第二章 【神聖帝国】3. 王都脱出 パート5
パート4からの続き。
コクリと、グレイスは静かに頷いた。
『ええ……最近まではお元気な姿を見せておられました。ですが、貴方が遠征に出立した頃から、自室に籠もるようになり、今では誰ともお会いにならず、ルシアスと、彼が連れてきた怪しげな者としか言葉を交わしていないような状態です。』
エリシアが遠征に旅立ったのは、二か月ほど前。
その間に、何が起きたというのか・・・。
『ですから、この国は、もはやルシアスの手の内にあります。』
そう言うと、グレイスは身にまとっていたローブを脱ぎ、エリシアへと差し出した。
『これを着なさい。そして私と入れ替わり、この神殿を出るのです。』
その言葉に、エリシアは目を見開く。
グレイスの身に着けているドレス・・・それは、つい先ほどまで自分が着ていたものと、寸分違わぬものだった。
『姉上・・・そのドレスは、私が昼に着ていたものではありませんか。』
驚きを隠せないエリシアに、グレイスは静かに頷く。
『ええ。同じものを、私用に仕立てました。
ルシアスの目は欺けませんが、他の者たちの目なら、これで誤魔化せます。』
一拍、言葉を置く。
『じきに、貴方には追手が掛かるでしょう。そして、この神殿にも兵がなだれ込んできます。
その前に貴方を逃がします。』
グレイスの瞳に、確かな覚悟が宿る。
『私は貴方になりすまし、時間を稼ぐために、囮としてここに残ります。』
その言葉に、エリシアの表情が曇る。
『姉上、その策はあまりにも危険です!それでは、姉上の命が・・・。』
しかし、グレイスは静かに首を振った。
『いいえ。他に方法はありません。これが最良の策です。』
そして、わずかに口元を緩める。
『ルシアスは、“物語”を楽しんでいるのです。』
その言葉は、どこか冷たかった。
『物語には、展開が必要不可欠。
―妹のために囮となる姉―
恐らくそれは、彼にとって【面白い展開】でしょう。』
一瞬、空気が張り詰める。
『一般の兵は、私の方へと向かわせて楽しむはずです。
そして貴方のもとには【試練】と称して、何かを仕掛けてくるでしょう。』
さらに続ける。
『ですが、私の命が奪われることはないと考えています。
今のルシアスは、私との【盤面の読み合い】を楽しんでいる最中ですから。』
わずかに目を細める。
『・・・まだ私に手駒があるうちは、盤を降ろすことはないでしょう。』
そう言うと、グレイスはフィンとノクスへと視線を向けた。
『二人とも、どうかエリシアをお願いします。』
穏やかな、しかし強い声音。
『この巡り合わせは、偶然ではないと感じています。不思議なことですが・・・そう、強く。』
そしてエリシアへと歩み寄り、そっとフードを被せた。
『エリシア。貴方は心のままに進みなさい』
静かに言い残すと、振り返る。
『・・・ではコムニス、あとは手はず通りに。』
コムニスは片手をひらひらと振り、軽い調子で応じた。
『合点承知だ。姫様もどうかご無事で。』
その言葉に、グレイスはわずかに苦笑する。
『私のことを【姫様】などと呼ぶのは、お前くらいなものだぞ。』
神殿を脱出する事になった三人・・・。
ルシアスの【試練】とは?
パート6に続く。




