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-作戦会議-




* * *




「よし、これでひと段落か」


 部屋の中で一番広い卓上を整えながら小さな溜息をつく。混乱で荒れていた執務室を片付けているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。他の隊員たちは既に部屋を後にしている。ただ、どれだけ片付けても、以前の整然とした空間には程遠い。


「この具合じゃ、また少佐が不機嫌になるだろうな」


 元に戻りつつある本部と違って、自分の世界はあの日を境に一変してしまった。聖の部屋に集まった後も、牙雲の生存に関する情報は耳に入ってきていた。しかし、スマイリーと水神家との交渉は難航しているらしい。


「いくら生きてるって聞いても、さ。顔も見てないからわかんないよな」


 壁に立てかけられたハルバードの持ち主を想う。同時に故郷にいる家族の顔も浮かんで来る。危険に晒されていると知りつつも、今の自分には彼らの無事を祈ることしかできない。


 ――水神家のためにここへきた彼も、常にこんな不安と戦っていたのだろうか。確固たる意志を持ってこの場に立った今、やっと彼の気持ちが真の意味で理解できる気がした。


「そういや少佐って、普段は何してたんだろう」


 思えば、入隊からこれほど長く牙雲と離れるのは初めてだ。今まではいることが当たり前過ぎて、彼がこの部屋で何を考え、どんなことをしていたのかはあまり気にかけたことがなかった。


「うわ、オレの訓練記録、最初なんか見開きごと真っ赤じゃん」

 

机に積まれたままの指導書をそれとなく引っ張り出す。厚みのある綴りをその場に広げてみると。



 ――全体として詰めが甘い。手抜きをせず、最後まで真面目にやれ。

 ――図体ばかり大きいくせに、持久力がないぞ。長期戦となった場合を想定し、基礎体力をつけ直せ。

 ――踏み込みの隙が大き過ぎる。反撃を受けないためにも、視線で挙動を悟らせるな。

 ――攻撃が単調だ。普段のろくでもない発想の一つぐらい戦いの場に持ってきてみろ。

 ――少し動きが良くなったと思ったら、今度は逃げ回ってばかりか? この不届き者め。

 ――魔法は相変わらずだな。撃てるまで付き合ってやるから、鍛錬を怠るなよ。



「アレもダメ、コレもダメ、ソレもダメ。よくこんだけ細かいことに気付くんだから。もー、この話だって言われなくてもわかってますよ」


 紙面に書かれた指摘が声になって蘇る。入隊したてで重傷を負ったせいで、当時もらった評価のほとんどは赤点だった。何度もめげそうになって、よく飛翼に愚痴を零していたのが昨日のことのように思い出される。


「でも指摘の数、どんどん少なくなってる」


 割合は明らかに小言の方が多かったものの、時が進むにつれて記録には成長を褒めるような内容も書かれていた。せっかくなら口に出してくれればいいのに。自分が精鋭になった頃の記録を過ぎた時、並んだ言葉にはたと指先が止まる。



 ――精鋭として認められる実力になった。今回の討伐を終えた結果次第では、澪と共に第五部隊の前衛の指揮を任せたい。



「この続きも、ちゃんと書いてもらわなきゃな」


 型押しされたような、几帳面で角ばった文字を見ていられなくなって、紅葉は綴りを閉じた。それは自分自身も一番望んでいた未来だった。記された内容が、たとえ二度と来るはずのない時間だと分かっていたとしても。今はそれに縋りつきたくなるような不安が心を覆っている。


 ――スマイリーは、牙雲と澪が同じ場所にいるのではないかと言っていた。それなら、どんな困難があっても自分は必ず二人に会いに行く。ぎゅ、と拳を握り締めると、紅葉は散らかした書類をまた重ね始めた。




* * *




「集合場所って、ホントにココであってるんだよな」


 翌日。聖から受けたのは召集に従って辿り着いたのは《立入禁止》の表札が下げられた扉の前だった。戦況管理部隊の書庫に招かれたものの、苦い思い出に取っ手を掴むのを躊躇していた時。


「わっ!? な、何だよっ! ……え、開けろって?」


 きゅいぃ、という鳴き声に続き、軍服の袖を引っ張られる。隙間から現れた植物は以前に見た物よりも小型だが、襲って来ないだろうか。しきりに催促する緑が示す通りに、やむなく手をかける。


「失礼、します」


 覚悟を決めて立ち入った先は、思いのほか広い空間だった。石畳の床に緑が蔓延っている様子はない。棚から引き出された書籍で雑多な印象だ。奥を覗き込めば、本部にいる将校たちが既に小ぶりな円卓の前に集まっている。


 自分の訪れに気付いた聖が挨拶代わりに手を挙げた。


「遅かったね」

「すんません。集合場所が正しいか心配になって、確認してました」

「うん? 扉は開いていたと思うが」

「え、普通に閉まってましたよ。『立入禁止』の札もありましたし」

「ああ、会議が始まったと思ってこの子たちが閉じちゃったのか。お利口さんだねぇ〜」


 小さな緑たちがスマイリーの足元に集まってくる。門番を務めたので褒めろ、ということらしい。撫でられた彼らはきゅいきゅいと鳴いて喜んでいる。正直、あの細い蔓のどこに発声器官があるのかは謎だ。


「あれ以来、キミも言いつけを守っているようで感心だよ」

「まあ、“前科”あるんで」

「おしゃべりはそれぐらいにしてちょうだい。本来ならもう開始時刻よ」


 肩をすくめていると、円卓で資料を手にした白銀が着席を促す。彼女の隣に座ると、スマイリーが持っていた資料を自分にも寄越した。すると、それまで落ち着いていた彼の表情が陰る。


「早速だけど、状況に動きがあった。ノーバディから水神家に対して『書簡の到着から一週間以内に全面降伏と軍と手を切るという要求に応じなければ、牙雲少佐を処刑し、水神池を実効支配する』という話が来たらしい。水神家が派兵準備を進める可能性が高まってきた」


 握った用紙がくしゃりと潰れる。その場の全員が小さく息を呑む音がした。


「牙雲少佐の性格を考えると、軍の立場を捨て切れず、敵の要求に拒否を示したのかもしれない。だが、ボクを引きずり出すことに使えないとなれば、楼玄がいつまでも彼を抱えている理由がない。最悪の場合、牙雲少佐を殺された上で、水源地やそこにいた民まで失うことになる」

「そんなこと絶対にさせるもんか! アイツらが本気で少佐を殺すつもりなら、救出を急がないと」

「キミの憤りは理解する。でも、闇雲に動いて時間を浪費するべきじゃない」

「スマイリーの言う通りだわ。約束の上では少なくとも一週間の猶予がある。その間にできることを考えましょう」

「……そうっスね。そのためにこの会議してるんですし」


 白銀に宥められ、乗り出していた身をまた椅子に戻す。その代わりに聖が続きを尋ねた。


「手がかりは他にないのかい」

「書面が交わされる時間から逆算すると、ノーバディの行動範囲は絞られるかな。それと、ボクに機密を握られていることから、牙雲少佐の身柄を南部にある本拠地に置いている可能性は低そうだ」

「ただ、一部は水神家を経由して本部に連絡が届くことを考慮すると、多少の時間差が発生しているようだな」

「もう少し情報があれば当たりをつけられるんだけど。謀反人の彼が置いていった品や行動記録を見たところ、別の《内通者》をうまく利用して、自分の痕跡を残さないようにしていたみたいでねぇ。澪と接触を図ろうとしていた《内通者》は処分できたけど、所詮は“トカゲの尻尾切り”でしかない」


 不意に蘇ってきた記憶に、紅葉は口元を押さえた。澪の異変を探るために動いていた時、本部の中で澪と戦況管理部隊の女性隊員が話していた姿を見ている。だが、彼女を追いかけた先でスマイリーと出くわしたのだ。おそらく彼女は“始末”された。その現場に自分が現れたので、疑いの目を向けられることになったのだろう。


「待って。まだ調べていない物があるわ」


 白銀が自分の顔を見つめている。不意を突かれて瞬きを繰り返していると、彼女が先を続けた。


「あなた、彼の耳飾りを持っていたでしょう?」

「あっ、そうっスね」


 懐からそれを取り出すと、横にいた聖が手に取ってしげしげと眺める。黒革の手袋の上から藍の房がさらりと零れた。


「ふむ、この房は珍しい藍染めだな。北部で有名な工芸品だったような気がするぞ」

「へえ、聖大佐って物知りなんですね」

「一時期、骨董品や伝統工芸にはまっていた時期があって。様々な人族が作った物も集めていたんだ」

「……その時の土産物のセンスは最悪だったわ」

「そういえば集め過ぎて置き場に困ったから、一部を君の部屋に置かせてもらっていたな」

「変な木彫りの人形とか、胡散臭い厄除けの宝珠とか。やめてほしいって言ってるのに」

「――でも、北部の品というのは妙だな。私が精鋭選抜試験の時に見た経歴書では、澪隊員の出自は中央区画の付近だと記憶していたが」

「あー、これはお姉さんがくれたんだって本人から聞きました。その人、ドラーグドの隊員だったらしいっス」


 その話にスマイリーがふと怪訝な顔を返す。


「彼に軍人の身内がいるというのはボクも初耳だね。聖サンの言う通り、彼は中央区画にある孤児院の出身だった。幼い時に戦火で両親を失って民間施設に引き取られたそうだが、兄弟姉妹がいたという情報はない」

「えっ! 身内じゃないなら、この耳飾りをくれたのって誰なんだろ」


 書面と食い違う内容に頭を悩ませていると、向かいにいた天音が閃いた顔で両手を合わせた。


「もしかしたら、孤児院で彼の面倒を見てくれた人がいたんじゃない? ほら、ああいう場所って年上の子たちが下の子のお世話をしたりするでしょ」

「そっか! そういう間柄なら澪が『姉さん』って呼んでた人がいてもおかしくないっスね」

「ふむ、そこは盲点だったよ。彼と同じ施設の出身でドラーグドに所属していた女性隊員なら、調べる人数はそう多くない。少し待っていてくれ」


 分厚い名簿を机に広げると、スマイリーが当たりをつけた隊員を探し出した。しばらく紙をめくる音だけが響いていたが、彼の指がふと動きを止める。

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