「父と息子」
イオラはエリシュカ・ツルカを見舞うため、ツルカ家に書簡を出した。
見舞いは明日になると予想していたのだが、エイドリアンを見舞い、スラヴィナに報告をしていると返事が来ていた。
見舞いの品として、花と果実を詰めた籠を用意させ、その間に馬車を手配する。
イオラとエリシュカは面識はなく、噂のみを耳に入れていた。
一年前に田舎に引きこもった醜い令嬢。
それが彼女の評判であり、暴漢に襲われたと聞いて耳を疑ったくらいだった。
「イオラさん、お見舞いに来てくださってありがとうございます」
ツルカ家を訪れると挨拶もそこそこに、部屋で休んでいる令嬢の元へ案内される。そうして当主とその奥方はごゆっくりとイオラをその場に残して部屋を去った。
その態度に驚いていると、令嬢は官能的に微笑み体を起こす。
「来てくれると思っていましたわ」
イオラが想像していたエリシュカと目の前の女性は大きく異なった。
醜いと噂したのは誰なのだろうか。そう疑いたくなるくらい、目の前の女性は艶やかで目を伏せたくなるほどの色気を放っていた。
「ふふふ。お前は変わっておらぬな」
言葉を発せられないイオラに、エリシュカは口調をがらりと変え語り掛ける。
その瞳、髪色は前世と同じだった。容姿は男女のせいもあるが、恐らく前世と異なり痩せているところで、大きく変わって見えるのだろう。
ゾルターンが物心ついた時から、父は太っており、痩せた姿など見たことがなかったのだから。
しかし、笑い方、目の輝きは同じだった。
「……父、上……」
息が絶え絶えになりながらイオラはそう口に出した。
「覚えておったか、わが忠実な息子よ。可笑しなものよのう。儂らは性別を違えて転生し、年も今や儂が下じゃ。可笑しくて笑いがでてくるわい。まあ、女子の体もよいものじゃ。別の楽しみ方もできるからのう」
エリシュカはにやにやとその美しい顔を歪めて笑う。
醜い笑みにイオラは顔を背けたくなるが、それを父は許さないと知っているので、彼女はエリシュカを見たままだ。
「お前。マクシム、ウルシュア、ヤルミルに尻尾を振っているようなのじゃが、儂の勘違いであろうな?」
その問いにイオラは答えない。
「お前は儂の可愛い息子じゃ。それはきっと儂のための演技じゃろう?」
エリシュカは立ち上がり、イオラの頭を撫でる。
「此度も儂のために動いてくれるな?我が息子よ」
「……はい」
「それでこそ、我が自慢の息子じゃ。さあ、祝杯をあげようではないか。酒と言いたいところじゃが、今はだめじゃなのう。茶でも飲もうじゃないか」
上機嫌でエリシュカは使用人を呼び出す。
それを横目で見ながら、イオラは自分の体が自分のものじゃないような錯覚に陥っていた。自身の中のゾルターンが四方に避けてしまいそうな痛みでのたうちまわる。父を慕う気持ち、その父に認められたいとその命令に逆らえない自身への怒り、そうして多くの者を死なせてしまった後悔。様々な気持ちが押し寄せて、彼を、彼女の心を引き裂こうとしているようだった。
――イオラ様。
ふとホンザに呼ばれた気がして、イオラは自身を取り戻す。
そうして、彼女はやっと冷静に目の前のエリシュカを見ることができた。
☆
『ラダ―。なんでアイツのこと王女様に話さないんだ?』
『ソウダヨ。ラダ!』
アレシュが帰り、ラダが中庭の井戸で水を汲んでいると火と水の精霊が話しかけてきた。
「だって心配させたくないでしょう?」
『警告くらいしたほうがよかったんじゃねーか?』
『ソウダヨ!』
「闇の精霊がいるから、危ない目には合わないよ」
『そういう意味じゃねー!』
『もう、本当。ラダもヤルミルと一緒で疎いんだからサ』
『ラダ!』
火と水の精霊の声に混じって、光の精霊の声がした。
珍しいこともあるものだと、ラダは水を汲む作業を止めて、飛んできた光の玉を見る。
『王太子とアイツが手を組みました。これは危険です』
「イオラ様が?」
光の精霊の情報にラダは落胆してしまった。
彼女とは演劇も一緒にして、打ち解けた気持ちになっていたからだ。
『……ラダ。ワタシにあなたの精気をください。アイツと王太子の動きを監視します』
『オレッチもやるぜ』
『オイラも!』
『あなた達は黙っていてください』
『うっせいな。光。お前じゃ全部監視できないだろう。オレッチが加勢してやろうとしてるんじゃねーか』
『オイラもダヨ!光』
『仕方ないですね。その通りですよ。火に水。ラダ、ワタシたちに精気を分けてください。事が起きる前にワタシたちで妨害します』
精霊たちがこんな風に積極的に精気を対価に願いを請うことはめずらしく、ラダは少しだけ戸惑う。
けれども、何か起きてからは遅いと決断した。
「今すぐと言いたいところだけど、夜でいい?ほら、風の精霊にも精気をあげることになってるから、今あげちゃうと絶対に倒れる。そうなるお母さんたちが心配するから」
『勿論です』
『了解だ』
『ウン』
『とりあえず、先にワタシたちは動きます。夜に報告がてら、精気をいただきます。いいですか?』
「ありがとう。それだと助かるよ」
『それでは、私が王太子を。火と水はアイツを。アイツには部下がいるから、よく見張ってくださいね』
『わかったぜい。今後ばっかりはオマエの案に乗ってやる』
『わかったヨ。光』
仲が悪いはずなのだが、協力体制を持って精霊たちは仕事を分担したようだ。その様子を頼もしく思い、ラダは胸がいっぱいになった。
「本当ありがとうね」
『当然です。アイツのせいで多くの人を殺すことになったのです。今回も下手すれば同じことが起きる可能性もあります。ワタシはそれを避けたいのです。ラダ、あなたのためにも』
「ありがとう。光の精霊」
『オレッチもそう思ってるぞ』
『オイラもダイ!』
「うん、ありがとう」
『それでは夜に!』
『じゃ、またな』
『マタネ』
光の精霊は光の玉に実体化していたので、そのまま空の彼方に飛んでいく。火と水の精霊は変化は見られないが声が聞こえなくなったので、行ってしまったのだろうとラダは思う。
「夜は沢山食べよう」
精気の存在をラダは未だにどういうものか理解できていないが、体力をつけたほうがいいかもしれないと握り拳を作った。




