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-歪んだ救い-

「ただ、ボクが知る限り、楼玄は子供を戦争に巻き込むことを何よりも嫌っていたはずだ。紅葉クン、澪は当時のことをなんと説明していた?」

「お姉さんにその場から逃がしてもらったけど、途中で引き返した時に彼女の最期を見たって聞いてます。けど、澪がどうやって一人で集落に戻れたのかはオレも不思議に思ってました」


 促されて口にした記憶に、スマイリーが糸目の奥にある瞳をすっと光らせた。


「もし彼を無傷のまま孤児院に連れて帰ったのが楼玄だったら、その場で情報操作もできる。楼玄が『姉のことは見かけておらず、逃げ延びて軍に戻ったのでは』と言えばそれまでだ。結果的に軍から『消息不明』の便りがくれば、孤児院側も深追いはしないだろう。もっとも、彼女が死んだと考えた澪の認識も間違ってはいない。ノーバディに捕まった時点で先は決まっていたようなものだからね」


 当時、澪は姉と共に集落の外に出て襲撃に遭った。一度は逃げ出したが、彼は一人でいることを恐れて姉の元へ引き返した。その時に瀕死に追い込まれていた彼女を目撃したが、おそらく何かしらの形で付近にいた楼玄が、恐慌状態に陥っていた彼を斥候から引き離したというのがスマイリーの見立てだった。


 彼の言う通り、たとえ真実だとしても、錯乱した子供の言葉には誰も耳を貸さないだろう。すると、それまで話を聞いていた白銀が手を挙げる。


「その推測が正しいのだとしたら、一つ疑問が残るわ。彼女の暗殺を企んだ刺客が所属の分かる軍服を身に付けていたとは思えないし、澪はこれまでノーバディに彼女が殺されたとは知らなかったはずよ。でも、引き抜かれていた記録を見たらおそらく“真実”に気付く。なのに、楼玄が彼にわざわざ疑念を抱かせるようなことを命じるかしら」

「ふむ。この耳飾りを調べることになったのも偶然だし、前もってあの人がここにある書類を処分しろという指示を出すかと言えば、それも難しいだろうね」


 姉を殺したのがノーバディだと知っていたら、澪は仇に加担するはずがない。彼の異変を見た時まで記憶を巻き戻すと、不意に自分の中で答えが浮かんだ。


「アイツ、もしかしたらお姉さんの記録を勝手に調べてたのかもしれないっス。澪の様子がおかしくなったのは、飆の討伐の話が出る前だったはずですし。天音ちゃんが気付いたのもその頃でしたよね?」

「ええ。明らかに彼の音が小さくなって、塞ぎ込んでいたのを覚えてるわ。けど、もしそれが本当なら――彼は黒幕に気付きながらも、アタシたちに危害を加えざるを得ないところまで追い詰められていたのかしら」


 その場にいた皆が同時に顔を伏せた。澪は異様なまでに死を恐れていた。そして、その恐れを取り除くための力を持つことも望んでいた。当時の彼は、目の前で理不尽にも肉親のような存在を失い、圧倒的な武力の前に己の身さえ守れないのだと悟ったのだろう。傷心した彼に手を差し伸べたのが楼玄だったのなら、それに縋るのも仕方ない。


 だが、彼自身も知らぬまま長く仇に加担させられていたのだとしたら、背筋を冷たいものが伝うような気分だった。


「けど、一つ間違えたらオレも澪と同じ立場になってたかもしれません。小さい頃、争いに巻き込まれた時、はぐれた親が見つからなかったら、きっとその人を頼っていたと思います。自分を助けてくれた命の恩人が言うことを、頭から疑うなんてできませんし」

「あの人はキミたちの持つ純粋な気持ちを利用しているんだ。何も知らない彼が姉の死で傷心しているところに現れて、善人のふりをしながら手元へ引き込んだんだろう。そうして楼玄はボクたちの刺客を何人も育て上げた。ああ、相変わらず反吐が出るようなやり方だ」

「……それでも、楼玄が澪を助けたのは事実ですよね」


 注がれたスマイリーの視線が刃の色に変わった。自分を救った当時、楼玄はこの褪めた蒼を纏っていた。そして、彼の信念は纏う服が変わっても続いている。


 『自分がこの争いを終わらせる』。一度は夢破れたその約束を守ろうと、彼は世界を相手に一人で足掻いているのかもしれない。だが、今目にしている方法は、牙雲や自分の知る仲間を滅ぼそうとする恐ろしいものだ。すると、逡巡している思考を遮るように聖が切り出した。


「そういえば、私が対峙した《強化体》にはかなり若い個体が混じっていた。楼玄がどうやってあれだけの竜人を連れて来たのか不思議だったが、軍に入る前の竜人たちから次の“戦力”を探していたと考えるのが自然だろう。だから、姉を害した現場を目撃されてもあえて始末せず、澪を傍へ置いた。彼を重用していたのは、子供から大切な存在を奪ってしまったことに負い目を感じていたせいもあるだろう。そして、ノーバディに向かった後で、彼は竜人以外の人族に対しても同様のことをしていたと考えられる。我々が争いを続ける中で、彼は武力とは違うやり方で自分の思想を広めていったのかもしれない」

「ノーバディの戦力が向上してきたのもここ数年の間だからね。蒔いた種から芽が出たということか。そういう意味でもあの人は常に正しいんだ。誰もその行いを否定できないせいで、一層質が悪い」


 身体の横をすり抜けていった言葉に、紅葉は爪の端を噛んだ。ドラーグドを去る前に自分を助けた時も、軍を追われた後で澪を助けた時も。楼玄はこの命を見殺しにしなかった。そして、スマイリーの言う通り、もし楼玄の行いが是とするならば。それと敵対している自分たちの行いは間違っているのだろうか。


 もしもこの世界に正解が一つしかないのだとしたら、違う思想を持つ者たちはすべて淘汰されてしまうのだろうか。澪がそれでも構わないと考えて行動していたのだとしても、それが彼の本音には思えなかった。


「ただ、色々と話がまとまったおかげで次に取るべき手が見えたよ」


 金の癖毛を掻き上げると、スマイリーが机の端に追いやっていた大陸地図を広げた。


「今回、澪の姉と思しき人物の行動履歴や、水神家とノーバディとの交渉速度がかなり早い点から、北部方面に彼らの拠点があることはほぼ確定だ。ボクたちと精霊族の自治領を外せば、緩衝地帯の付近に候補が絞られるだろう。可能性に賭けて、キミたちには特別作戦を遂行するために北部の拠点まで向かってもらいたい」

「了解っス。白銀さん、今日の夜にでも出発したいんですけど大丈夫ですか」

「もちろんよ。少人数での空路移動だったら、拠点には最速で二日後に辿り着けると思うわ」

「この段階に来てしまった以上、牙雲少佐の身柄を取り返さなければ流血は避けられない。きっと楼玄は処刑を終えるまで人質と同じ場所にいるはずだ。ただ、まともに戦っても勝ち目はないから、ボクの方であの人を別の所に惹きつける。だから、キミたちは水神家の動きに注意を向けつつ、作戦を遂行してくれ」

「皆が頑張ってくれている間、本部は私と天音中佐で何とかしよう」

「そうですね! アタシも、紅葉や白銀さんが絶対に作戦を成功させてくれるって信じてるから」


 大きく頷いた自分に天音が同じものを返す。暗がりへ差し込んだ光を、掴み損なってなるものか。藍の房を握り締めると、紅葉は預かり物を懐へしっかりと収めた。

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