「隣国の王」の目覚め
その日、エリシュカ・ツルカは思い出した。
己の前世を。
サイハリの最後の王としての己を。
八十八年前。
彼はチェリンダ王に約束を果たすように伝えた。
成長したウルシュアを引き渡すように。
しかし、愚かなチェリンダ王は約束を反故した。彼は制裁を加えようと軍を動かす。あの脆弱な国なんてすぐに制圧できると思っていたのだ。
だが、彼の予想は覆された。
精霊の力を操る者がいて、サイハリ軍を殲滅し、チェリンダ軍はサイハリに侵攻。王宮は制圧され、彼は命を失った。
「……今のこの身は、にっくきチェリンダに属する女子の体。さればサイハリを復興するなど儂は望まぬ。だが、儂は今度こそあやつを手に入れる。今度こそは!」
チェリンダの辺境地のある屋敷で、若い女の高笑いが響き渡る。
女の名は、エリシュカ・ツルカ。
一年前、すでにスラヴィナに気に入られていたアレシュに横恋慕して、しつこくベルカ家に手紙を出し両親によって強制的に田舎で静養させられた令嬢であった。
その当時は醜く太りきった体で、その性格も高飛車で嫌われていたが、前世の記憶を取り戻してから彼女は変わった。高飛車なところは相変わらずだが、食事を控え、運動をするようになったのである。
そうして今のエリシュカ。
少しキツメの印象はあるが美しい顔に、きめ細かな白い肌。太っていた時の胸の大きさはそのままで、男性であれば釘付けになってしまいそうな豊満な胸。抱き着きたくなるようなきゅっと絞られた腰に、震い付きたくなるお尻。
彼女は完璧な体を作り上げ、今や王女の執着を逃れたアレシュを誘惑しようとしていた。
「うむ。自身の体でありながら惚れ惚れするわ。前世なら即、寝室へ直行だな。待っているのだぞ。ウルシュア!今度こそ、わが願望を果たして見せるぞ!」
☆
「皆、よくやってくれた。本当に感謝している」
「団長、泣かないでよ。さあ、乾杯よ!」
おいおい、と泣き始める団長の背を叩いて、ヒューがグラスを掲げる。
「乾杯!」
ラダは度数が少なめの果実酒の入ったグラスを掲げた後、口にちょっと含む。初めてのお酒は少しだけ苦い気がしたが、どうにか呑みこむ。
今日は最終公演が終わり、打ち上げと称してラダのお店に劇団員が勢ぞろいしていた。もちろん、イオラもホンザもその場にいたが、少し離れた場所でグラスを傾けている。
劇場からお店まで遠いのだが、今日はお祝いと団長が馬車使って団員たちを連れてきていた。二台の馬車で往復して、皆が揃う頃には先に吞み始めた者が頬を上気させていたり、まとまりはないのだが、わいわいと楽しくこの日を祝っていた。
初日の挨拶の際に感じた令嬢たちからの嫌な視線のことは気になったが、あのような機会が再びあるわけもなく、記憶の片隅に追いやられ見事にこの一か月の公演を乗りきった。
「本当、一番の功労者は、ラダちゃん、イオラちゃん、ホンザさんよねぇ。素人なのに本当によくやったわ。あ、もう素人とは呼べないわね。三人とも本業辞めちゃって役者にならない?」
「ヒュー。よく言ったぞ。引き抜いて劇団員にしようぜ。イオラちゃん、是非お願い」
「それは駄目っすね。イオラ様が劇団に再就職するなら、俺も一緒っす!」
「ホンザ。お前はいらない」
ラダとイオラが口を挟まない中、笑い声と共に話が広がっていく。
「そういえば、ラダちゃんの想い人って、アレシュ様だっけ?今日は来ないの?」
団員の一人が思い出したように聞いてきた。
「来るはずなんですけど……」
劇団員だけの飲み会なので、アレシュを誘うのはどうかと思ったのだが、酔っぱらったヒューを世話するため、エイドリアンが来るということなので、その時にアレシュも一緒に来ることになっていた。
「まあ、まあ。うちの弟が何かへまやらしたんじゃないの。アレシュさん、律儀そうだから待ってそうよ」
「エイドリアンがへま?そんな風には見えないけど」
「そう?あの子意外にうっかりしているのよねぇ」
「それはヒュー。お前自身じゃないのか?」
「酷い~~」
「そうだ。そうだ。どうみてもエイドリアンのほうが兄貴って感じだもん。たまにお前が兄貴じゃなくて弟じゃないのかって突っ込みをいれたくなる」
こうして劇団員はまた新しいネタを見つけて、笑い話にしていく。
飲むのも初めて、大勢でこうして飲み食いするのも初めてなので、ラダは圧倒されつつも、温かい雰囲気に浸っていた。
「ラダ。いい人たちじゃないか」
「お母さん」
「こうしてお店も利用してくれるし、本当、うちにとっては嬉しいことばかりだよ」
母ガリナも雰囲気に呑まれてか、朗らかに笑いながらそう言う。
演劇を参加するなんて少し無謀だとも思っていたが、こうして終わってみて彼女は自分の行動が間違っていなかったことを噛みしめていた。




