彼女の欲望
「エリシュカ様。始末いたしました」
「うまくやってくれましたわ。このお礼はしっかりしなければね」
エリシュカはなめまかしい仕草で、髪を弄び、男に微笑む。
男の瞳が期待で輝き、唾を飲み込んだのか、その喉が微かに動いた。
男を愚かだと思いながらも、彼女自身もこれから味わうだろう、喜びに心を躍らせる。
男は国防部の副大臣の部下で、彼女がその肉体を使って陥落した者だった。彼以外にもエリシュカは何人かの男と関係を結び、今回の事件を起こした。
彼女を襲ったと言われる男二人を馬車の中の積み荷に紛れて城の外に逃した。この時の門番は彼女の配下にある。その後、二人を別のものが始末した。その一連の行為を彼女は男たちに指示していた。
時には街の女として、城では淑女に見せかけて男を誘った。
ツルカ家は一介の貴族で正面からぶつかっては、ベルカ家に太刀打ちできない。なので、彼女はこの方法で味方を増やした。そうして仕掛けた最初の罠。完全ではないが、失敗ではなかったとエリシュカは考えていた。
「女子としてこういう行為を楽しむもの一興じゃ。あのウルシュアの紫の瞳が欲望に溺れる姿を想像するとたまらんわ」
「エリシュカ様?」
「なんでもないわ。さあ、続きを」
男は長年真面目一本で働いてきた。けれどもエリシュカの肉体に溺れ、彼女に手を貸すようになった。彼女はそのように自分の思い通りになりそうな男たちを選んで陥落させてきた。
ーーウルシュア。待っておれ。
生まれ変わってもその歪んだ欲望は消えることなく、彼を、エリシュカを突き動かす。
☆
アレシュが第一小隊に当てられている宿舎の一画に行くと、小隊長のバジナ他、ヴィクターを含む四人の先輩騎士が部屋につめていた。
「おう、戻ってきたか。エイドリアンはどうった?」
「意識は戻ったようなのですが、私が見た時は眠っていました。お兄さんがいて少し話をしました。命には別条がないとのこと」
「それは俺も聞いてる」
バジナは机に両足を投げ出し、腕を組んでアレシュの他、四人の騎士を順々に眺めた。
「エイドリアンを返り討ちにした奴らはもう始末されているかもしれない」
「始末?!ということは誰かが裏にいるのですか?」
「そうだ。ちょっとこっちに集まれ」
ただでさえ、六人も部屋に詰めていて息苦しいのに、バジナが手招きするので、アレシュも他の騎士も近づく。
「今のところ、誰と誰が繋がっているか、判明していない。まっ、この中には裏切り者はいないと思っているがな」
「当たり前です!」
「そうです!」
エイドリアンを傷つけるような計画に加担しているものが同じ隊内にいるなんて考えられず、アレシュがまず否定する。他の騎士も同調して、バジナが苦笑した。
「俺は疑っていないさ。だが、他の隊の奴はわかんねぇ。用心しろよ。とりあえずエイドリアンに怪我をさせた奴の顔を知っているのはアレシュだけだ。似顔絵描いてもらうから俺についてこい。他の奴は今日は帰って休め。昨日から寝てないんだろうが」
「俺はまだ賊を探します」
ヴィクターがまずそう返事をしたがバジナは首を横に振る。
「俺は言ったはずだ。賊はもう始末されているはずだ。探しても無駄だ。寝不足でふらふらされても邪魔にしかなんないからな。休め。今日、色々俺が計画するから、明日からエイドリアンの敵討ちだ」
「敵討ちって。先輩はまだ死んでませんから!」
「ははは。物は言いようだろう?」
アレシュの突っ込みにバジナは笑って答える。
「じゃ、お前らは今日は解散。アレシュは俺について来い」
「はい」
そうして、ヴィクターたちは不満そうにしながらも帰宅し、アレシュはバジナについて国防部に向かう。
似顔絵作成を担当するヨゼフは元々は趣味で絵を描いていたのだが、その写生能力を買われ国防部に配属になった文官だ。元は財務部に所属していた。
「おお、いたいた」
昨晩国防部で取り調べを受けていたアレシュはまたあの場所に行くのかと思うと気を重くしていたのだが、バジナは国防部ではなく、中庭に歩いて行った。
そこにはひょろりと背が高く、眼鏡をかけた男がいた。冴えない容貌の痩せた男で一心に絵を描いている。けれどもバジナに声をかけられると筆を止め、振り返った。
「バジナ第一小隊長。それに君はアレシュだったかな。私はヨゼフ・ヤヌー。国防部で似顔絵を作成している者だ。初めまして」
「初めまして。ヤヌーさん。どうして俺の名前を知っているのですか?」
「君は有名だからね」
ヨゼフの言葉にアレシュは少しだけ面白くないと黙りこくってしまった。彼が有名な点は王直属部隊第一小隊の騎士であるということでもなく、ベルカ家の子息であるということでもなく、そのウルシュア似の美貌で有名であることが多かったからだ。
妙な沈黙が落ちて、それを破ったのはバジナだ。
「いい身分だよなあ。中庭で絵描きか」
彼が描いていたのは庭の花々で、まだ色は半分ほどしか塗れていないが、現物とそっくりな花々が木で作られた台の上の紙に描かれていた。
「これも仕事のうちです。頼まれたんですよ。まったく、似顔絵だけかと思えば、色々注文があるんですよ」
そう文句をいいながらもヨゼフは嫌がっていないようだ。好きなことを仕事にできることは彼にとってもいいことらしい。
「さて、緊急依頼で頼むな。昨日うちの隊の奴が重傷を負わされた。それでこのアレシュが犯人の顔を見ている。似顔絵を描いてほしいんだ」
「構いませんが、そっくりになりませんよ。わかっていると思いますが」
「それでもいい。頼む」
ヨゼフは頷き、彼はアレシュにいくつか質問をしていき、二つの似顔絵を仕上げた。
「そっくりですね。凄いです」
アレシュは素直に感嘆し、バジナも横で褒めたたえる。
「いつもより出来がいいじゃねぇか」
「そうですか?それじゃあ、私は依頼された絵に戻りますので」
褒めたにもかかわらずヨゼフの反応は淡泊で、拍子抜けしながらもアレシュとバジナはそれをもって再び宿舎へ戻った。




