第三章 【神の子】1.ノクスの決意 パート6
ダラの神殿に向かう三人。
フィンにかけられた呪いを解くことができるのか?
三人を乗せた馬車は、街からさらに西へと進み、ダラの神殿がある街【ノクト】へと辿り着いた。
馬車を降りると、石造りの回廊には、既に出迎えの神官たちが整然と並んでいた。
『ついに戻られた……。』
『新たな神の誕生だ……。』
ざわめきは静かだが、その一つ一つに熱がこもっている。
歓喜というよりも――何かに縋るような、異様な熱だった。
ノクスは、その声の中を無言で歩く。
エリシアはその後ろ姿を見つめながら、胸の奥に引っかかる違和感を覚えていた。
だが、それが何なのか分からないまま、ただ後を追う。
やがて三人は大きな部屋へと通された。
一人の神官がノクスの前に進み出て、深く頭を垂れる。
『よくぞ、お戻りになられました。これで我らは迷わずに済みます。』
別の神官が、震える声で続けた。
『神がここに在れば、信仰は揺るがない……。』
『もう、疑うことも……恐れることもない……。』
その声は歓びに満ちているはずなのに、どこか怯えが混じっている。
まるで、自分自身に言い聞かせるようだった。
ノクスはおもむろに右手を肩の高さまで上げると、ただ一言だけ告げた。
『ダラ神の錫杖をここへ。』
その言葉に、神官たちがどよめく。
『……奇跡が……。』
『神の御業が見られる……!』
息を呑む者。
膝をつく者。
涙を流しながら祈り始める者。
その光景は、敬意というよりも――熱に浮かされた群衆のそれだった。
『ノクス、これはいったい――』
エリシアが声を掛けようとした瞬間、神官が割って入る。
『帝国人が無礼な!神に語り掛けるなど言語道断!』
鋭い視線がエリシアに突き刺さる。
『……その顔……どこかで見たことがあると思ったら……【あの男】の親類か?』
ルシアス――。
その名を口にせずとも、すぐに理解できた。
『武力で我らを屈服させようとしても、我らは折れんぞ!』
詰め寄る神官。
エリシアは困惑したまま、ノクスを見る。
だが――
ノクスは、こちらを見なかった。
ただ静かに左手を上げる。
それだけで、神官は言葉を止めた。
『……なんと慈悲深い……申し訳ありませんでした……。』
神官はすぐに頭を垂れ、後ろへと下がる。
その様子を横目に、エリシアの胸に冷たいものが落ちた。
やがて、錫杖が運ばれてくる。
『ダラ神の錫杖をお持ちしました。』
ノクスはそれを受け取ると、寝かされているフィンの前へと歩み寄った。
そして、静かに錫杖を床へ突き立てる。
シャン……。
澄んだ音が、部屋に広がる。
次の瞬間――
フィンの身体の表面に、黒い靄が現れた。
それは生き物のように蠢き、身体に絡みつきながら渦巻いている。
『では、払います。』
ノクスはそう告げると、再び錫杖を打ち鳴らした。
シャン……。
その瞬間、靄は悲鳴を上げるように弾け、霧のように消え去った。
ノクスは迷いなくフィンの包帯を外し、露わになった傷へと左手をかざす。
淡い光が灯る。
ゆっくりと――しかし確実に、傷が塞がっていく。
荒れていた呼吸が、穏やかに整っていく。
その光景を見守っていた神官たちの間に、どよめきが走った。
やがて、それは歓声へと変わる。
『奇跡だ……!』
『神の御業だ……!』
『我らは……選ばれたのだ……!』
誰かが泣き崩れ、
誰かが床に額を打ち付けて祈り続ける。
その姿は、祝福というよりも――狂気に近かった。
その中で、ただ一人。
エリシアだけが違った。
『ノクス……ありがとう……フィンも、よく耐えた……。』
胸を押さえながら、安堵の息を漏らす。
だが――
ノクスは振り向かない。
何も言わず、ただ扉の方へと歩き出す。
『おい……ノクス⁉』
呼びかけにも応えず、そのまま扉の向こうへ消えていく。
一瞬の静寂。
追いかけようとしたその時、神官が立ちはだかった。
『神は、これより【祭典】の準備に入られます。』
『私はノクスに礼を言いたいだけだ。どいてくれ。』
その言葉を聞きつけた神官たちが、次々と集まってくる。
『用は済んだ。その者を連れて神殿より出て行かれよ。』
『これ以上、神殿を穢すことは許されん。』
『神を再び拝みたくば、五日後の祭典に来るがよい。』
圧し寄せる視線と圧力。
エリシアは唇を噛みしめると、フィンを背負い、そのまま神殿を後にした。
外に出ると、冷たい空気が頬を打つ。
神殿の中の熱が、嘘のようだった。
背中では、フィンが静かな寝息を立てている。
エリシアは小さく息を吐き、ぽつりと呟いた。
『さて……これからどうする?』
神になったノクス・・・
神殿を追い出されたエリシアとフィン・・・
次回 第三章 2話【本当の心】パート1に続く。




