-思わぬ提案-
* * *
「――お二人共、お待ちしておりました」
恭しく首を垂れた人影に紅葉は目を丸くした。白銀と共に一昼夜を飛び続け、辿り着いたのは北部方面の中心にある拠点だ。ただ、通された作戦室の中で自分たちを待ち構えていたのは、怜悧な顔立ちに不敵な笑みを浮かべている相手だった。
「あ、亜久斗さん!? なんでココに」
「ふふ、お久しぶりです。これまで別の任務で動いていましたが、牙雲少佐の救出に関する支援要請があり、こちらに戻ってきました」
しばらく本部から姿を消していた彼は、斥候たちと似た黒装束に身を包んでいる。ただ、背中や肩は肉体の可動域を広げるために大きく開いた作りだ。軍服ではたおやかで華奢に見えたが、上腕にははっきりとした筋が浮き出ている。
「早速ですが、既に牙雲少佐が捕えられていると思しき場所を特定しました。本部にも情報を送っているので、大将にも共有済みです」
「マジっスか! 仕事早いっスね」
「助かるわ、亜久斗中将。現地に来たはいいけれど、ノーバディの拠点を探すところからだと手が足りないと思っていたの」
「お役に立てたのなら何よりです。しかしながら、今回の救出作戦は困難が予想されます」
亜久斗が丸められた地図を机に広げる。北部地域を拡大しているそれには、いくつかの目印が設けられていた。
「僕はこれまで中央区画の近辺にいましたが、本部襲撃に乗じて牙雲少佐が拉致されたとの一報を受け、急ぎ水神家の付近に向かいました。そして、水神家の遣いとやり取りするノーバディの斥候を発見し、彼らを尾行したのです。その時に斥候たちが頻繁に行き来している経路を発見しました」
「敵の動きを読んでいたのね。でも、拠点に通じる道がわかっているのなら、潜入することも可能なはず。何が問題なの?」
「現地で確認したところ、彼らの拠点は目視できる場所になかったのです」
「んん? あるのに見えないって、どういうことっスか」
黒革の指先が示す目印は森林地帯の中に位置していた。人工的な建造物が建っているならば、誰かしらがその存在に気付くだろう。すると、首を捻っていた自分の横で白銀が声を上げた。
「もしかして、地下施設を築いているのかしら」
「さすがは白銀大佐、ご名答です。残念ながら、短時間の偵察だけでは、内部の具体的な規模や、どの程度の兵力を有しているかの全容が把握できませんでした。また、施設の内部も非常に複雑な構造になっているようです」
「っていうか、一人で中まで入ったんスか!?」
「君だって穴があったら覗きたいでしょう?」
「そりゃまあ、そうですけど」
「あわよくば入ってみたいと思うのが人の性というものですよね? 中には二度と出られない物もありますが」
「墓穴ってヤツか……」
「亜久斗中将が言いたいのは、この作戦での好奇心は自重しなさいということよ」
横にいる白銀は呆れた顔だ。遠回しな警告だけでない何かが混じっていた気もするが。
「ただ、僕には心強い“協力者”がいましたので。一部の内部構造は事前に入手済みです」
す、と差し出された見取り図に、つい白銀と顔を見合わせる。内容は手描きの粗削りな物だったが、施設の要点は抑えられている。スマイリーの《懐刀》と称するだけある仕事ぶりだ。
「すごいわ。特に階層が複数になっている点は重要な情報ね」
「この情報くれた人、めちゃくちゃ身体張ってくれてるじゃないですか! 会ったらお礼言わないと」
「念のために僕がこれを頼りに中を歩いてみた結果、信用できると思ったのでご報告に参りました」
「あの、一応確認しておきたいんですけど……その人、まだ生きてますよね?」
「もちろん。今は別行動ですが、ノーバディの施設に潜入するのなら協力してもらえると思います」
「亜久斗サンってマジで顔が広いんスねぇ」
「今のは純粋な褒め言葉として受け取りましょうか」
ロクでもないところにまで、という枕詞もしっかり拾われていたらしい。しかし、白銀はどこか浮かない顔だ。
「どうしたんスか。これだけ情報があれば、すぐに少佐の救出作戦に移れそうじゃないっスか」
「仮に敵の拠点に潜入して彼を連れて帰るのだとしたら、主な作戦要員はあなたとわたし、そして亜久斗中将になる。ただ、階層は少なくとも三つ以上。一人が一階層を担当する状況よ。人数規模は不明だけど、牙雲少佐が囚われている場所には厳重な警備が敷かれていると考えるのが妥当ね」
「うっ、それを一人で突破するってなると結構キツいなぁ」
「しかも、牙雲少佐が普段のように動ける可能性は低いでしょう。敵と戦いつつ彼を助け出すには、二人以上で動くべきだわ」
「協力者も作戦に手を貸してくれるように僕の方で交渉しました。荒事はこなせる方なので、二人一組なら問題ないかと」
「それ、ホントに『協力』の範疇なんですよね?」
亜久斗から返ってきたのは含み笑いだけだった。ただ、協力者が加わったとしても、隠れながら階層を調べるのには時間がかかる。水神家とのやり取りの日数を確認したところ、牙雲が処刑されるのは今日から三日後だ。この拠点から敵の隠れ家には半日程度で辿り着くが、猶予はほとんど残されていない。
「最初はなるべく隠密に進めたいところだけど、今の状況で彼を連れ帰れるかは不確実ね。成果が挙げられなかった場合の対応策を用意しておくべきだわ」
「他にも方法があるんスか?」
「――地下施設を水没させる」
彼女の提案に、紅葉はつい言葉を失った。ただ、策の意図を察した亜久斗は小さく頷いている。
「僕たちが目標達成できなかった場合の次善策としては、十分に視野に入ります。敵は地下施設にいるため、通気口などから大量の水を流し込めば一網打尽にできるでしょう。一方で牙雲少佐は水龍ですから、水中で死ぬことはまずありません」
「わたしたちに課せられた使命は『牙雲少佐の救出』よ。それを最優先にするならば、敵の拠点内で彼だけが生き残っている状況であれば条件達成になる」
「そりゃあ敵がいなくなれば、いつでも助けにいけますけど」
「生存している敵も多少はいるかもしれませんが、ここは水神家の地盤にも近い。水を流し込むのは彼らに協力してもらい、僕たちで残党を処理できれば、牙雲少佐を助け出せる確率は高まります」
民間人に協力を仰ぐなら、最低でも敵を排除してからでなければならない。ただ、牙雲の命を第一に考える水神家なら臆することなく手を貸してくれるはずだと、白銀たちは踏んでいた。
「この湿地帯の中に地下空間を築いているのだから、施設はかなり堅牢な造りでしょう。なるべく地盤に影響を与えないようにすれば、基礎から崩壊することもないわね」
「牙雲少佐の救出はもちろんですが、敵の重要拠点を破壊できる点でも良策です。ただ、それなら僕は情報収集を主にした方が良さそうですね。敵の思惑を潰すことは、より多くを守ることにつながりますので」
「あなたに課せられた最大の使命が《組織》の防衛なら、水没させる前にできる限りの情報を集めてもらっても構わないわ。でも、緊急時にはわたしに従ってちょうだい」
「御意に」
「ただ、ドラーグドと水神家の陽動を隠す工夫は必要ね。良い方法はないかしら」
「では、僕たちの侵入を水神家からノーバディに伝えてもらうというのはいかがでしょう」
またもや耳を疑うような内容につい固まる。彼らは何を考えているのだろうか。
「ちょ、ちょっと、冗談っスよね! そんなことしたら、こっちが生きて帰れないかもしれませんよ」
「ドラーグドの者が侵入したという伝聞そのもので、我々が殺されることはありません。僕たちが捕まらなければいいだけですから。水神家を通じて僕たちの動向をあえて知らせるという行動を取れば、軍と手を切れと言っているノーバディの要求には反さないでしょう」
「そんな無茶苦茶な……!」
「わたしも亜久斗中将の意見に賛成よ。第二計画を成功させるには、どのみち水神家からノーバディの注意を逸らす必要があるわ。いつ何人が忍び込んだかも伝えてないし、彼らは常に面を被って行動している。それに、まさか侵入者にわたしがいるだなんて想定はしないはずだし」
白銀が潜入するのは、楼玄と衝突する可能性を見越してだろう。スマイリーは彼を牙雲の元から引き離すと言っていたが、それも成功するとは限らない。そして、亜久斗の調べでは水神家の周辺は斥候たちが見張っているようだった。工作員が外部との接触を図らせないようにしているらしい。
――それにしても、この上官たちは肝が据わり過ぎている。少しは保身に走ってくれてもいいぐらいだ。
「さて、ここまでの筋書きは作ったけれど、最大の問題は水神家を説得できるかどうかね。わたしたちと組んだことに相手が気付けば、牙雲少佐がどうなるかの保証はできない。水神家の判断としては彼の命が最優先だから、乗ってくれない可能性もあるわ」
「彼らの協力がなければ危うい橋を渡ることになりますね。しかも、僕たちが動けるのは牙雲少佐が処刑される直前までです。本命の第二作戦が間に合わなければ、恐らくは――」
それまで飄々としていた亜久斗の表情が曇る。牙雲のことは何があっても救いたかった。しかし、軍への信頼が失われた中で、水神家を説得する術は見えない。
ただ、水神池がドラーグドに不信感を抱いたのは、彼の救出について積極的な返事ができなかったからだ。そこで、特別作戦を実行する自分たちから『牙雲の命を救う』という共通の目的があると示せば、難色を示していた彼らも耳を傾けてくれるかもしれない。
「あの、白銀さんは潜入作戦の計画を立てる時間が必要っスよね? だったらその間にオレが水神家の人たちと会ってきてもいいっスか。作戦の大まかな点は理解したんで、それを元にオレが話をしに行ってみます」
「やり取りするなら直接交渉が手っ取り早いわね。ただ、門前払いされるかもしれないわよ?」
「そこは《副官》の肩書もらってるんで。一回ぐらい使ってみたいっス」
「南部の襲撃の件を聞く限り、君の顔はまだそれほど多くの者には割れていないと思います。ドラーグドから使者を送ること自体は自然ですし、この場合は現場の者が交渉官となるのが良いでしょう」
「だったら任せるわ。斥候たちにはくれぐれも気をつけて」
「はい!」
白銀からの許可に頭を下げる。移動を強行したせいであまり休めてはいないが、ここでじっとしている方が気を揉んでしまう。すると、亜久斗が自分の肩を軽く叩いてきた。
「一日あれば往復できる距離ですから、僕も偵察がてら水神家まで同行します。いくつか抜け道もありますので、敵を撒きながら向かえるはずです」
「一人だとさすがに心細かったんで、助かります」
「ふふ、重要な作戦要員を守るのも僕の仕事ですよ。では、準備ができたら声をかけてください」
やるべきことは決まった。後は水神家の者をどれだけ動かせるかにかかっている。散らかしていた荷物を袋に押し込むと、紅葉は作戦室を後にした。




