-残された手がかり-
「あった、条件に合致する隊員だ!」
押さえられたページを全員が覗き込むと、どこかあどけない顔立ちの女性がこちらを見つめ返していた。長い髪や瞳は穏やかさを引き立てる赤茶色で、大人びた印象の澪と血縁関係がないのは明白だろう。
「あの子が慕ってくれている音がしていたのは、彼女が理由だったのね」
隣にいた天音がぽつりとそう零した。彼女の持つ雰囲気は写真の相手とよく似ている。澪からも『姉は天音と同じぐらいの年齢だ』という話を耳にしていた。正確な年がわからなかったのは、拾われ子の彼がそれを尋ねる機会がなかったせいだろう。同時に、身内のように慕っていた天音へ手をかけた彼の気持ちを思うと、やるせなさを覚える。
――故郷へ向かう前日、部屋を訪れた澪の顔が思い浮かんだ。ああ、無理にでも聞き出さなかった己に腹が立つ。答えは推測でしかない。だが、あの時に見た彼の口元が、妙に鮮明な画となって思い浮かぶのだ。『たすけて』という、音のない叫びとなって。
すると、押し黙っていた自分の傍で白銀がスマイリーへ先を促した。
「彼女の所属は《調査班》だったようね。戦況管理部隊の管轄だけど、心当たりはあるかしら」
「……ああ、彼女がとても優秀な隊員だったことを思い出したよ。この孤児院から出た者を受け入れた理由の一つにも、その功績が影響している。ただ、外部調査に派遣される機会が多かったせいで、あまり本部にはいなかった。当時は調査班もそこそこの人数がいたからねぇ」
「なら、亜久斗中将はどう?」
「亜久斗クンは、内政面を中心に任せるつもりでこちらに迎えた経緯がある。役割の異なる彼女と直接的に顔を合わせたことはなかったはずだ」
「最後の足取りは10年も前だし、それだと消息不明になっている相手のことを調べるのは厳しそうね」
そうして皆の視線を追いかけた先でふと疑問が浮かぶ。しばらく首を傾げていると、聖が尋ねてきた。
「どうした、紅葉隊員。気になることでも?」
「オレ、澪からお姉さんが『殺された』って聞いてたんですけど。何で消息不明なんだろうと思って」
「軍の正式書類に虚偽記載はないよ。他から聞かされた話を、彼が真実だと思っていたんじゃないかい」
「本人が言うには、お姉さんが殺された現場を見たらしいんです。お姉さんは澪のことを逃がそうとして敵を惹きつけて、それで……」
「それだと記録と矛盾が生じるな。スマイリー、当時の彼女の足取りを詳しく調べられるかい」
「うーん。今それを探してたんだけど、先手を打たれたかもしれない」
書類を捲っていたスマイリーの表情が曇る。差し出されたのは不自然な空白のある帳簿だ。
「澪の姉と思われる隊員が最後に向かった場所の情報が抜き取られている。これほど古い記録を今更になって誰かが使っているとは思えないから、彼の仕業だろう。痕跡を消そうとしたのであれば、彼女はノーバディに関する情報でボクたちに知られたくない何かを見つけていた可能性があるね」
「確かに、特定の隊員の記録を探り当てるなんて、そもそも彼女の存在を知らなければまず無理だわ」
「他に調べられる候補があるとすると、彼女と本部がやり取りしていた実際の書簡かな」
スマイリーが足早に書庫へ向かう。ここまで大量の書類を確認するとは思っていなかったが、会議場所にこの場を選んで正解だったらしい。他の将校たちと手分けをしながら通信記録を確認していくと、聖が皆を呼び止めた。
「見つかったぞ。どうやら彼女は北部方面で敵の拠点に関する調査に赴いていたらしい。彼が記録の処分を進めたのだとしたら、ここに書かれていたのはノーバディが実効支配している飛地や拠点に関する情報の可能性がある。当時の文面にも『良い成果があったので報告のために帰還する』と書かれていた点から、かなり機密性の高い話を持ち帰ろうとしていたのだろう」
「けど、本来の帰還経路じゃなくて中央区画の付近を迂回してませんか?」
「別の記録と突き合わせてみたら、この経路上でボクたちと精霊族との戦闘が発生していたんだ。彼女はそれを回避するためにそっちへ向かったんだろう」
「移動経路には例の孤児院が置かれた集落もあるな。急な予定変更があった場合、道中の集落に物資の調達や休息で身を寄せてもおかしくない。知った場所なら尚更だ」
「ああ、しかもその近くに当時新設されたボクたちの拠点があったのか。そこの伝令班を経由して、本部に連絡しようとしていたのかも」
聖たちが話している間、紅葉は澪の姉の足取りを文字で追っていた。彼女は偶然にも任務の途中で故郷へ立ち寄ることになったらしい。ただ、澪には『誕生日だから帰ってきた』と言っていたところから、彼に対する心遣いが垣間見える。だが、彼女が最期に残した贈り物は、彼にとって悲劇を思い起こさせる呪いになった。藍の房をぼんやりと眺めていると、書類に視線を落としていたスマイリーがふと口を開く。
「色々と考えてみたけれど、敵の斥候が何をどこまで知り得たのかは、拷問でもして吐き出させるのが普通だ。子供だった彼が『死んだ』と認識するぐらいには傷めつけられていたが、その段階では彼女はまだ生きていたんだろう。それなら情報を吐かせるために連れ去られ、消息不明になったというのも理解できる」
「ただ、澪が集落に戻って事情を話せば、少なくともお姉さんが何者かに襲われたことは軍に伝わったはずじゃないですか。なんで襲撃されたっていう記載すらないんスかね?」
「その時点で既に口止めされていたんだよ。彼が重要度の高い作戦を担っていたと考えると――この件には、楼玄が直接的に関与していた可能性がある」
「どういうことっスか? その時だと楼玄はノーバディにいて、気軽にこっちの領地には顔なんて見せられないはずじゃ、」
「実はそうでもないんだ。あの人は個人で民間の孤児院に寄付や資金援助をしていた。民がそうした施設を運営しているということは、裏を返せば軍の支援が届きにくい場所でもあるのさ。たとえノーバディに所属していたとしても、個人的な支援者なら“竜人”である彼の訪れを拒否しない」
言葉を失った自分の横で、しばらく顔を伏せていた聖も小さな溜息を返す。
「楼玄が昔から個人的な慈善活動をしていたというのは、私も聞いたことがある。戦火で妻子を亡くしてから一層熱を上げていたという話も耳にした。施設側も我々の言うことより、目の前にいる支援者の肩を持つというのも仕方ない」
その話に加え、当時のドラーグドが置かれていた状況では、大佐だった楼玄を大々的に指名手配することは不可能だった。《内乱》が起きたことが漏れれば、他軍に攻め込まれる。消耗した中で民の安全を守るためにも、裏切り者の存在は公にできなかったのだろう。




