第二章 【神聖帝国】3. 王都脱出 パート4
パート3からの続き
―魔を退ける指輪―
エリシアは渡された指輪を見つめ、小さく呟く。
『しかし……私は戦場で追い詰められ、死にかけました。
指輪の加護の前に、私が未熟だったのです……』
肩を落とし、うなだれるエリシア。
その姿を見て、グレイスは静かに歩み寄る。
『いいえ――あなたは、生き残った。それだけで十分です』
柔らかな声だった。
『ルシアスは特別な力を持っていますが・・・それ以前に、あの人は天才なのです。
あの人にとって、僅かに視た情報だけで戦場を掌握することなど、造作もない事・・・。』
一度、言葉を切る。
『私も裏から手を回し、妨害を試みましたが、及びませんでした。結果として、あなたを危険にさらしてしまった』
グレイスは目を伏せる。
その横顔には、確かな後悔が滲んでいた。
『あなたの部下の将校のほとんどは、ルシアスによって部隊から引き剥がされてしまいました。
彼らがいれば、戦局は違ったものになっていたでしょう。』
グレイスは静かに続ける。
『私にできたのは【オイデン】一人を帯同させることだけでした』
―姫様は必ず戦場で私が守ります!ご安心くだされ―
そう言って豪快に笑う姿は、まるで太陽のような男だった。
『【帝国最強の騎士】と言われる、あのオイデンならば、一人でも・・・という思いもありましたが。』
エリシアはオイデンとの最後に交わした約束を思い出し、唇と噛みしめる。
『私がオイデンを死なせてしまった・・・。』
その言葉に、グレイスは静かに首を振る。
『いいえ、オイデンは生きています。』
その一言で、空気が変わった。
『本陣の崩壊を知ると、自ら部隊を率いて撤退しました。
現在は所在不明ですが……必ず、貴方のもとへ戻るでしょう。』
エリシアが顔を上げる。
それを確認すると、グレイスは続けた。
『あなたの元部下たちは、私が各地へ散らしました。左遷、解雇・・・形は様々ですが。
―
片田舎の砦の管理職―
貴族の護衛係―
自分の故郷へ帰った者―
―
行先や肩書は様々ですが、皆、貴方の帰りを待っています。』
エリシアの瞳に、力強い光が戻る。
『姉上・・・私に【やるべき事】があると仰いましたね。それは何なのですか?』
グレイスは、ゆっくりと頷く。
『あなたのやるべき事は、【この国の民を救う事】です。それは恐らく私には出来ない・・・あなたにしか出来ない事だと考えています。』
その言葉は、重く落ちた。
『あなたは希望・・・この国の最後の希望の光なのです。』
静かに、だが確信をもって告げる。
『この国は、いずれ腐るでしょう・・・いえ、既に腐り始めている・・・あなたたちも見たはずです。王都の姿を。』
豊かさに溺れ、刺激を求め、欲望のままに騒ぐ人々。
そこに、感謝も、道徳もない。
『それを仕向けているのが、ルシアスです。』
その言葉に、ノクスが息を呑む。
『王は・・・何をしているのですか?』
グレイスは、ゆっくりと首を振った。
『父上は……もう長くはないでしょう』
絞り出すような声。
『今、この国の実権を握っているのはルシアスです』
『そんな・・・。』
エリシアの目が大きく見開かれる。
『一年前にお会いした時は・・・まだ、お元気だったのに・・・。』
パート5へ続く




