっ!?なんだよ⁉』
『なぜ真上に一直線に刈る⁉長さを考えろ!』
『いや、切れって言ったのはそっちだろ⁉』
怒号と悲鳴が、夕暮れの街に響き渡る。
だがその喧騒の中、二人の足取りは確かに前を向いていた。
――ノクスを、取り戻すために。
髪を刈り上げられたエリシア・・・
作戦会議はうまくいくのか・・・
パート2へ続く。




